第4章:我がレオンハルトは銀の道にあり ( 6 )
王都で大叔父オズワルドとカイルが財務局の厚い壁と戦っている頃、アルスは領主館のテラスで、珍しく思考の海から離れてティーカップを傾けていた。
「……ようやく、ここまで来ましたな」
傍らに控えるセバスが、穏やかな声で言った。
「ああ。だがセバス、君とあの夜話した『本質的な問題』が、ようやく解決の糸口を掴んだに過ぎないよ」
アルスは、数ヶ月前の冷え込む夜、セバスと二人きりで執務室に籠もって書類仕事をしていた時のことを思い出していた。
当時のレオンハルト領は、農業改革によって食糧問題こそ改善の兆しを見せていたが、依然として深刻な病を抱えていた。
「セバス、この統計を見てくれ。食糧の自給率は上がった。牛を導入し、農作業の効率も改善された。だが……若者の人口流出が止まっていない」
アルスが示した羊皮紙には、村ごとの人口動態が残酷なまでの折れ線グラフで示されていた。
「食えるようにはなった。だが、それだけだ。彼らはこの泥にまみれた閉鎖的な領地に未来を感じていない。収穫した作物を売るために、泥濘に足を取られながら数日かけて隣領へ向かい、そこでそのまま出稼ぎ人として消えていく」
「左様でございます。若者にとって、この領地は『檻』なのです。外の世界へ繋がる唯一の手段が、重い荷を引き、泥にまみれる苦行であれば、彼らが新天地を夢見るのは必然かと」
セバスの言葉は、アルスの胸に深く刺さった。
人はパンのみにて生きるにあらず。どれほど腹が満たされても、そこに「活気」と「機会」がなければ、労働力という名の「血」は、傷口から流れ出るように領地から失われていく。
「労働力を繋ぎ止めるには、彼らに誇りと利便性を与えなければならない。……セバス、もし、この領地が『王国で最も移動が容易な場所』になったらどうなる?」
「……移動が容易、でございますか?」
「そうだ。道を変えるんだ。ただの石畳ではない。雨の日でも全力で馬を走らせ、数日かかった距離を数時間で結ぶ道だ。そうなれば、物流は単なる運搬ではなく『ビジネス』に変わる。若者は、泥を這う農奴ではなく、最先端の道を行き交う運送業者や商人に憧れるようになるだろう」
「数日の道を数時間に……そんな魔法があるのですか?」
アルスの瞳に、統計学的な冷徹さを超えた、一人の統治者としての熱が宿った。
「いや、魔法ではない。マカダム製法という。このマカダム道路を作る本当の狙いは、物理的な距離を縮めることだけじゃない。この領地を、流出する側から『人が集まる側』へ、システムの極性を反転させることにある。道そのものが、巨大な雇用を生み、若者たちに『ここで働く価値』を証明する装置になるんだ」
セバスは深く、深く頭を下げた。
「……流石は閣下。道とは、単に目的地へ着くためのものではなく、そこに留まる理由を作るためのものでございましたか」
あの日、セバスと交わした「労働と誇り」についての対話。
それが、アルスにマカダム道路建設を決意させた真の動機だった。
道を作るために人を集めるのではない。人を生かすために、道という新たな「機会」を創出したのだ。
この建設業により、王都から隣の領地から人が集まった。石を切り出し、砕き、運び、敷き詰めて、転圧をする。
作業員の数は何人いても足りないくらいだ。
もちろん王都までの長い距離を道を作りながら進むので、長い工事期間となる。
休む場所や食べる場所を提供する、狩りをする、商いをする、それを守る。
道を作る事。それは同時に道に沿って街を作ることであり、人を集めるための手段でもある。
長い思考の海から戻ってきたアルスはティーカップを置き、遠く王都の方角を見つめた。
「さあ、セバス。大叔父上が檻の鍵をこじ開けてくれる頃だ。我々も、最後の仕上げに取り掛かろう」
「御意。ボルグとテラ、それにジャックたちも、準備は整っております」
アルスの描いた数式は、今や冷たい数字の羅列ではなく、領民たちの鼓動と、銀色に輝く未来の轍へと姿を変えていた。
「アルス様、私は一つ疑問だったのですが、なぜオズワルド様が他の王都の貴族のように腐ってないと思ったのですか。私は昔のオズワルド様を知っておりますので、あの方がこの土地を捨てて行ってしまわれたところも見ておりました。まさか、あのような熱い考えをお持ちだとは……」
セバスは紅茶のおかわりを注ぎながら、アルスに素朴な疑問をした。
「簡単だ、セバス」
アルスは熱い紅茶を啜りながら
大叔父の体型は太ってなかったからだ
と答えた。
そらを聞いたセバスはティーポットを傾けて微笑んだ。




