第4章:我がレオンハルトは銀の道にあり ( 4 )
視察の早朝。領主館の前に用意されたのは、これまでの馬車の概念を覆す異形の車両だった。
車体は軽量な樫の木と鉄骨のハイブリッド。そして何より目を引くのは、車軸と車体の間に仕込まれた、複雑な金属板の重なり――「重ね板ばね(リーフサスペンション)」である。
「……閣下、頼まれた通り、ドワーフの鍛造技術で板ばねを組みました。……実はこの複雑な板ばねの構造が難しく、歴戦の職人たちが仕上げを行ってくれました。最後にジャックが狩ってきた『高弾性スライム』の核を抽出して、緩衝材として噛ませておきました。これで振動は相殺されるはずです」
テラが自信満々に車体を叩く。
ジャックは隣で、体液の取れない上着の袖を振り回しながら、「そのスライム、捕まえるのに一晩中追い回したんだ。これは手当に期待したいところだな」と口の中でつぶやいた。
「テラ、ジャック上出来だ。よく間に合わせてくれた…お前たちは徹夜だったんだ。これから休んでくれ。」
アルスは馬車馬のように働いたテラとジャックに労いの言葉をかけた。
「テラ、君の工房は好きな素材を一つプレゼントしよう。あとで目録を送ってくれ。」
テラは疲れ切った目に、次は何を作ろうかと言わんばかりの光が宿り、そのまま自分の工房に戻った。
「ジャック、特別手当は出す。だが、その前に今日たっぷり寝ろ。起きたら宴会だ。楽しみにしておけ。」
アルスの声を聞いて、くたびれた枯れ草のようになって、荒んだ雰囲気を醸し出していたジャックが水を得た植物のように背を伸ばして、
アルスはジャックの部下に馬車を見張っておくように命令し、自分も朝食を取りに行った。
朝食はレオンハルト・ブレッドと産みたての卵を使ったタマゴサンドである。
アルスはセバスから余分にもらい、見張りを頼んでいた部下たちに手渡した。
部下たちは野太い声で感謝をして、サンドを食べながら歩いて家に帰って行った。
待ち合わせの時間になり、領主館から杖をつき、漆黒の外套を纏ったオズワルドとそれを支える動きやすそうな濃紺のジャケットと青パンツを着たエレナがやってきた。
アルスからは、まるで物語の魔王とその従者のように見えた。
二人は馬車の外装を隅々まで見た後、アルスと共に馬車に乗り込んだ。車内には、不信感に満ちた表情のオズワルドと、好奇心と警戒心を同居させたエレナ、部下の働きが十二分に発揮された馬車に満足したアルスがいた。
オズワルドは座るや否や口を開いた。
「アルス、この馬車の細い車輪で何ができる。泥に沈んで動かなくなるのが関の山だろう。」
「なんだあの銀の道は。まさか銀やミスリルを混ぜたりしてないだろうな。そんな高額な道など王都まで到底敷けないぞ」
「座面もなぜ本革ではなく、このような毛の生えた皮にしておるのだ。もう少し高級感のあるものにしたらどうだ」
オズワルドがこれまでの経験や知識から、アルスの穴を探そうとしている。
エレナはフカフカでフサフサの座面を興味深そうに撫でていた。
もちろん、この馬車は貴族専用の特別仕様である。内装も拘り抜いているし、エレナの触っている座面は魔物素材だ。
「大叔父上、その手に持ったワイングラスを、備え付けのテーブルに置いてください。一滴でも零れたら、道路予算の凍結を受け入れましょう」
アルスは大叔父の言葉に自信に満ちた声で返した。
「……面白い。その言葉、忘れるなよ」
オズワルドはニヤリと笑った。
アルスが合図を送ると、御者が鞭を振った。
馬車が滑り出す。しかし、オズワルドが身構えたような「ガクン」という衝撃は来なかった。
「……!? なんだ、この感覚は」
馬車が加速する。十キロ、二十キロ、そして未知の三十キロへ。
本来なら、車輪が石を跳ね、車体が悲鳴を上げる速度だ。しかし、テラの道は鏡のように平坦で、ジャックの素材を用いたサスペンションが、微細な振動をすべて吸収していた。
窓の外を流れる景色が、かつてない速さで後方へ消えていく。
オズワルドは、テーブルの上のワイングラスを凝視した。ワインの表面は、細かな波紋を立てるだけで、一滴も縁を越えない。
「バカな……。ここは本当にレオンハルト領なのか? まるで、空を飛んでいるようだ」
「大叔父上、これが私の言う『血管』の正体です。この速度があれば、北の村の新鮮な食料を、劣化させることなく領都へ、そして王都へ届けられる。運送業者は一日に二往復が可能になり、売上は倍増する。商人は喜び、税収は勝手に積み上がる……。バルトロのように、無理に農民から奪う必要などないのです」
エレナは窓に手を触れ、その「震えのなさ」に戦慄していた。
「アルス……。これなら、王都からの急使も二日で着くわ。軍の展開速度が根本から変わってしまう。お前は、物流だけでなく『戦争』の定義まで書き換えるつもり?」
「私はただ、効率を求めているだけです。姉様」




