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第4章:我がレオンハルトは銀の道にあり ( 3 )

領都と北の村を結ぶマカダム道路の完成の一年前。


マカダム道路試作のための建設場では、力強い槌の音に負けないぐらい大きな声が響いていた。



「若えの、いや閣下! 何度言わせりゃ気が済むんだ。道ってのはなぁ、デカい石を隙間なく並べて、その重みで鎮めるもんだ。そうしねぇと馬車が通るたびに小石が浮いちまってすぐガタガタになっちまうだろうがよぉ!道をより強く、より長く使う。それが石工の誇り、千年の伝統よ!」



声を荒らげるのは、王都から招かれた老練のドワーフ石工、ボルグである。


彼の背後には、彼が信奉する「重厚な石畳」が広がっていた。確かに見た目は豪華で重厚感もあり、何より頑丈だ。


しかし、アルスの計算では工期もコストも許容範囲を大幅に超えている。



「ボルグ、君の技術は素晴らしいが、それでは遅すぎる。私が求めているのは、領地全土を網羅する『速度』だ。君の石畳は美しすぎるが、機能やコストの面では不採用だ」



ボルグは自分の腕の長さぐらいもある大槌を肩に担いで鼻を鳴らした。



「美しさが王の威厳だろうが! 砂利を敷き詰めるだけの道なんて、ただの手抜きだ!いつ事故が起こるか分かったもんしゃねぇ!何より俺が作った道で事故が起きるのは見逃せねぇんだ!」



アルスとボルグの平行線の議論が続く中、ボルグの娘であるテラが、父の背後から呆れたように溜息をついた。



テラは今年16歳になるドワーフの娘である。

ボルグに似た赤髪と小柄な背丈が特徴的である。



似ているのは背丈だけで、どうやら方針はかなり違うらしい。


「……お父様、もうその『千年の誇り』は計算に合わないわ。閣下の図面は合理的よ。石を小さく砕き、層に分けることで圧力を分散させる……これは物理学の考え方だわ。しかも、砕けてしまった石を再利用できるのよ」



「テラ! お前まで何を言う! 石を細かくしちまえば、馬車の重みに耐えられず、すぐにバラバラになっちまうぞ!」



「だから、それをつなぎ止める素材が必要なんだよ。……なぁ、カイル様。この石頭、どうします? 砕いて道に埋めちまってもいいんですが」



影の中から、獲物を品定めするような低い声が響いた。

特別監査室室長、ジャックである。


元山賊の荒くれ者たちを束ねる彼は、首筋に深く刻まれた傷跡をさすりながら、面倒そうにボルグ親子を睨みつけていた。



「ジャック、埋めるのは効率的ではないですよ。彼らにはやってもらう仕事がたくさんあります。まぁ、アルス様に敬意も示さない石頭の方は使い方によっては砕いて埋めた方がよっぽど有益かもしれませんが」



アルスの傍らに立つカイルが、青筋を浮かべながら、冷徹に返した。


「……ちっ、そんなに怒んじゃねぇよ。で、例のブツはこれであってるか?」



ジャックが足元に放り出したのは、まだ緑の血の滴る巨大な魔物、『岩糊蜘蛛ガンコグモ』の死骸だった。


ジャックは今、アルスの指示で魔物素材の効能を勉強中だが、その「調達方法」は極めて暴力的で直接的だ。



「北の廃坑まで行って、野郎どもと一巣ぶち殺して担いできた。この蜘蛛の体液、混ぜると石がくっつくんだろ? 指に付いたら取れやしねぇ、厄介な代物だ」


テラはその死骸を見て、瞳を輝かせた。


「これよ! 閣下、ジャックさんが獲ってきたこの体液を希釈して、火山岩の粉末と混ぜれば……石と石を鋼のように繋ぎ止める『結合剤』になります!」



テラの手には先ほどまで緑だった液体が銀色になって輝いていた。これが決め手となり、現場監督はボルグからテラへと変更になった。



テラは即座に現場の指揮を執った。石頭代表を筆頭に頑固な職人が美しさと頑丈さを武器に反対する中、ジャックが力ずくで連れてきた「元山賊」の部下たちが、荒々しく路面を転圧していく。



「おい、てめぇら石を割ったりするんじゃねぇぞ。閣下の道に傷がついたら、次にお前らがこの路盤の石になる番だ」


ジャックの野卑な脅しに、作業員たちは悲鳴にならない悲鳴を上げながら重い転圧器を引く。部下たちはおうと低く短い声で返して転圧器を引いた。



数日後。そこには月光を浴びて鈍い銀色に輝く、鏡のような平滑さを持った道が、領地の出入り口から少し伸びていた。


完成には程遠く、王都を目指してこれから伸長する予定である。


ドワーフの父娘が対立し、元山賊が素材を狩り、法務官が管理し、アルスが数式で導く。異質な才能が混ざり合い、中世の常識を超えた「銀の道」が産声を上げた。



「……な、なんだこりゃあ。石が、石が呼吸してやがる……」



道ができるまで現場をみないと意地を張っていたボルグが呆然と呟いた。槌を振り下ろしても傷一つ付かないその強靭さと、かつてない施工速度。水を撒いても石が浮かず、水捌けも良い。



「お父様、これが『新しい伝統』になるのよ」



テラは誇らしげに胸を張った。


「……そうだな。テラ、よく頑張ったな!これから工房長はお前だ!俺はどうしても魔物の素材を使ったモノを安上がりだと思っちまう。俺には柔軟な発想はねぇからな!」


テラはボルグに認めてもらった事が嬉しいのか、赤い顔でバシバシと父親の背中を叩いていた。


「しかしな、やはり安全面にも気をつけるべきだと思うんだが…どうだ?俺らが手伝って道幅は広くしねぇか?これまでの街道と比べると、外に向かって傾斜があるから、このままだと大きな馬車とかだとすれ違えねぇと思うんだがよ…」



その後、ボルグの言う安全面を高めたいという理由で道の幅は当初の2倍になり、道の端には高い縁石を設けて脱輪を防ぐ仕様へと変更になった。



ジャックは、大量に捌いた蜘蛛の緑色の血の付いたナイフを拭いながら、興味なさそうに吐き捨てた。


「……カイル様、次はどこの魔物を狩ればいい? この道ってやつが早く繋がれば、俺たちの『仕事』もやりやすくなる」



「そうですね、ジャック。今後も君たちの調達能力には期待していますよ。テラとボルグの様子を見ていると、魔物素材を使う機会は増えそうですしね」



アルスは、マカダム道路という「完璧な盤面」を整えた。


しかし、最後の課題が残っていた。それは、道が硬く滑らかになればなるほど、逆に車体に伝わる「高周波の微振動」が激しくなるというパラドックスだった。



「テラの作った道は素晴らしい。だが、車輪が木製で外周が鉄輪のままでは、時速二十キロを超えた時点で車体が自壊する。……乗員の脳も揺さぶられるな」



アルスは、ジャックが持ち込んできた魔物素材のストックを眺めていた。


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