第4章:我がレオンハルトは銀の道にあり ( 2 )
銀色のマカダム道路が領都の門から北の村まで、数マイル先まで伸びた頃、地平線から不穏な砂塵が舞い上がった。
王家の紋章を刻んだ豪華な馬車と、それを護衛する精強な騎馬隊。アルスが予測していた「中央の介入」が、想定より三日早く到来したのだ。
「……セバス、カイル。準備はいいか」
「はい。法的根拠と収支予測、すべて揃えております」
カイルが眼鏡を押し上げ、冷徹に答える。
執務室の扉が、音もなく、しかし圧倒的な威圧感をもって開かれた。
入ってきたのは、銀の頭がついた杖を突き、漆黒の外套を纏った老人。王都財務局の重鎮であり祖父の兄、オズワルド・ヴァン・レオンハルトである。
その傍らには、軍服のような凛とした乗馬服を纏い、鷹の如き眼差しで部屋を見渡す従姉妹、エレナが控えていた。
「久しいな、アルス。……いや、今は『計算狂の若造』と呼ぶべきか」
オズワルドの声は、重く、枯れていた。彼は悪人ではない。だが、王室の威光こそが世界のすべてだと信じる、骨の髄までの王室至上主義者だ。
「大叔父上。それにエレナ姉様。わざわざ辺境まで、何の御用で?」
「白々しい。お前がこの一年で上げた『不自然な』収益。そして、この領地を切り裂く奇妙な『銀の道』。王都では、お前が本家を差し置いて独自の軍事基盤を築いているという噂さえある」
オズワルドは杖を床に叩きつけた。
「結論を言おう。お前が増やした収益の七割、および現在進めている道路予算のすべてを凍結し、王室への『特別献納金』として供出せよ。それがレオンハルトの血を引く者の務めだ」
「……大叔父上。それは数理的に見て、最悪の選択です」
アルスは静かに、しかし断固として一枚の図表を広げた。そこにはバルトロがかつて描いた「搾取の三角形」が、赤い線で再現されている。
「あなたが求めているのは、この『欠損の三角形』の再生産に他なりません。今、この領地から成長資金を奪えば、物流は停滞し、パンも卵も腐り、農民の意欲は死ぬ。来年、王都に納められるはずだった数倍の税収を、あなたは今この瞬間に殺そうとしているのです」
「貴族の義務は数字ではない、忠義だ! 道などという土塊に金を投じるのは、品位を汚す浪費に過ぎん!」
「浪費、ですか」
ここで、傍らで沈黙を守っていたカイルが、一歩前に出た。
「オズワルド閣下。法務官のカイルと申します。閣下のおっしゃる『品位』を、法と実利の観点から再定義させていただきます。……セバス、地図を」
広げられた領地全図。そこにはマカダム道路がもたらす「時間の圧縮」が視覚化されていた。
「大叔父上。ここから王都まで、従来の泥道では馬車で五日かかります。しかし、この『銀の道』が完成すれば、三日に短縮されます。この二日間の短縮が、王家にとって何を意味するかお分かりですか?」
アルスはエレナの瞳を見つめ、言葉を継ぐ。
「物流が加速すれば、王都へ届く特産品はより新鮮になり、輸送コストは下がる。それは王都の食卓を豊かにし、ひいては王家の名声を高める結果となる。さらに軍事面。万が一の際、援軍や伝令が泥に足を取られて遅れれば、それは王室の失態、あるいは死を意味します。この道は、王の意志を末端まで届けるための『血管』なのです」
エレナが、わずかに眉を動かした。軍人である彼女にとって、補給路の速度向上は、どの金貨よりも価値のある言葉だった。
「私は、誰もが『レオンハルト領に入った途端、道が素晴らしい。さすがは王家の血を引く者が治める地だ』と感嘆するような、王室の威厳を体現する街道を作りたいのです。これは浪費ではありません。王家の名声を不動のものにするための、最も高潔な『投資』です」
沈黙が執務室を支配した。
オズワルドの「王室至上主義」という盾が、アルスの「実利」と「王室の名声」を両立させた論理の剣によって、内側から抉られていた。
「……ふん。全く貴様は弟によく似ておるな。あやつもレオンハルト領の改革が王室のためだと言っておったわ。とにかくレオンハルトを豊かにして、王室に良質なものを納めようと躍起になっておったな…ワシはヤツの倅だけは認めておった。倅はしっかりと王の為に税や薬草を納め、毎年増えていたというのに、お前と来たら…」
オズワルドは、苛立ちを隠すように鼻を鳴らしたが、その杖を握る手から力が抜けていた。
「よかろう。そこまで言うのなら、その『血管』とやらがどれほどのものか、この目で確かめさせてもらおうではないか。もし私の服が泥で汚れるようなことがあれば、その瞬間に工事は中止だ」
「……承知いたしました。姉様も、お付き合いいただけますね?」
「ええ。お前の言う『未来の流速』、楽しみにしてるわ」
エレナは不敵に微笑んだ。
大叔父という名の過去。それを「未来への期待」へと書き換えるための、最初の賭けにアルスは勝ったのだ。




