第3章:死にゆく領地の解剖図 ( 10 )
北の第一村を襲撃したロレンツ商会の私兵たちは、地面に組み伏せられ、屈辱に震えていた。
彼らを制圧した漆黒の外套の男たち――「特別監査室」の面々は、その洗練された動きとは裏腹に、どこか野性味のある殺気を放っている。
「……カイル様。こいつら、どうします? 埋めちまってもいいんですが」
一人の黒衣の男が、無造作に直剣を収めながらカイルに問いかけた。その言葉遣いには、正規兵特有の硬さがない。
「殺すなと言われていたでしょう、ジャック。それは『非効率』だと、閣下も仰っていました。」
ジャックと呼ばれた男は、かつてこの周辺の街道を荒らし回っていた山賊団の頭目だった。
彼らこそが、アルスが「情報の檻」を壊すための布石として、密かに調達し、再教育した人材だったのだ。
一ヶ月前、領主館の執務室。アルスはセバスを前に、二つの大きな社会問題を並べて論じていた。
「セバス、この領地にはびこる山賊と、教育を受けた若者の流出。これらは別々の問題に見えて、根は一つだ。……どちらも『正当な報酬と役割』を奪われた結果の、社会からの逸脱なんだ」
アルスは捕らえられた山賊たちの名簿を指で叩いた。
「彼らは単なる悪党ではない。バルトロの苛烈な徴収に耐えかね、村を捨てた元農夫や、職を失った兵士たちだ。彼らには体力があり、土地の利を知っている。そして何より、既存の汚れた法(バルトロの支配)を憎んでいる」
アルスは、死罪を待つばかりだったジャックたちに、一つの提案を持ちかけた。
『死にたくなければ、私の下で働け。最初の仕事は、領都の汚物回収と肥料作りだ』
最初は反発した山賊たちだったが、アルスは彼らを「ゴミ拾い」という屈辱的なペナルティで終わらせなかった。
堆肥作りを通じて、発酵の温度管理、資源のロジスティクス、そして「自分たちの作った肥料が、村を蘇らせる」というプロセスの全容を、数字を交えて徹底的に教育したのだ。
「いいか、ジャック。お前たちが集めているのは汚物ではない。この領地を再生させるための『黄金』だ。そして、お前たちはもはや社会の寄生虫ではない。法を監視する私の目であり、盾だ」
アルスは彼らに、山賊時代には想像もできなかった「役割」と「正当な食事」、そして「規律」を与えた。
情報の不透明さを突いて略奪していた者たちが、情報の透明性を守るための「番人」へと、アルスの手によって再定義されたのである。
「……信じられん。あの汚物まみれの連中が、これほどまでの手練れに」
捕らえられた徴税官が、ジャックたちの正体を知って絶句する。
ジャックは鼻で笑い、漆黒の外套の汚れを払った。
「汚ねえ仕事は、もう慣れっこでな。……だが、閣下の数式には『嘘』がなかった。俺たちが働いた分だけ土が肥え、腹が膨らむ。お前たちがやってきた、数字を弄ぶだけの空っぽな統治より、よっぽど信じられるんでね」
アルス・ヴァン・レオンハルトは、領地の負債であるはずの山賊を、統計的な「人的資源」へと転換させた。
特別監査室――それは、情報の檻を物理的に叩き壊すために、闇から光へと引き揚げられた、アルス専用の私兵集団。
村の貯蔵庫を襲おうとしたロレンツの私兵たちは、今や「資源」として再利用されたかつての被害者たちによって、冷徹に法の裁きへと引き立てられていった。




