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第3章:死にゆく領地の解剖図 ( 9 )



「北の村が税を納めていないだと? そんな道理が通るか!」



ロレンツ商会の執務室で、かつての徴税官の一人が喚き散らした。手元にあるのは、旧体制下で作成された「旧台帳」だ。



「閣下が勝手に結んだ『特例契約』など、我ら実務方は認めていない。旧法に基づけば、北の村は薬草の納入義務を怠り、勝手な麦への転作という大罪を犯している。……これは立派な『脱税』であり『反逆』だ」




徴税官は「旧台帳」を机に叩きつけた。



執務室の主人であるロレンツは徴税官の様子を、自らの椅子で冷酷な笑みを浮かべながら見つめていた。


傍らに控える屈強な男たち――商会が金で囲っている「私兵」という名のならず者たちに静かに目配せをし、肩で息をしている徴税官に静かに告げた。



「徴税官殿、建前は整いました。王都のコネクションにも話は通してあります。今夜、北の第一村へ向かい、税の強制徴収として、収穫された麦と牛をすべて没収しましょう。抵抗する者は捕えてよろしいですかな?」



彼らの狙いは明白だった。

北の村を叩き潰し、見せしめにすることで、アルスの掲げる「透明な統治」など暴力の前では無力であることを証明することだ。



深夜。北の第一村の入り口に、松明を掲げた五十人ほどの武装集団が現れた。



「脱税の罪により、村の資産を差し押さえる!」



徴税官が勝ち誇ったように叫び、村の貯蔵庫へと踏み込もうとした、その時だった。闇の中から、カチリ、と硬質な金属音が響いた。



「――そこから先は、レオンハルト領の新法により立ち入りが禁じられている」



松明の明かりが届かない村の影から、整然とした足取りで現れたのは、十数人の集団だった。


彼らは村人ではない。かといって、これまでの領主軍のような、だらしない装備の兵士でもなかった。



漆黒の外套に身を包み、手にはこの領地では見慣れない、短くも鋭い直剣を携えている。



「なんだ、貴様らは! 私は正規の徴税官だぞ!」



黒衣の集団は微動だにしない。



「我々はアルス・ヴァン・レオンハルト閣下直属、『特別監査室』。旧来の不当な徴収、および情報の隠蔽を監視し、武力をもってこれを排除する権限を与えられている」



「監査室だと!? 抜かせ、そんな組織聞いたことも――」



私兵の一人が痺れを切らし、剣を振りかざして突進した。


だが、衝突の音すら聞こえなかった。

黒衣の男がわずかに身をかわした瞬間、私兵の腕は捻り上げられ、地面に組み伏せられていた。


無駄のない、徹底して合理的な制圧術。


「……バルトロが消えてから、少しは計算ができるようになったかと思ったが、見積もりが甘いですね」



影から、一人の男が歩み出た。


かつてバルトロの側近でありながら、その不正に耐えかね、アルスに「裏帳簿」を差し出した若き法務官、カイルだった。



「ロレンツ商会。あなた方が使っているその台帳は、十日前の領主令によって既に『破棄済み』です。今のあなた方は、公務の代行者ではありません。………ただの、強盗だ」



「な、何を……!」



カイルが合図を送ると、周囲の茂みから数十人の弓兵が姿を現した。


彼らはアルスが館の家財を売った金で教育され、徹底的に「規律」を叩き込まれた、新制領主軍の先遣隊であった。



「情報の檻を壊すには、透明な法と、それを守るための『暴力の独占』。……これが、アルス閣下の計算式です。」



夜の村に、狼狽する徴税官たちの悲鳴が響き渡った。



アルスは、既得権益者が必ず「旧法」を持ち出して牙を剥くことを、統計的に予見していたのだ。



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