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第3章:死にゆく領地の解剖図 ( 8 )



西の第二村の村長、ゴードンは、北の第一村から戻った偵察の報告を聞いたその足で、近隣の第三、第四村の村長たちを密かに招集した。



場所は、村境にある古びた納屋。バルトロの残党である役人たちの目を盗み、男たちは薄暗い灯りの下で顔を突き合わせた。




「……信じがたいが、事実だ。北の村では、あの若き領主が私財を投じて隣領から牛を買い込み、見たこともない鉄の犂で地中深くまで耕している」




ゴードンの言葉に、他の村長たちがどよめいた。




「牛だと? この飢饉の寸前に、どこにそんな金が……」



「それだけじゃない。四十八の税を全て廃止し、収穫の二割だけを納める『契約』を結んだそうだ。八割は村に残る。……俺たちが必死に隠してきた『隠し田』の苦労が、馬鹿らしくなるような話だ」



村長たちは、ロレンツ商会が流した「アルスは無能な簒奪者である」というデマを信じていた。


だが、北の村から届く「牛の鳴き声」と「白いパンの香り」という圧倒的な事実の前で、彼らの不信感は激しい焦燥へと変わっていた。




「だがゴードン、俺たちはあの演説の時、閣下に泥を投げ、罵声を浴びせた連中を止められなかった。……今さらどの面下げて会いに行ける」



第三村の村長が苦渋に満ちた声を出す。


するとゴードンは、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。


そこには、アルスがかつて提示し、彼らが「得体の知れない呪文」として切り捨てた新税制の要綱が、ボロボロになりながらも記されていた。




「閣下は、俺たちを『資本』と呼んだ。当時は物のように扱われたと憤ったが……今ならわかる。あの方は、俺たちを使い捨ての部品ではなく、共に未来を作る『資産』として数えていたんだ。……謝罪だけでは足りん。俺たち全ての村が連名で、閣下の『新しい契約』に加わりたいと直訴する。情報の檻の中で、誰が敵か味方かも分からず共倒れになるのは、もう御免だ」



村長たちは震える手で、代わる代わるその羊皮紙に署名を、あるいは不器用な十字を刻んでいった。


それは、これまでの「情報の非対称性」に守られた不透明な統治を拒絶し、アルスの掲げる「透明な統治」に命運を預けるという、民衆側からの宣戦布告でもあった。




翌朝、領主館の門前には、十数名の村長たちと、その背後に控える数百人の領民たちの姿があった。




殺気立っているのではない。皆、一様に深く頭を垂れ、静寂の中で主人の登場を待っていた。




「閣下! 西の村々が、連名で直訴状を……!」  




セバスの報告を受け、アルスは執務室の窓から階下を見下ろした。



そこには、数日前、自分に泥を投げつけた者たちの、疲れ果て、しかし縋るような眼差しがあった。




「……情報の檻が、内側から壊れたな」 




アルスは静かに、しかし力強く呟いた。



彼は知っていた。一度情報の透明性がもたらす「利得」を知った民衆は、二度と暗闇の搾取には戻れない。 




「セバス、門を開けろ。謝罪はいらない。彼らが持ってきたのは、この領地を再起動させるための『共同投資への同意書』だ」




アルスは汚れた上着を脱ぎ捨て、領主としての正装ではなく、北の村で泥にまみれたあの執務服のまま、民衆の前に歩みを進めた。




情報の非対称性を武器に支配してきたロレンツ商会やバルトロ派にとって、これは物理的な反乱よりも恐ろしい、「システムへの帰順」という名の革命だった。


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