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第3章:死にゆく領地の解剖図 ( 5 )



数日後の深夜。アルスはセバスだけを連れ、密かに馬を走らせて「北の第一村」を訪れた。



そこは、かつての『領勢基本大系』において最も肥沃と謳われた土地であった。



しかし、現在は薬草栽培という名の重労働に使い潰され、赤子の産声が二年もの間途絶えている「死にゆく村」へと変貌していた。



村長のボリスは、真夜中の領主の訪問に、まるで死罪でも言い渡されるかのように身を震わせた。



「……閣下、広場での騒ぎは聞き及んでおります。ですが、我らとて決して閣下に弓引くつもりは……」



「ボリス、謝罪はいい。単刀直入に言う。私は君の村を、この領地の『実験場』にしたい」



アルスはボリスの前に数枚の書状を差し出した。


それは、広場で発表したものよりもさらに具体的で、かつ過激な内容であった。




「条件は二つ。明日からこの村の全耕地で薬草栽培を即刻中止し、麦の作付けに戻すこと。そして、私が持ち込む『新型の農具』と『肥料の配合』を、私の指示通りに試すことだ」



ボリスは絶句し、声を裏返した。



「なっ……! 薬草をやめれば、王都の商会への違約金はどうなるのです! それに、今さら麦に変えたところで、秋までの食い扶持が……」



「違約金はすべて領主館が肩代わりする。そして、麦が収穫されるまでの半年間、この村の全世帯の食糧は私が保証しよう。その代わり――」




アルスはボリスの目を覗き込み、声を低くした。




「この村の『四十八の税目』は、今この瞬間からすべて廃止する。君たちの村が納めるべきは、秋の収穫の二割、ただそれだけだ。残りの八割は、すべて村の共有財産として蓄えていい。……これが、私が提案する『新しい契約』だ」




ボリスは言葉を失った。八割を手元に残せるなど、バルトロの統治下では夢のまた夢であった。



「なぜ、そこまで……。他の村が黙っておりますまい」



「だから『密約』なのだ。いいか、ボリス。君の村には、失うものはもう何もないはずだ。子供が生まれず、男たちは逃げ出し、ただ緩やかな死を待つだけなら、私の賭けに乗れ。私はこの村を、領内で最も腹一杯に食える村にしてみせる。……その光景こそが、広場で私に泥を投げた連中への、最大のリベンジになる」



アルスが提示したのは、現代における「特区スペシャル・ゾーン」の概念であった。


全体を一度に変えるのが困難ならば、まずは一箇所で圧倒的な成功事例を作り上げ、周囲の不信感を羨望へと塗り替える。




「……閣下。一つ、伺ってもよろしいか」




ボリスが、縋るような目で問いかけた。



「麦に戻せば……本当に、また赤ん坊の声が聞けるようになりますか?」



「約束する。重労働を減らし、腹を満たし、将来の不安を取り除く。それが『人口問題』を解く唯一の解だ。……君の村に、もう一度未来を取り戻そう」



暗い家の中で、アルスと老村長は固く手を取り合った。



「情報の檻」の影で進む、領地再興のゲリラ戦。


アルスは自給率の向上を足がかりに、既得権益者たちが作り上げた「偽りの繁栄」を、足元から切り崩す準備を整えたのである。

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