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第3章:死にゆく領地の解剖図 ( 3 )


領都の喧騒から離れた一角にある、豪商ロレンツの邸宅。



重厚なカーテンが引き絞られたその一室には、バルトロ更迭に顔を青くした役人たちと、これまで領地の流通を独占してきた商船組合の幹部たちが集まっていた。



「……正気とは思えん。あの若造、本当にやりおった」



一人の役人が、震える手でアルスが布告したばかりの書状をテーブルに叩きつけた。



そこには、先代から続く栄光ある四十八の税目を廃止し、わずか三つの「新税」に統合するという、彼らにとっての「死刑宣告」が記されていた。



「四十八の税目を廃止、だと? ふざけるな。窓の数、煙突の数、農具の摩耗……それら細かな項目こそが、我々が『柔軟に』差配できる権力の源泉だったのだ。それをたった三つに絞るなど、徴税の深みも伝統も解さぬ素人の暴挙だ!」



「それだけではないぞ」と、商人のロレンツが低く、濁った声で言葉を継いだ。



「奴は『共同投資』などという耳当たりの良い言葉を使っているが、その実は恐ろしい。税の計算式を公開し、誰もが算出できるようにするという。……情報の価値を、根底から破壊するつもりだ」



彼らにとって、税制が複雑であることは最大の武器だった。



領民が理解できないからこそ、差額を懐に入れ、帳簿を操作し、商会に便宜を図ることができた。



アルスが推し進める「透明性」は、彼らが長年かけて築き上げた「情報の檻」の解体そのものであった。




「……だが、これを利用できんか?」



ロレンツが不敵な笑みを浮かべ、アルスの「人口回復策」と「新税制」の要項を指差した。



「見ろ。奴は、所得の多い者からより多くを徴収する『累進性』を組み込んでいる。これを民にはこう吹き込むのだ。『アルス閣下は、君たちが将来豊かになった時、その努力の成果をより多く奪うつもりだ』とな」



「なるほど……。さらに、四十八の税目の廃止についても、『伝統ある村の仕組みを破壊し、効率一辺倒の無機質な管理を押し付ける非情なやり方だ』と言い換えられますな」



彼らの間で、冷酷なプロパガンダの青写真が描かれていく。



「それだけではない。薬草栽培を中止し、麦の自給率を上げると言っている件も使える。王都で高く売れる薬草を捨てさせるとは、領民から『一攫千金の夢』を奪う行為だ。他領から麦を買えなくなれば飢える、などというアルスの主張は、民を脅して従わせるための妄想に過ぎないと噂を流せ」



「いいですな。アルス閣下は、前世かどこかの怪しげな数式に毒され、現実の商売を知らぬ空論家として仕立て上げましょう。……民は、難しい計算式よりも、目の前の『伝統の破壊』に怯えるものですから」



ロレンツはワイングラスを掲げ、集まった者たちを見渡した。



「無能と呼ばれた若造が、情報の檻を壊そうというのなら、我々はその破片で奴自身の首を絞めてやればいい。透明な統治だと? 笑わせる。……光が強すぎれば、人は目を焼かれ、闇を恋しがるものだ」




バルトロの残党たちの瞳には、アルスの「善政」を「史上最悪の独裁」へと塗り替えるための、黒い情熱が宿っていた。



その頃、アルスは執務室で、新税制がもたらす激震を予測しながら、セバスと共に次の布告書の準備を進めていた。



自分を待っているのが、既得権益者たちによる「言葉の罠」と、それによって煽られた領民たちの不信感であることを、彼はまだ完全には予見できていなかった


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