第九話
「エリオットの事が知りたい?」
フィオナはきょとんとした顔で、自室のソファーで、すっかりお気に入りになったおにぎりを食べているモフモフを見つめた。
夜も更け、窓の外はすっかり暗くなっていた。
フィオナの部屋には暖かく明かりが灯っている。
昨夜と同じく完全にエリオットの身体が使えるようになったモフモフは、フィオナの部屋で遅めの夕食をご馳走になりながら過ごしていた。
「ん、あぁ」
モフモフは指についた米粒を舐め取りながら答える。
「アイツ、自分の事は話さないって頑ななくせに俺の事は探ってくるんだよ。フェアじゃないだろ?」
同意を求める様に、口を尖らせながら彼は不満そうな顔をしている。
フィオナはその様子を見て、クスリと笑う。
「エリオットの事、気になるんだね?」
「……は?」
その言葉に、モフモフは一瞬動きを止めた。
「……まぁ確かに、ただ……正直少し期待しすぎてたな。」
頭を軽く掻きながら、ため息をつく。
「期待?」
モフモフの珍しい態度にフィオナは尋ねた。
「俺の……知り合いの魔族で人間が好きな奴がいてな。聞いてもねぇのに町に行ってどうだったとか、人間と話したとかペラペラ話してたんだよ。」
「魔族ってそんな人もいるんだね?」
聞いていた印象と大分違う事にフィオナは驚く。
それをモフモフは苦笑いしながら首を振る。
「違う違う、アイツがおかしいんだよ。」
彼はかつての側近――フギンの事を思いだして、思わず口角が上がってしまったが、その表情とは裏腹に胸のあたりが微かに締め付けられるように痛んだ。
どうしてこんな気持ちになるのか、モフモフにはわからなかった。
楽しそうに話す様子にフィオナもつられるように笑った。
「その人が言ってたみたいに、仲良くなれるって思ってくれてたんだね。」
そう言われた途端、モフモフは押し黙ってしまった。
皿に残っていたおにぎりを見つめ、手に取ると何かを振り払う様に大きく一口食べて、わざとらしくそっぽを向いた。
フィオナはそんな彼の様子を見て困ったように笑う。
(……でも確かにモフモフの言う事も少しわかるな。目の前に本人が居るのに勝手に調べられたら、あまり気持ちの良いものではないかも)
けれどエリオットは彼と子狼の姿の時でさえ会ったことがないのに警戒するなと言う方が無理だろう。
成り行きはともかく同じ体にいる二人が仲良くなったらいいのに。
だけど、ここでモフモフにエリオットの事を安易に教えれば、話す機会が一つ減ってしまう気がする。
フィオナは「うーーん……」と小さく唸った。
彼女がどうしようかと考えている間、モフモフはじっと彼女の反応を見つめていた。
その視線に気づいたフィオナは言葉を探すように目を泳がせる。
やがて、観念したように眉を下げ、そっと彼の背中を擦った。
「……そう、だね。確かにモフモフの言う通り勝手に調べちゃったのは良くないかも。でもまだエリオットとちゃんとやり取りし始めたばかりだし……」
フィオナはモフモフに目を合わせる。
「エリオットもあなたの事、気になってはいると思うから。もう少しだけ……頑張ってみよう?」
フィオナの、そのためらいがちに見つめる表情にモフモフは弱かった。
子狼の時、ひどく散らかして食事をとっていた時や壁紙を傷つけたときに「次は気をつけようね」と言いながらしていた表情のままだ。
次に唸るのはモフモフだった。
「はぁーー!もう、分かったよ!明日はもう少し丁寧にエリオットに話してみるから!」
モフモフは眉を顰めながら頭を掻いた。
失敗することは、最初からモフモフも気づいていた。
視界がカーテンのように開き、エリオットの目から朝日を感じた。
まだ眠いのか、瞬きを繰り返す様子に軽く笑いながら、モフモフは子狼だった頃、フィオナがしていた事を思い出す。
『……おはよう、エリオット』と気まずそうに挨拶をした。
頭をゆらりとゆらりと揺らすエリオットは、目を軽くこする。
「ん……おはよ。」ぼぅっと寝ぼけながら、彼は答えた。
これにはモフモフも、もしかしたら普通に会話ができるかもしれないと淡い期待を抱き、思わず『おっ?』と声が漏れた。
だが、次の瞬間にはエリオットは目を見開き、はっと息を呑んだ。
体が瞬時に緊張で固くなり、布団に顔を蹲る。
『……時間は大丈夫なのか?』
モフモフは気を使って言ったつもりだったが、エリオットはビクリと体を震わす。
「……ふ、服を着替えなきゃ……」
彼は、うわごとの様にそう言いながら、拙い足取りでクローゼットから服を取り出す。
鏡の前にも拘らず、自分の姿を確認せずにブラッシングをし始めた。
その様子からエリオットの緊張や恐怖を感じ取ったモフモフは、心にぽっかりと穴が開いたような気持になった。
(話しかけない方が良い、みたいだな……)
今日は朝からやけに冷えている。けれど、それは気温のせいではない気がした。




