第十四話
それは見上げるほど大きく、空に向かって遠吠えをする狼の顔かと思えば、胴体は鳥の羽根が生えているといった奇妙な形の魔石だった。
しかし、そんな形状も含めて日の光を反射して輝くそれは芸術品の様だ。
エリオットは息を呑んだ。
「綺麗だ」と言葉を発する前に、自然とその足は魔石に駆け寄っていた。
右手が、それに触れる。
「どう、して――……」
喉の奥から絞り出したような声が漏れた。
(フェンリル……。)
エリオットは、この魔石が――彼こそがフギンだという事に気づく。
嘘のように内側は静かで、ただ一つの疑問が石に変わり、深く心に沈んでいく。
――どうして、フギンは狼の頭に姿を変えているのか?
羽根を映した結晶はとても繊細で、擦った右手の指先に細かい凹凸を感じる。
その冷たい感触が、指先から胸に込み上がっていくようだ。
「……分かっている。こいつとは長い付き合いだ。百年以上一緒にいたんだ。分かっている。だが、なんで――」
茫然と見上げていた瞳は、フギンだったものを凝視した。
口元が震える。
エリオットの喉で、一音一音声を発する度に、溢れそうな何かを必死に抑えようとする。
しかし、フェンリルは口に出さずにはいられなかった。
「なんでお前は最後まで、俺を気にかけているんだよ。いっそ……いっそ恨まれていた方が、俺は――」
先ほどより、ずっと熱い涙が目から溢れ、頬を伝い、顎に向かって流れ零れた。
身を寄せて、心臓の音を探すように、フェンリルは魔石に耳を添えた。
まるで迷子のように目からはボロボロ涙が溢れ、鼻はスンスン鳴っている。
そんな中、エリオットの脳裏には、綺麗な濡羽色の鴉が白い毛並みに包まれている情景が淡く映った。
そこで見た彼らは、互いが互いの心音を感じて生きていた。
(……身を寄せ合って、信頼していたんだ。)
フェンリルの気持ちが高ぶっているのだろう。
彼が見せるつもりがないその光景を、エリオットは夢見心地で眺めていた。
フェンリルは、その記憶を頼りに、か細い光を探すかのように、音を探して目を閉じた。
だが、それに意味はない。
三年前に、とうに涸れ果てていることを二人は知っている。
その事実を肌に触れる魔石の温度が物語っている。
けれど、それでも、その冷たさは上気した顔を冷ますように優しく頬を撫でた様な気がした。
『……落ち着いた?』
エリオットは、魔石を背に座るフェンリルに控えめに尋ねる。
大丈夫か、と聞く事はおかしいと感じたエリオットの考えた末の言葉だった。
「悪いな、結局お前の体で泣くことになって。」
収まってきた啜り上がった息を整えながら、フェンリルは答えた。
ようやく乾き始めた目元は、秋風に晒されて少しだけヒリヒリと痛んだ。
フェンリルは、大きく息を吸って吐いた。
「……感謝してる。俺の、狼の身体じゃ、ここまで感情を表せないからな。」
フェンリルはエリオットの髪をかき上げながら、ぶっきらぼうに言う。
『別にいいよ。僕の、泣き虫の体ならいくら使っても』
それを聞いて、フェンリルは小さく鼻で笑った。




