第十三話
エリオットは、土から露出した太い根に足を取られない様、気を付けながら雑木林を歩いていく。
季節の流れが早い山は、既に木の葉が色めき、色とりどりの落ち葉が地面を覆っていた。
小気味の良い足音が森の中で響く。
『—―魔族は仲間を弔わない。俺たちの価値は個人の強さであって、群れは目的が同じだけの一時的な関係がほとんどだ。種類によっては遺体すら残らない奴らもいるしな。』
そう語るフェンリルの話を聞きながら、エリオットは一度止まって空を仰いだ。
木々の隙間から洩れる太陽の光を眺めて、呼吸を整えるために深く息を吸う。
「仲間とのつながりが希薄でも、魔族にだって親はいるんじゃないの?」
『確かに、俺たちは動物に倣ってできているから、番になる奴らは互いの核を合わせて子供を作る。……俺の親父、前【魔王】は自分一人の核だけで俺を作った。』
「それだったら……」とエリオットが言いかけると、フェンリルは皮肉げに鼻で笑う。
『番になる目的は、体に種を存続させる仕組みがあるからだ。生んで、ある程度育ったら、番は終わり子供は捨てられる。前【魔王】に関して言えば、自分の器を作る為に俺を作った。』
「器……?」
『あぁ、アイツは自分の老いを恐れて、老いぼれた体から若い体に移るために俺を作った。勿論反発して、結果俺が【魔王】になったが。』
フェンリルは話を区切ると、大きくため息を吐いた。
『……それにエリオット、お前は知っているはずだ。必ずしも血の繋がりが関係性の濃さにはならないってことがな。』
エリオットは、切なそうに微笑むと「……そうだね。」と呟く。
その声は、彼が落ち葉を踏む音でかき消された。
「でも君は魔族なのに、フギンさんを弔いたいんだね。」
何の気なしにそう言うと、エリオットは自分のものではない動揺するような、心の揺れを感じた。
それに呼応するように、頭から息を呑むような音が聞こえる。
『……弔う、というより俺は』
探るように語り始めるフェンリルと共に波紋は重なり、エリオットの元に胸が苦しくなるような痛みが伝わる。
『あいつに謝りたい、のかもしれない。俺の采配のせいでフギンは……他の奴らも、全員死んだから。』
冷たい風が吹き、影が揺れる。
汗が撫でられて、エリオットの体がふるりと震えた。
フェンリルの言葉に耳を傾けながら、エリオットは目を伏せる。
(――彼を励ましたくても、僕の言葉は気休めにしかならないだろう。フェンリルとフギンさんは、僕が生きている時間より、ずっと長く一緒にいたのだから。)
それがどうにも歯がゆくて、エリオットは開きかけた口を閉じることしかできなかった。
『……術式を書き換えたからか、やけに響くな。』
しばらく足音と風の音だけが聞こえる沈黙の中、フェンリルが独り言のように言った。
『エリオット、お前は抱え込まなくていい。……残念だが、もう終わってしまったことだ。』
「そんなことっ……」
エリオットは、それならずっと彼らを想っていたフェンリルの気持ちはどうなるんだと言いかけるが、フェンリルの言葉は続いた。
『—―気づいているか?お前、目に涙が溜まっているぞ?』
そう言われて、エリオットは下瞼から目尻に向けて指を軽く擦る。
エリオットは、フェンリルの言ったことにようやく気付いた。
伝った涙は指の股に流れていった。
『やっぱりお前は泣き虫みたいだ。内側にも、俺が話すたびに心が震えているのがよく伝わる。』
フェンリルは笑いながら言うと、一息置いた。
『俺の代わりに泣かせるのは、お前に悪いだろ?……だから大丈夫なんだ、エリオット。』
影を抜けたエリオットの顔に光が差した。
目を細めて零れた涙は、光の輪郭を描きながら地面に落ちた。
紅葉の傘を抜けた先にある、柔らかな光の中。
そこに二人の目的地が在った。




