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境界の灯  作者: えるま
第二章 熾火の夢想

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第十二話

 スクロールの改訂から数日後、エリオットは休日を使ってロウェルから渡された地図を頼りに目的地へと歩いていた。

 そこは魔物の一匹や二匹出てきそうな、お世辞にも綺麗だとは言えない山道だった。

 木漏れ日の中、エリオットは、ふぅ、と息を吐くと額を拭った。



 あの日の夕刻、ロウェルがフギンの遺体がある座標が記された地図を渡すために再び宿を訪れた。

 しかし、受け取ろうにもロウェルの手が地図を掴んで離さない。

「お前……っ、ふざけん」

「ふざけるなは、お前だ。フェンリル。」

 思わずエリオットの口伝いに文句を言うフェンリルをロウェルが遮った。

「地図は今回の礼として確かに渡す。だが、その前に……。」

 ロウェルは視線を一度上に向けると、嘆息を漏らしてエリオットに向き直る。


「――お前の事だ、エリオット。」

 急に名指しをされ、驚いたエリオットは瞬きを一つする。

「事情を聴いた限り、お前は完全に巻き込まれた側だ。……この地図を渡して、フェンリルがフギンの元へ行く時、必ずお前の身体を使う事になる。」


 ロウェルの手に力が入り、地図は微かに皺が寄る。

「お前は……それでいいのか?」

 ロウェルは眉を潜ませ、じっとエリオットを見る。

 その視線には、エリオットを気遣う色が滲み出ていた。

 エリオットはその視線にたじろぎ、思わず視線を下げてしまう。

「……えっと」と呟きながら、こめかみを掻くと、ゆっくりと口を開いた。

「隊長、あの……僕らは大丈夫です。」

 エリオットは、下がっていた顔をロウェルに向ける。

 誤解されないように言葉を選びながら、ぽつりぽつりと話し出した。

「確かに、赴任してすぐにフェンリルは私の身体に入りました。最初は色々ありましたが……、私も彼が魔族だと、その事ばかりに気を取られて話を聞かず、彼も種族の違いで伝え方が下……独特でしたが」

 そう話すエリオットの右手に小さく力が込められた。

 それに気づいたエリオットは、その手に左手をそっと添えた。


「なるべく僕の意思に添ってくれる事をフェンリルは約束してくれました。……それから僕は、彼の話をちゃんと聞いてあげることを。――もし、彼が回復して僕から出たとしても、この【魔王】と僕らは共に生きていけると、僕は信じています。」

 ロウェルをまっすぐ見つめたその顔は、口角が上がっていた。


 ロウェルは、窓から映る夕暮れを背に立つエリオットを眩しそうに見つめる。

「それなら……俺が口を出さなくてもよさそうだな。」

 表情を柔らかくしてロウェルがそう言うと、エリオットは「……ただ」と言葉を紡いだ。

「もし、彼が人間として逸脱してしまいそうだったら……彼に教えてあげてください。私や他の隊員たちのように。――それに、この身体にいる限り、フェンリルは隊長に強く出れま……」

 エリオットは言葉を言い切る前に、力が抜けてしまった。

 ロウェルは「おっと」と言いながら、素早くエリオットの胴体に腕を回して、その体を支える。


「……余計なこと言いやがって。」

 抱えられたエリオットの体から漏れ出た言葉は、苦々しいものだった。

「どうやら、例の時間になったみたいだな。」

 怪我はなさそうだと、安堵したロウェルは大きく息を吐いた。

「……今日はお前を支えっぱなしだな。」

 フェンリルは、苦虫を噛み潰したような顔でロウェルを見ると、体勢を整えて、さっさと離れる。

 ロウェルは首を竦めると、腕を組んだ。

「朝も言ったが、俺はお前が人間として振舞っている限り、どうこうするつもりはない。それにお前だって――」

 ロウェルはフェンリルの右手首を素早くつかむと、自身の顔に触れさせた。

 それは、かつて【魔王】フェンリルが、唯一人間に傷をつけた跡。

 エリオットの指を介して触れた傷跡は、皮が抉られた、ざらりとした感触を伝える。

「っ!!」

 フェンリルは顔を強張らせ、思い切り手を引いた。

 指先がロウェルの頬に当たる。

「お前ッ!一体何を……。」

 困惑した表情でロウェルを睨んだフェンリルは、何かに気づいたように目を開いた。


「……あの時と同じ状況だが、その手じゃ俺を傷つけられないな?」

 ロウェルは、ニヤッと挑発的に笑った。

 息が上がったフェンリルは、ロウェルに触れた右手に目を向ける。

 その手は、ちっぽけな人間の手で、その爪は宿主であるエリオットが几帳面に切り揃えていた。

「お前の入ったそのエリオットの身体は新兵で、今のところ俺に勝てる体格じゃない。お前らは信用し合っているんだろ?それなら俺もお前を信じてやる。今回みたいに意図せず何か起こったら、お前を殴ってでも止めてやるから安心しろよ。」

 ロウェルはフェンリルを軽く小突く。その手には地図が握られていた。

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