第十話
窓から照らす太陽の光を感じて、重い瞼が少しずつ開いていく。
(朝……?いや、眠る時も日が昇りかけてたか。)
二日も夜通し無理をしたのが流石に響いたのか、体が鉛のように重い。
フェンリルは、光を避ける様に体の向きを変えると布団に潜りこむ。
だが、朝に弱いエリオットの為に仕方なく請け負っていた目覚まし時計代わりの役割を思い出し、大きくため息を吐いて、この身体の主に呼びかけた。
『おい、エリオット!朝だ、起きろ。連日体を使っておいて悪いが、今日は例の約束の日だろ!』
「……。」
応答がない。エリオットの耳から聞こえるのは寝息だけだった。
(……じゃあなんで今、体は動いた?)
自動的に切り替わる夕方と違い、朝は必ずエリオットから動かなければフェンリルは体を動かせない。
夕方より前にエリオットの身体に干渉できるのは精々体の一部のみ。
先日のロウェルとのやり取りは、運よく日暮れ近くだったからか無理をして表に出られていたが、あれでも大分動かしにくかった。
それが今は、あまりにも自然に身体が動いた。
エリオットの意識はないままに。
フェンリルは慌てて布団から飛び出すと、目の前にエリオットの顔を覗き込んでいるロウェルが視界に飛び込んできた。
「……うおッ?!」
目を見開き、思わず後退ると、体勢が崩れる。
ベッドから落ちかけるが、寸でのところでロウェルがエリオットの腕を掴んだ。
「おっと……おはよう、エリオット。」
ロウェルは呆れたように笑いながら挨拶をした。
フェンリルは一瞬迷うも「……おはよう、ゴザイマス。」と口の端を引きつらせながら、挨拶を返す。
(最悪だ……。)
目の前には、つい三日前自分たちを殺そうとした相手がいる。
しかもこちらは、昨日……いや今日まで夜通しの作業で手負いの状態。
フェンリルは少なくとも、自分が表に出ているのは不味いだろうと、先ほどから再三にわたってエリオットに向かって叫んでいるが、内側に意識を向ければ、それは気持ちよさそうに寝息を立てている。
たった今、術式改訂の影響でフェンリルの意識が現れやすくなったという事が確認できたわけだが、その場面は最悪だった。
「前見た時よりは……薄まっている、か?」
ロウェルは、エリオットの手を自分の手にのせて、その爪先を見つめる。
フェンリルは背中に鳥肌を立たせながらも、事を荒げない様エリオットのふりをすることに決めた。
「……それで、どうして隊長はこちらへ?」
顎を傾けられて、瞳を見られながらフェンリルは呻くように言う。
その言葉にロウェルはエリオットの顎から指を離し、肩をすくめた。
「そりゃあ、お前、今昼すぎだぞ?無断欠勤なんていい度胸だな?」
ロウェルは周りを見渡し、姿見の前にある椅子を見つけると、ベッド横に置き腰を下ろした。
「まっ、今お前は風邪を引いたことになっているからな。長引いているんだろうと担当には伝えておいた。」
「それは、どうも。――それで、お、私は隊長に魔族として討伐されるのでしょうか……?」
「見たところ状況も悪化していないみたいだし、ここから逃げ出してもない。ほれ、口開けろ。」
フェンリルは、ロウェルの方を向き、渋々口を開く。
「……犬歯も多少は人らしくなったか?いいぞ、口閉じて。」
ロウェルは、額をポリポリ搔きながら「ここからが問題だな。」とため息を吐いた。
「あー……、それでエリオットはどうした?フェンリル。」
伺うように眉を下げながらロウェルは尋ねる。
「っ!お前気付いて!!」
「当たり前だ。エリオットは行儀も良いし、礼儀もあるからな。そもそもお前は言葉遣い以前に敵意が表情に現れてんだよ。振りをするならもうちょっと研究するべきだったな。」
ロウェルは小さく鼻で笑いながら言った。
それに対してフェンリルは、奥歯を食いしばって睨みつける。
「エリオットの面で、そんな顔をするな。お前があくまで人間でいるなら、俺は手を出さねぇよ。」
「—―……それで?エリオットはどうした?」
その言葉に小さく舌打ちをして、フェンリルはムスッとした表情に変わった。
「……寝てる。」
「本当に?」
ロウェルは瞬きをして、眉を顰めた。冗談だろ?と言いたげな表情にフェンリルは、深く息を吐く。
「お前は知らないだろうが、エリオットは相当朝が弱い。……そもそもお前が三日とか言う期限をつけるから、この身体を酷使するハメになったんだ。エリオットが起きたらお前は謝れ。」
フェンリルは、ロウェルを指さし抗議した。
「それに対しては、ぐうの音も出ないが、そもそもお前がエリオットの身体に影響が出るような魔法を放置するのが悪いんだろ?お前とエリオットのつながりを知っちまった以上、その問題に関しては、俺にも聞く権利がある。」
「権利?」
フェンリルは眉を顰めると、ロウェルを警戒するように見つめた。
「俺が、お前とエリオットを中央に言わない口止め料代わりだよ。安いもんだろうが。」
「……そいつらに知られたら、俺たちはどうなる?」
「そうだな、俺でも考えつくあたりだと、良くて討伐、悪くて実験台行きだろうな。最近、中央の魔術師連中は動きが活発だし、研究対象として最高に喜ぶと思うぞ?」
フェンリルは「そりゃ最高だな。」と呟くと口の端を吊り上げた。
そして、短い沈黙の後、フェンリルは視線をロウェルに移すと静かに問いかけた。
「……お前はどうして、俺たちの事が知りたいんだよ?」
見定めるようなフェンリルの視線に、ロウェルは臆することなく当然のように答える。
「俺はエリオットの上司として、働くことに支障がないか、知りたいだけだ。」
腕を組みながら言うロウェルに、フェンリルは頭を抱えて、わざとらしくハァ、と肩を落とした。
ロウェルはその様子に、ニヤリとフェンリルに笑いかけた。
「それに関しちゃ、俺もお前も意見は一致している。だろ?」
フェンリルは観念して、仕方なく口を開き「共生の魔法」のスクロールを確認した事、そして術式に問題があり、それを改訂したことをロウェルに伝えた。
時折相槌を打ちながら、ロウェルはその一部始終を静かに耳を傾けていた。
「……とりあえず話は分かった。お前はエリオット回復後に、もう一度そのスクロールとやらを確認した方が良いだろうな。」
「言われなくてもそうするつもりだ。」
フェンリルは吐き捨てるように言う。
「しかしお前、【魔王】の称号持ちにしては変な所で律儀だな……。まぁ、もっと狡賢い奴なら、俺にやられた時点でエリオットのふりでもして叫んでいたか。」
「なんで俺が叫ばなきゃならない?」
それに対してロウェルは吹き出すように笑う。
フェンリルは文句ありげに睨みつけた。
「あぁいや、悪い。お前のそういう所は嫌いじゃないんだが、魔族と人間が同じ身体にいるなんて前例がない。だから、エリオットの振りでもして外に聞こえる様に助けを求めていれば、それで事は済んでたんだよ。」
フェンリルは虚を突かれたように、唖然とした顔を一瞬すると徐々に赤くなる顔を覆っていった。
(確かにそうだ。俺が真正面からコイツと対峙しなくても、エリオットとして振舞っていれば勝手にコイツは捕まって被害者然とできたじゃねぇか……。)
フェンリルは、悔しそうに体をブルブル震わせる。
「だが、そういう所がフギンが最期までお前を気に掛けていた理由なのかもな。」
ロウェルの何の気なしに言ったその言葉で、フェンリルはスッと血の気が引いた。
「おいちょっと待て。」
フェンリルは、ロウェルに迫って襟首をつかんだ。
「どうしてお前がフギンの事を知っている?いや、以前お前とエリオットがフギンの死体が発見されたという話は聞いていた。……だが、何故お前がフギンの最期を知っている?」
部屋の空気を一気に冷やすような低い声が、エリオットの口から響いていく。
日の光が反射するその目には、エリオットの青い瞳の中に微かにある、フェンリルの金色がギラギラと反射して、ロウェルを離さず射貫いている。
ロウェルは一気に高まった緊張感に、ごくりと一度喉を鳴らすと口を開く。
「……丁度療養でここに滞在していた。治りかけの矢先に現場検証に駆り出されたんだ。その時フギンの死体を見つけたのも俺だ。……あいつは頭部を狼の形に変えて死んでいたんだ。」




