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境界の灯  作者: えるま
第二章 熾火の夢想

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第四話

 エリオットは、ロウェルの指示に従い、後ろ手に拘束されながらも肩の荷が降りた様な気がした。

(……少なくとも、話は聞いてくれるみたいだ。)

 胸に溜まった空気が一気に出る。

 エリオットは緊張した面持ちで、これまでの経緯を少しずつ話し始めた。

 ロウェルはそれを、頷いたり、考える素振りをしながら静かに聞いていた。


「一つ確認だが、お前はこの傷を見て、思い出したと言っていた。」

 そう言いながらロウェルは自分の左頬の古傷をなぞる。

「――つまり、お前は魔王フェンリルで間違いないな?」

「間違いない。」

 エリオットの口を介して、モフモフは答える。

(……やっぱり、そうなんだ。)

 エリオットは唾を飲み込んだ。

 以前聞いたロウェルの話や、フィオナの話でなんとなく察してはいたが、聞くのが怖くて敢えて明言されるのを避けていた。

 しかし、はっきり本人が言うのであれば、自分と共生しようとしている存在が魔王なのだと改めて思い知らされる。


「……ついでに言わせてもらうが、それは、こっちが魔法で牽制してるのに、ドカドカ進んできやがるから、弾みで右手で払っただけだ。」

「君は余計なこと言わなくて良いんだよ!」

 文句ありげな不満のある表情から一転して、慌てた様な表情に変わるエリオットの様を見て、ロウェルは面白そうに笑う。

「ま、今更そんな話は良い。――それで?本当に魔王フェンリル様は人間と共生する気があるんだな?」

 小さくため息を吐き、先ほどよりも軽い口調で言うが、その目は見定める様にモフモフを見た。

「経緯こそ偶然だったが、今はこいつらと共に過ごせたらと思っている。」

 負けじと、半ば睨むようにモフモフはロウェルを見た。

「それなら……」

 そう言いながら、ロウェルはエリオットに近づき、顎を持ち上げた。


「—―どうして、エリオットの瞳が暗闇で光っている?」


「えっ?」

 エリオットの体が固まった。

 見開いたエリオットの眼は、光を反射して、薄暗い部屋でぼんやりと光っているように見える。

「今のは、エリオットか?気づいてなかったみたいだが、お前の目、暗闇の中で光ってるぞ?その意味は、分かるか?」

「……輝板?」

「そうだ、人間にはない部位だな。それから……そうだな、口を開けろ。」

 エリオットは、信じられない気持ちで表情を強張らせながらも、指示通り口をゆっくりと開いた。

「……犬歯が鋭いな。普通の人間じゃ、必要ないくらいには。」

 ロウェルは、エリオットの拘束を解いた。

 無骨な手が、紐で縛られていたエリオットの腕を労わるように軽く揉む。

 しばらくしてから、エリオットの手を自身の手と比べるように並べた。

「お前の爪、こんなに先端は黒かったか?」

 エリオットの爪は、ロウェルに指摘された通り、煤で汚したわけでもないにも拘らず、先端が薄くだが、黒く染まっていた。

 隣に並べられたロウェルの手で、なおさら、その違いが浮き彫りになる。

「フェンリル、エリオットの体にこれだけ影響が出ている。……これが、お前の言う“共生”か?」


「違う……。」

 ぽろりとエリオットの口から零れ落ちる。

「そんなことになってるなんて、俺は……。」

 モフモフは、エリオットの手のひらを震わせながら見つめた。

 信じられないといった表情で、何度も首を横に振る。

 ロウェルは立ち上がり、モフモフを睨みつけた。

 大きく息を吸うと、はっきりした声で言う。

「3日だ。」

 モフモフは、顔を上げた。

 その表情に、先ほどまでの余裕は微塵もない。

「エリオットも良く聞け、ここは辺境の集落だ。薬が届くのも最短でも3日はかかる。だからこそ、病気になったやつは、感染を広げない様に待機期間を設けている。――お前らは、明日風邪をひいたことにする。待機期間は3日……それまでに、その状態をどうにかしろ。」

「……どうにも、できなかったら?」

 か細く震える声で尋ねる。

 ロウェルは、彼らを蔑むように見下ろした。

「安心しろ、そうなったら俺が直々に見舞いに行って、魔族としてお前を討ってやる。」

 ごくんと、喉の鳴る音が響く。

「……それが嫌なら、証明しろ。お前の“共生”ってやつを。」

 ロウェルの脳裏には、雪山で見たフギンの姿を思い出す。

 自分の最後の姿さえ主を守るために捨てた、あの魔族の事を。

(今度はお前が、大切な者を守って見せろ。)

 ロウェルは、試すように彼らを見つめた。


 追われる様に、エリオットは執務室から出て、帰路の途中で、いつものように体の主導権が変わった。

 ロウェルからエリオットの体の変化の数々を指摘されたモフモフは、そういうものだと思っていた。日常と化した、この切り替わりさえ恐怖に感じる。

 ――いつか、自分のせいでエリオットが消えてしまうんじゃないか?と。


 いつもの帰り道だ。

 あまり綺麗とは言えない舗装された道。

 木々は暗く生い茂り、辛うじてある数少ない魔石具の明かりが、その影を濃くしている。

 生ぬるく感じ始めた夜の風が、木々をざわめかせる。

 お前は、どこへいってもひとりなんだ。また一人になるんだ。と囁いている。

 奥歯を噛みしめ、息を荒げても、服の裾をきつく握りしめても、先の見えない道には、足音が一つだけ。


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