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境界の灯  作者: えるま
第二章 熾火の夢想

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第三話

 エリオットは、少し腫れあがってしまった額を擦りながら、執務室に向かっていた。

『まさか、あのタイミングで時間が来ていたなんて……全然気づかなかった。』

『まったくだ。あの衝撃でも眠りこけてたのが、逆に凄いぜ。』

 モフモフの皮肉げな声に、エリオットは口を曲げる。

『痛みを肩代わりしてくれたんだろう?それから冷やしてくれてたってフィオナからも聞いたよ。……感謝してる。』

 その言葉に、まんざらでもないため息が聞こえた。


 今朝、打ち切られた宿舎の話をフィオナと改めて話をした。

「私は君たちが、この宿屋で下宿する事は全然かまわないよ。むしろ嬉しい。」

 彼女は笑いながら言った。

 その言葉を思い出し、エリオットは歩きながら、つい小さく笑って頬を掻いた。

(嬉しい……。嬉しいか……。)

 胸に温かいものが広がっていくようだ。

 通常業務を終えた後にもかかわらず、心なしか足取りも軽い気すらした。

 その足は、急にエリオットの意思にかかわらず、立ち止まる。

 思わずエリオットは、顔を上げた。

『おい、執務室ってそこじゃないのか?』

「あっ、うん。」

 気が抜けて、つい返事を声に出してしまったエリオットに、モフモフは呆れる。

『浮かれすぎだ。あの隊長に宿舎の件を言うんだろ?表情が緩んでるぞ。』

 両手が勝手に動き、エリオットの両頬を軽く引っ張る。

「いふぁいいふぁい!わふぁったって」

 エリオットは、ぱっと離された手のひらで頬を撫でた。

『……君って結構、先に手が出るよね。』

 エリオットは、初めてモフモフと出会った時の事を思い出す。

『何か言ったか?』

『いや、なんでも。』

 そんなやり取りをしながら、エリオットは口角を指で解して、表情を引き締めた。

 一度深呼吸をして、執務室の扉にノックをする。

 コンコン、と小気味の良い音の後に「エリオットです。」と声を上げた。

 しばらくすると、扉の向こうから「入れ。」という応答を聞いて、エリオットは静かにドアノブを回す。

「失礼します。今日はお時間をいただいて――」

「こっちも悪かったな。本当なら業務前に話を聞ける予定だったんだが、今日に限って会議が入っちまってな。」

 ロウェルは、入れ入れと手招きをする。

 それに対してエリオットは、遠慮しがちに足を運んだ。

(……少し薄暗いな。)

 窓から見える空模様はどんよりとした雨。そのせいか、いつもより幾分か執務室が暗い。

「隊長、部屋の明かりを――」

 エリオットは部屋の灯りをつける為、魔石具に手を伸ばす。

「それは、まだ良い!」

 ぴしゃりとロウェルが言い放つ。

 いつにもなく強い口調に、エリオットは少しだけ体を揺らした。

「……それより、用事は?」

「え?ええっと……宿舎の事ですが。」

 すぐにロウェルが、いつもの調子に戻る。

 エリオットは動揺しながらも、口を開いた。

「自分は今の下宿先で下宿を続けたいと考えています。宿舎に移動することを断ることは、可能でしょうか?」

「ほぅ?お前の下宿先って言うと……この辺り唯一の宿屋、だったよな?そんなに住み心地が良かったのか?」

 ロウェルは、肘をついて顎に手を沿わす。

「はい。もともと自分はあそこの近所で幼少期は過ごしていたので、慣れ親しんだ場所で。」

「なるほど――わかった、別に宿舎への移住は強制じゃないからな。慣れた場所で過ごす方が良いだろう。そのように担当部署に伝える。ところでエリオット、お前が来てから早いもんで半年過ぎたが、どうだ?仕事は。」

 懸念していた宿舎の件が、あっさり解決した事にエリオットは内心胸を撫で下ろした。

「あ、はい。おかげさまで、何とか慣れてきました。」

「……なにか、変わったことはなかったか?」

 ロウェルはいつもと変わらない気さくな笑顔で、エリオットに尋ねる。

 しかし、その声はどこか探るような声色だった。

 えっ?とエリオットは思わず呟く。

 元々静かだった執務室は、更に静寂になり、部屋の温度が一気に下がった。

「そ、れは、どういう意味ですか?」

 息が詰まりそうになりながら、エリオットはロウェルを見た。

 ロウェルは椅子からゆっくりと立ち上がる。

「……匂うんだよ、ここんとこ。」

「匂う?」

「あぁ、なんつうか懐かしい匂いがするんだ。」

 スンスンと、ロウェルが鼻を動かす音が聞こえる。

 暗くて様子は見えづらい。

「……お前が近くにいると、特によく。な?――宿舎の件も、嘘じゃないだろうが、本当はまだ、理由があるんじゃないか?」

 コツ、コツと近づいてくるロウェルの足音に、エリオットは汗が噴き出した。

(バレている。)

 自分が、魔王フェンリルと、なにかしらのつながりがあると察せられている。

 心臓が早鐘を打ち始め、ハッ、ハッと呼吸が浅くなっていく。

「僕は……っ!!」


「—―エリオット、もういい。他の奴がいない今ここで、いっそ話した方が手っ取り早い。」

 エリオットの意思とは無関係に口が開いた。

 モフモフの言葉に、エリオットは内心焦って言葉を失う。

(話した方が良いって、一体どう切り出せば……。)

 しかし、いつの間にか目の前に移動してきたロウェルは、特に動揺することなく、 鋭い目でエリオットをまっすぐに見つめている。

「……そっちは話が早いな、隠すことはやめたのかい?」

「……思い出したんだ、その顔の古傷。俺に唯一接近戦に持ち込んだ人間だ。」

 その言葉にロウェルは目が鋭く光った。

「……つまり、お前は魔族だな?……エリオットに何してくれてんだぁ?!」

 その言葉は怒りに満ちて、静寂の中に響いた。

 次の瞬間、ロウェルは音もなく剣を抜き、モフモフに向かって鋭く切りかかった。

 薄闇に一閃が走る。

 モフモフは扱い慣れないエリオットの剣ではなく、自身の魔力を瞬時に使い、鋭い剣撃を魔力の壁で弾いた。

 キィン!という金属音が部屋に響き渡る。

 ロウェルは弾かれた勢いのまま後退し、憎らしくモフモフを睨みつけた。

「もう一度聞くぞ、魔族—―……エリオットの体に何しやがった?」

 モフモフは、そのあまりの気迫に汗が流れる。

「あぁ……なるほど、武に優れたものは気配で敵を察知すると聞いたことがある。……その要領で感じていたのか、俺の魔力を!」

 感心したように呟くモフモフに、ロウェルは苛立ちを隠さず、再び剣を振り下ろす。

「俺の質問に答えろッ!!」

 先ほどよりも、さらに鋭さを増すその剣は、正確にモフモフを狙っている。

 モフモフは、すぐさま魔力の壁で防戦へ持ち込もうとする。

 だが、ロウェルは壁の中心を剣で押し、剣と壁の間のわずかな隙間まで詰めてくる。

「まさか、まだ魔族がいるとはな……お前らはそうやって、人間を乗っ取って生きているのか?エリオットは最高の器だろうよ、だがなぁ!!」

 ロウェルは、一度剣を大きく振り上げると、それから何度も何度も壁を叩く。

 そのうちに壁はひび割れが走った。

 ロウェルはその隙を見逃さず、ひびを狙うように、力強く打ち付けるように剣を振るう。

 最終的にパンッ!という軽快な音共に、魔力の壁が粉々に割れた。

「っ……!!」

 衝撃で右腕が弾かれる様に仰け反る。

 砕けた魔力の破片は、空気中に溶けて消えた。

(嘘、だろ……っ?!)

 モフモフは動揺するも、体勢を立て直そうと後退するが、その隙を突き、ロウェルはモフモフを床に押し倒した。

 辛うじて、受け身を取って身をよじろうとするも、ロウェルは、すかさずモフモフの上に乗りかかり、刃をモフモフの首に向けた。

「これで終わりだ。――答えろ、エリオットに何をした?」

 モフモフは、ロウェルを睨みながら固唾を呑む。

 ここから抵抗しようにも、エリオットよりも体が大きいロウェルには力づくでは無理だ。

 舌打ちをしようとしたところで、耐えきれなくなったエリオットが声を張り上げた。

「隊長、私の話を聞いてくださいっ!!」

 その表情は、打って変わって怯えの色に染まる。

 ロウェルは一瞬目を丸くするも、すぐに眉をひそめた。

「エリオットの真似なんかしやがって……お前ら魔族はどこまで人間を馬鹿にすれば気が済むんだ?」と冷たく言い放った。

 いつも飄々としているロウェルの怒りや嫌悪の籠った表情に、エリオットは歯が鳴りそうなほど恐怖を感じる。

 だが、誤解は解かないといけない。

 肩で息をしながら、震える口を開いた。

「ぼ、僕はまだ……魔族に乗っ取られていません!隊長を口封じで殺す気があるなら、魔族がこんな防戦になるはずないじゃないですか!!」

 そのエリオットの切迫した声に、ロウェルの眉が少し動く。

 眉間に皺をよせ、目を閉じて、深く息を吐く。

 そして再び、訝し気にエリオットを見つめるも「……手は拘束させろ。」と苦々しく言った。


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