ロザリアの決意
洗濯班の持ち場を離れて庭園を歩くロザリア。
(しかし、本当に広い屋敷だな。この子、相当な貴族の生まれなんだな)
まだ慣れない自分の容姿。
左手を目線の位置まで掲げてしげしげと見つめる。なんと細くか弱い指だろうか。そして見えている景色も麻倉として生活していた時よりも大分低い。しかしそれらを補って余りある利点もある。やはり若い身体だけあって早朝から動き続けているのに全く疲れていないのだ。
(この基礎体力は若さ故の特権だな。なんかこう、昔の情熱に身体が付いてきてくれる喜びというか。身体の動きに応じて心まで若返ってくるというか……)
心身の若返りに対する実感を噛み締めていると、背後から声を掛けられた。
「こちらにいたのですか、ロザリアお嬢様」
振り向くとそこにいたのはメイドのアネモネ。昨日ロザリアに起こった摩訶不思議な事情の全てを告白した唯一の人物である。
「おはよう、アネモネ。何か用かしら?」
「朝から随分探しましたよ。何やら料理人たちや洗濯婦たちの手伝いをしていたとか。見た目こそいつものお嬢様ですが、やはり中身は別人なのですね」
「あなたや他の使用人たちの反応を見ると、このロザリアって娘は相当な暴君気質だったみたいね」
「自ら『立派な悪女になる』と公言してましたから。おかげでお嬢様の豹変ぶりに屋敷中がややパニック状態です」
その一言でロザリア、もとい麻倉は気づいた。アネモネが何故自分を探していたのかを。
「ということは、ご両親の耳にも当然入っているのよね?」
アネモネはロザリアに背を向け、ただ一言だけ伝えた。
「広間で旦那様と奥様がお待ちでございます」
ついて来い、と言う事だと悟った麻倉は先頭を行くアネモネに黙って従うことにした。
辿り着いた先は屋敷の大広間。
ドアを数回ノックしたアネモネは中にいる人物に声を掛ける。
「ロザリアお嬢様をお連れ致しました」
アネモネの言葉に応え、中から成人男性の声が聞こえた。
「入りなさい」
その声を合図にアネモネがドアを開く。
先に入れということだろうと察したロザリアは一度だけ深呼吸をして室内への一歩を踏み出した。
「おおっ! よくぞ目を覚ましてくれた我が娘よ!」
「昨日は生きた心地がしなかったわよ。さぁ、よく顔を見せてちょうだい」
髭を蓄えた細身の男性と豪奢なドレスを身に纏う女性。これがこの少女の両親。昨日はじっくり観察する余裕がなかったが、確かに親バカそうな雰囲気を感じる。
「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。お父様、お母様」
ロザリアは両親に近づくと、二人に向けて頭を下げた。
(……あれ? 無視?)
室内に漂った静寂。
不安になり顔を上げると、両親は青ざめた顔で口をぱくぱくとさせていた。まるで鯉のように。
(なにか不手際でもあったか?!)
慌てて背後に控えていたアネモネの方を振り向くと、彼女は左掌で両目を覆って天を仰いでいた。間違いなく何かをやっちゃったようだ。
「あのロザリアが謝るなんて……」
「やっぱり使用人たちが言っていたことは本当だったのね……あのロザリアが下働きの真似事をしただなんて……」
(なになに? どういうこと?)
訳がわからず困惑しているロザリアに対し、背後からアネモネがそっと耳打ちをする。
「麻倉様。ロザリアお嬢様はこれまで一度も他人に謝ったことが無いのです。それは肉親に対しても例外ではありません」
「そんな人間いますの!?」
衝撃的な発言に耳を疑う麻倉。思わず大声を発してしまうほどに。
「おぉ、ロザリアよ。やはりまだどこか悪いんじゃないのかい?」
「あなた! きっと我がマルグス家を妬む卑劣な輩の仕業よ! 私たちの可愛いロザリアの精神魔法をかけたんだわ!」
「そ、そうだったのか! ならば早急に解呪魔法を使えるものを手配し、ロザリアに呪いをかけた不届者を探し出して極刑に——」
話が飛躍しすぎて何が何やら。
しかし、ただ一つ分かることはこのまま何も反論せずにいると色んな人に迷惑がかかるということ。特に冤罪で死人が出るということだけはなんとしても避けねばならない。
「お父様! お母様! お聞きになってください! わたくしは至ってまともですわ! いいえ、正しくは心を入れ替えてまともになる決心をしたのです!」
もう口から出任せでも何でもいい。
この親バカ。もといバカ親を宥めることが先決と判断した麻倉は続けた。
「わたくしはこれまで、自身の恵まれた環境に甘んじて多くの方々に迷惑をかけてきました。ですが昨日ふと気づいたのです。このままではいけないと。貴族の生まれだからこそ、民の手本になるような振る舞いを常に心掛けなければならないと! 今日からロザリアは生まれ変わりました。そして誓います。これからは誰からも尊敬される立派な淑女として邁進していくと!」
麻倉信司、迫真の演技を目の当たりにした両親の双眸から涙が流れた。
「そ、そうであったか……ロザリアよ。たった一日でここまで成長するとは。父は嬉しいぞ!」
「立派よロザリア! それでこそ我が娘!」
抱き合いながら泣いて喜ぶ両親を見て、一安心した麻倉。しかしそれも束の間。父から放たれた一言が麻倉に今一度の混乱を招いた。
「これなら三ヶ月後のルミナス学園での寮生活も上手くやれそうだ」




