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ロザリアの贖罪②

 乱心気味なロザリアを宥める料理人たち。

 一先ずの落ち着きを取り戻したロザリアに対し、料理長のマルコは理由を尋ねた。


「お嬢様、一体どうしたというのですか? こんな朝早くに厨房にいらっしゃるなんて……」


 涙を拭い、ロザリアは答える。


「わたくしは自分が如何にワガママを通り越して理不尽極まる言動を行なってきたかを痛感し、悔いました。これからは心を入れ替えて立派な淑女たる振る舞いをしていこうと誓ったのです。ですが、その前にまずはわたくしが行なってきた数々の過ちを清算することが先決と考え、日頃の食事を丹精を込めて作って頂いている皆様にせめてもの償いと感謝の意を込めて朝食をと思ったのです」


 今度は料理人たちが泣いていた。

 あのロザリアの口から罵詈雑言以外の言葉が。それも、これまでの懺悔と感謝が聞けるとは思っても見なかったからだ。


 しかも言葉だけではなく誰よりも早くに起床してきちんと行動で示そうとしていた事実。それが深く彼らの胸を打ったのだった。


「ですが、この厨房に入るのは初めてで材料や調味料も見知ったものがなく、簡素な料理となってしまいました。皆様のお口に合うかどうか」


 鉄製の調理プレートの上には塩漬けの干し肉を焼いたものと目玉焼き。現実世界でも度々作っていたベーコンエッグだ。付け合わせは蒸かし芋。他は見覚えのない食材だらけだったこともあり、簡単なものしか作れなかったのだ。しかし、料理長のマルコは驚きながら答えた。


「初めてでこれほどの物をお嬢様が作ることが出来るとは。目玉焼きは火加減が命。特に半熟の黄身を作り出すのは素人には難しいものです。焼きが足りなければ白身も固まらず、また焼き過ぎれば白身が焦げる。ひっくり返して焼けば白身が完璧でも黄身に火が入り過ぎてボソボソとした口当たりになるもの。それらの問題を一手にカバー出来る蒸し焼きにてきちんと仕上げておいでだ。お見事でございます」


 目玉焼き一つでそこまで褒められると流石にむず痒い。ロザリアは大量に作ったベーコンエッグと蒸かし芋を全員分の皿に盛り、一人ずつに手渡していった。


「それじゃあ、わたくしはこれで」


「お嬢様は食べて行かれないんですか?」


「ええ、次は洗濯班に用がありますので」


 ロザリアはそう言うと、料理人たちに再度頭を下げて厨房を出て行ってしまった。去り行くロザリアの後ろ姿を見送るマルコ。他の料理人たちは既に食事を始めていた。


「うん、美味い! 塩抜き加減が甘かったみたいで肉はややしょっぱいけど、その塩気が目玉焼きやイモの淡白な味わいにちょうど良い」


「しっかし、まさかお嬢の手料理を頂ける日が来るなんて未だに夢を見てるみたいだぜ」


 料理人たちは嬉しそうにロザリアお手製の朝食を口に運んでいく。そんな中、最年少のトールがあることに気づいたらしく竈門を覗き込んでいた。


「あれー? どうなってるんだ?」


 その様子を見たマルコはトールに声を掛ける。


「どうした、トール」


「いや、まだ薪が残っているかと思って竈門の中を見たんですが、薪どころか炭すら残ってないんですよ。お嬢様、どうやって料理したんだろう?」


「料理長もトールも、早いとこ食わないと冷めちまいますよ。俺たちはもう食い終わったんで仕込みの準備は先にやっておきますぜ!」


 他の料理人たち急かされ、マルコとトールは抱いていた疑問を一旦忘れて朝食を摂ることにした。


 ロザリアが厨房を出た時には既に陽が昇っており、明るい陽射しが窓ガラスから差し込んでいる。外は寒いだろうが乾燥した風が吹いており絶好の洗濯日和だろう。


 外に出たロザリアは植栽の手入れをしていた老齢の庭師に洗濯班の持ち場を聞き、屋敷の裏にある井戸へと向かう。井戸、つまり水場周りが洗濯班の仕事場となっており、メイド服を着た女中たちが皆せっせと衣類の洗濯に勤しんでいた。この寒空の下、ただでさえ冷たい井戸水を木桶に張って懸命に洗っている。彼女らの手は白い肌のそれとは違い、痛そうな程真っ赤になっていた。時折息を吹きかけたり手を擦り合わせたりと、この時期は特に辛いはず。霜焼けや赤ぎれを患っているものも少なくないはずだ。その苦労を思うと、麻倉の心に熱いものが込み上げてきた。そしてそれはロザリアの瞳を通って雫となり地面を濡らしていった。


 それに気づいた女中の一人が声を上げた。


「ロザリアお嬢様!? どうかなさいましたか!?」


 洗濯の手を止めて一斉に涙を流しているロザリアの元へ集まる女中たち。


「お嬢様、こんな朝早くにこんなところで一体何を。それに何故涙を流しておられるのですか?」


 洗濯班の班長と思しき年配の女中がロザリアに優しく問いかける。その両手はやはり真っ赤になっていた。ロザリアは、そんな氷のように冷たくなった手を温めるようにそっと両手で包んだ。


「いけませんよお嬢様! 私共の手は今とても冷たいのですから」


「いいえ、いいのです。どうか少しだけこのままで」


 洗濯班長の静止を聞かず、冷たく深い皺の刻まれた手をロザリアはただじっと温めるように包む。次第に女中の手の赤みは薄れていき、麻痺していた指先に感覚が戻っていくのを感じた。


「まぁ、これは……」


 治癒の魔法ではない。

 ただ単に人肌で温めただけのこと。

 たったそれだけのことが、凍てついていた女中の手に活力を与えたのだ。


「この中にメアリーという女中はいますか?」


 ロザリアの呼び掛けにビクッと身体をこわばらせた少女が一人。


「は……はい……お呼びでしょうか……」


 やや俯き加減で気が弱そうな印象を強く受ける。こんな少女に対してこの時期に大量の無駄な洗濯を強いたと悟った麻倉の心が再び涙を流す。彼女の手もまた、痛々しく真っ赤に腫れていたのだ。


 再度涙が頬を伝うロザリア。今度はメアリーの両手を包み込み温めてあげる。


「あなたには申し訳ないことしたわね。本当にごめんなさい、メアリー」


「ふぇぇぇ!? な、な、なんの事ですかぁ〜!」


「先日、試着した服を全部洗い直しさせたでしょう? また収納棚に戻せばいい物をわざわざ冷たいこの時期に無駄な仕事をさせてしまい本当に申し訳ないと思っているわ」


「おおお、お気になさらず〜! それが私たちの仕事なので」


「この寒空の下での水仕事は大変でしょう。暖かくなるまでこれから私も洗濯を手伝います。今まで散々迷惑を掛けてきた罪滅ぼしとして」


 ロザリアはそう言うと、水の張った木桶に手を突っ込んで衣服やシーツをゴシゴシと擦り洗いをしていく。その様子を見た洗濯班班長は慌ててロザリアへ静止を求めた。


「おやめくださいお嬢様! 奥様やご主人様に知られたら我々が処罰を受けてしまいます!」


「お父様とお母様には私から直接伝えておきますわ。もしそれで貴女たちに処罰や解雇処分を言い渡すようであればわたくしがお父様を殴ります!」


「「物騒!?」」


「とにかく、水洗いはわたくしがやるので貴女たちは洗い物を運んでくるのと、洗い終わった洗濯物を干してきてちょうだい」


 何が起こっているのかイマイチ理解出来ていない女中たちはとりあえずロザリアの指示に従い動いていく。ロザリアは凄まじい速度で洗濯物を水洗いし、それを回収の為に並んでいる女中へ渡していく。結局、ロザリアのおかげで普段よりも一時間も早く洗濯作業が終わってしまった。


「ふぅ、今日の分はとりあえずこれで終わりかしら。明日もまた来るからよろしくお願いしますわ。それでは」


 そう言うと、洗濯班に一礼して屋敷の中へと戻っていくロザリア。


「班長、一体なんだったんでしょうか?」


「さぁ? 私にもサッパリで……」


 妖にでも化かされたかのようにポカンとロザリアの去り際を見送るメアリーと洗濯班長。


「あれ? この水桶、湯気が立ってない?」


 他の洗濯班の女中が先程までロザリアが屈んで洗濯をしていた桶から僅かに湯気が出ているのを発見。それに気づいた女中が試しに桶の水に手を入れてみた。


「あったかい……まるでぬるめのお風呂みたい」


 それを聞いてメアリーは気づいた。

 洗濯を終えて去り行くロザリアの手は冷たい水仕事を終えたにも拘らず、自分たちとは違い赤くなっていなかったことに。

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