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ロザリアの贖罪①

「昨日の朝、料理人たちを呼びつけ『家畜の餌』と断じり朝食の皿をブチ撒けました」


 直近の暴挙が昨日の朝。

 しかも、麻倉が想像していたより非道な所業。この可愛らしい見た目からは想像も出来ない。


「ちょっ、ちょっと待って!」


「なんでしょう? お嬢様」


「朝食の席って事は、お父様もお母様もいたのよね?」


「はい、おりました」


「娘のそんな傍若無人な振る舞いを目の前で見てて、何も仰らなかったの!?」


「はい、今朝もまたロザリア様のご機嫌がナナメだと笑っておいででした」


 元一教育者として。そして一児の父だった者として、淡々と『これくらい日常茶飯ですけど?』的な口振りで話すアネモネから聞かされたこの少女の素行に心底戦慄した。そして、麻倉の予想は正しかった。アネモネが口にした両親の反応〝今朝もまた〟という部分から、その日限りの愚行ではないということがハッキリ読み取れたのだ。


「そんな無礼極まる行ないを誰一人咎めなかったの!?」


「お嬢様のワガママや身勝手な行為は今に始まったことではないので。あぁ、そうそう。お嬢様は料理長のマルコに対して魚のパイを顔に投げつけてましたね。『わたくし、このパイ嫌いなのよね』と言いながらもの凄い至近距離で。パイが当たるパァンという音とガシャンと皿が割れる音が響いておりました」


 百歩譲って嫌いだったとしても食べなければいい話。にも拘らず、作ってくれた料理人に対してあまりにも理不尽。しかし、昨日の愚行はこれだけに留まらなかった。


「その後、飛び散ったパイで服が汚れたと言い、その場でお召し物を脱いで新入りメイドのメアリーに汚れたドレスの洗濯と替えのドレスを用意させていました。結局、お気に召すドレスをお選びになるのに二十着ほど試着し、一度しか袖を通していないドレスも全て洗濯させておりました」


 自業自得としか言いようが無い状況から更に人様へ迷惑をかけるという倍プッシュ。しかも、これが昨日の朝食の間だけで起こった事と考えると一日の出来事を聞く頃には間違いなく日が暮れる。


「着替えが終わった後、隣町で——」

 

「もう結構! お腹いっぱいよ! とりあえずこれまでの埋め合わせは明日から順を追ってやっていきます。今日はもう休むことにするわ」


「かしこまりました。では、私もこれで失礼します。おやすみなさいませ、お嬢様」


 主のロザリアに一礼し、背を向けて扉へと歩いていくアネモネ。扉の前で立ち止まると、再度ロザリアの方を向く。


「お嬢様。今回の件、私以外には他言しない方がよろしいかと。特にご主人様や奥様が聞いたら卒倒なさいましょう。それだけならまだしも最悪の場合、このことが外部に知れたら異端審問にかけられて悪魔憑きの魔女として処刑される可能性も充分にございます。くれぐれも肝に銘じておいてくださいませ」


 物騒な忠告を残し、アネモネはロザリアの部屋を後にした。


(色んなことがあり過ぎて頭がまだ現状に追いついていないが、裕福な家庭に生まれたことに甘んじてこの少女の素行は余りにも荒みきっている。これでは将来ロクな大人にならない。何とかしてやらねば。その為の第一歩はまず明朝から始めよう)


 暗くなった室内。

 ベッドの上でそんなことを考えながらロザリア——もとい、麻倉信司は夢の中へと落ちていった。


 翌朝。

 屋敷の使用人たちは陽が昇るよりも前に起きて各々の持ち場へと向かう。掃除班、洗濯班、庭師、厩舎番。その他にも大勢の人間が屋敷内で仕事を始める。それだけマルグス家の屋敷は広い。それだけの使用人を雇える富と権力を持っているからだ。


 そんな様々な人間が動き始める中、当然料理人たちも主人たちの食事の支度を始める為に厨房へと向かう。まずは一番下っぱが火おこしと具材の切り出しを行なうのが決まりとなっていた。いつも厨房へ一番乗りするのが、下っぱのトール。今年十歳になったばかりの少年で半年前にマルグス家にやってきたのだ。


 この時期、早朝の厨房はとても寒い。

 曇りの日には氷点下になることもザラである。しかし竈門に火がおこり、料理人たちが全員揃って働き出すとその熱気で室内は一気に汗ばむ温度になる。


 トールは身震いしながら厨房の扉を開けると、室内の違和感に気づく。


(あれ? 厨房の中があったかい……はっ! ひょっとしてボク、寝坊した?!)


 また先輩に怒鳴られる。その危険を察知したトールは急いで竈門の前に立って料理をしている人物に向かって頭を下げた。


「遅くなり、ももも申し訳ありませんでした!」


「えっ? あぁ、別に構わないのよ。わたくしが勝手にやっているだけだから」


 男しかいないむさ苦しい普段の厨房ではまず聞くことの無い女性の声。その声に違和感を覚えておそるおそる顔を上げる。そして声の主を認識したと同時にトールは大きな悲鳴を上げた。


「ぎゃー!? ロザリアお嬢様!!」


 その悲鳴を聞いた他の料理人たちも次々と厨房へやってきた。


「厨房から悲鳴が聞こえたぞ!」


「どうした! 何があった!」


 大の男たちが次々と入って来ては、目を丸くして言葉を失っていく。悲鳴の主であり、腰を抜かしてへたり込んでいるトールなど視界に入ってすらいない。料理人たちの視線を集めているのは、竈門の前に立つ一人の女人。


「なっ、なんですの? 見せ物じゃなくってよ」


 地味な装いで灰色の三角巾を被り、前掛けを締めたこの屋敷の一人娘、ロザリア・マルグスがそこにいたのだ。


「どうしたみんな、何の騒ぎだ!?」


 最後にやって来たのは料理長のマルコ。

 一昨日の朝、ロザリアに顔面パイをやられたという人物だ。


「おっ、お嬢様!? どうしてこんなところへ?」


 他の料理人同様、訳がわからないといった様子で困惑していたマルコに対し、ロザリアは一歩前に出ると三角巾を取って頭を下げた。


「マルコ料理長! その他料理人の皆様方! 先日の無礼、本当に申し訳ありませんでした!」


 唐突なロザリアからの謝罪に困惑するマルコと料理人たち。


「あのロザリアお嬢様が頭を下げた……」


「でも、先日の無礼ってなんだ?」


「きっとあれだよ、先週の晩餐会での……」


「いやいや、多分アレだろ。四日前の昼食の時のサンドイッチが……」


 麻倉は絶望した。

 当の料理人たちはロザリアが〝どの行ない〟に対して謝っているのか全く理解していなかったのだ。その様子から、これまでの使用人たちへの扱いは一朝一夕でとても償えるものでは無いと知った。


「……ひとりずつ」


 頭を下げたまま呟くロザリア。


「えっ、なんです? ロザリアお嬢さ——」


 声を掛けてくれた料理人の言葉を遮るように顔を上げたロザリア。その目から滝のように涙が流れて落ちていた。


「ひとりずつ、わたくしを殴ってくださいまし!!」


「「なんで!?」」

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