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ロザリアとアネモネ

 再度目を覚ませば、またもや見知らぬ天井。

 いや、正確に言えば一度見ているので見知らぬことはない。


 枕に頭を預けたまま窓の方を見れば、陽はすっかり沈んでおり暗い夜闇が窓の外に広がっていた。朝起きて、倒れ、再び目覚めた頃にはもう一日が終わろうとしている。未だにハッキリしない頭の中でも理解出来ることはあった。何一つ疑問は解決していないということ。そして、今自分が置かれている状況は決して夢などではないということ。


「お目覚めになられましたか? お嬢様」


 視点の定まらぬ薄目で窓を見ていた視界の隅からひょっこり顔を覗かせた一人の若い女性。黒いミディアムヘアーに紫水晶のような瞳。現世でもテレビや学園祭などで目にする機会があった、所謂メイド服を着用していることからこの屋敷の女中だろう。


(いや、この女性を知っている……)


 知的かつ冷静さを感じるその雰囲気。

 自分のものではなかった他者の記憶。その中に彼女の名がある。


「アネモネ……」


 彼女の名を口にすると、アネモネは少しだけ安心した表情を見せた。


「よかった。倒れられた時は何事かと思いましたよ。今、旦那様と奥様に知らせてきます」


「待って」


 部屋を去ろうとしたアネモネの手を慌てて掴む。

 嗚呼、なんとか細い腕と指だろうか。

 今までの自分の肉体ではないと嫌でも再認識させられた。


「ですが、お二人ともお嬢様が目覚めたらすぐに知らせるようにと……」


「お願い、アネモネ。今は側にあなた以外にはいて欲しくないの」


「……わかりました。事情をお話になりたくなるまで側におりますので、お心が決まりましたら声をかけてください」


 アネモネはそう言うと、再びベッド横の椅子に腰を落として目を瞑って待機した。どうやら自分の様子の変化、異変を察しているらしい。しかし、何から話せば良いのかまだ考えが纏まらない。


「あーもう! 面倒ですわ!」


 いつまでもウジウジ考えていてもいたずらに時間が過ぎ去るだけ。このままだと朝陽を拝む方が遥かに早い。迷っているなど愚策も愚策。現状を進める為には出来ることを始めるしかないのだから。


「アネモネ。わたくしは今から突拍子もないことを口にします。気が触れたと思っていただいても結構。ですが、真実しか口にしないと神に誓いますわ。だからどうか最後まで話を聞いてちょうだい」


 自分は元々ここではない世界にいた老齢の男性であり、事故にあったのが最後の記憶で今朝目覚めたらこの少女の姿であったということ。


 目覚めてすぐに男性だった自分の記憶とロザリアというこの少女の持つ記憶、二つの記憶の混濁により脳内の処理が追いつかなくなり気を失ってしまったということ。


 そしてそれは今尚継続中であるということ。


「…………」


 アネモネは僅かに驚いた表情をしたまま黙っていた。だがそれも然もありなん。あまりにも浮世離れした話であり大仰な悪ふざけ、或いは本当に頭がどうにかなってしまったと思われても仕方がないことは重々承知。もしも自分が逆の立場ならと考えたらそう思うだろう。しかし、アネモネが口にしたのは意外な言葉だった。


「お名前はなんと言うのですか?」


「えっ?」


「男性の頃のお名前です」


「あ、麻倉 信司……ですわ」


「アサクラ シンジ。確かにこの辺りでは馴染みのない響きですね」


「信じていただけますの?」


「私は貴女専属の従者です。主の言葉を誰が疑いましょうか」


『初めまして、ロザリアお嬢様。今日から私が貴女専属のメイドでございます。何なりとお申し付けください』


 真っ直ぐこちらを見つめるアネモネの瞳を見た時、新たな記憶が脳裏に浮かんだ。今より随分幼い頃のアネモネの姿。おそらく十代半ばくらいだろうか。不運にも自分のような異世界人の魂の器となってしまったこの少女とアネモネとの出会いの記憶。


 どうやらこのロザリアという少女と麻倉信司という存在。その境目、乖離が徐々にではあるが無くなりつつあることを実感し始めていた。今そのキッカケとなったのがアネモネとの会話。おそらくだが、ロザリアと関係のある人物との会話や触れ合いの中でそれは更に進むだろうという根拠のない確信を得た。


 麻倉はアネモネの目を見ながら、客観的な自分に起きていることを述べた。


「おそらくですが、今のわたくしはこのロザリアという少女がベースで意識が麻倉という摩訶不思議な状態にあります。頭の中では男口調で話していますが、いざそれを口に出すと何故かお嬢様言葉に変換されていますの。本来なら言葉も文字も今まで暮らしていた世界のものとは別なのでしょうが、ロザリアの記憶がそれを補完してくれているのでしょう。それと、今し方の会話であなたとこの少女が初めて出会った頃の記憶が呼び起こされましたわ。このまま麻倉の記憶が残り続けるのか、それともロザリアの記憶が戻るのかはわかりませんが今のわたくしに起こっている現状は、話せる限りではこんなところです」


「成程。わかりました」


 こちらを真っ直ぐ見つめたまま返答するアネモネ。あっさり受け入れられ過ぎて逆に不安になり、流石に問い返してしまう。


「ちょっとは疑うなり訝しむなりしないの? 自分でも言っといてなんだけど、こんな子供でも信じないような馬鹿げた話を二つ返事で受け入れるなんて」


「私が知るお嬢様は自分にとって利益とならない言動はなさらない利己的な方です。ご自身でも仰った通り、子供でも信じないような虚言など他所ならまだしもご実家で吐いて一体なんのメリットがありましょうか。それにこれは私自身も上手く言えないのですが、強いて言えば長年お仕えしてきた従者としての勘と申しましょうか。お嬢様が放っていらっしゃる雰囲気が今までとはやや異なります。普段のお嬢様は冷酷非道で氷のようなオーラを纏っているかのようでしたが、今日は何やら今まで感じたことが無いほど穏やかでいらっしゃる。温かみさえ感じるほどです」


「れ、冷酷非道って……ねぇ、アネモネ。あなたが知っている普段のロザリアって、一体どんな感じだったの?」


「そうですね……では、直近の話で申し上げるなら……」


 少し考える素振りを見せたアネモネの口から語られたロザリアという少女の素行に麻倉は愕然とすることとなる。

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