VS魔弓の射手、ギリアム
ギリアムは左手で風魔法で薄緑色の弓を造り出すと、同じく魔法で風の矢を五本ほど造り出して全て上空へ向けて放つ。すると、辺りに強風が吹き始めた。
追い風、向かい風、ダウンバーストのように上から下へと押し付けるものや左右から揺さぶりをかけるような激しい強風。
まさに縦横無尽、不規則に吹き荒ぶ激しい風を受けた五本の矢はロザリアの周りをまるで獲物を狙う龍のように旋回している。先程ゼファーが見せたものと酷似した戦法。やはりロザリアのユニークスキルはギリアムも把握しているらしい。
「さて、まずは一本目」
ギリアムはそう呟くと、旋回してた矢の一本がロザリアの背後から後頭部目掛けて降りかかってきた。
「…………」
しかしロザリアは振り返らない。ヘッドショットまであと少し。まさか気づいていないのか。そう思われた瞬間、ロザリアに迫っていた風の矢は突如黒い炎に覆われ燃え尽きてしまったのだ。
「ある程度の間合いに入ったものは瞬時に闇の炎で焼かれる自動防御魔法を展開しているのか。興味深い。なら、多方面からの同時攻撃はどうかな?」
ギリアムは残りの四本も前後左右、同じタイミング、同じ速度でロザリアへと向かわせる。だが結果は同じ。ロザリアの肌に触れる前に風の矢はすぐさま焼き払われてしまった。
「素晴らしい。並の火属性の魔法じゃ僕の矢を燃やす事なんて出来ないのに。これも混ざっているからなのかなぁ? じゃあ、今度はこれならどうだろう」
ギリアムが仕掛け、ロザリアがなんらかの反応を示す度にギリアムはより多くの矢で。より大きな矢で。様々な角度で。様々な数量や質量で彼女の動向をつぶさに観察している。
その様子はもはや戦いというより実験に近い。
ロザリアもまたギリアムに対し黒炎の攻撃を仕掛けるも、間一髪のところで避けられてしまう。
それだけならまだしも、ギリアムはわざと当たるか当たらないかの瀬戸際を見極めて避けているように見えた。実際その通りで、ギリアムの〝目〟を以てすればもっと余裕を持って避けることは可能。しかしそうしないのは、偏により間近で。危険が及ぶギリギリを見定めてロザリアの黒炎をじっくり観察したいが為。
「あれ、もうおしまい? 疲れちゃった?」
それ即ちギリアムは本気で戦っていないということであり、ロザリアを敵としてではなく本当に実験動物くらいにしか思っていないという証拠に他ならない。
体力、魔力共に大きく消耗したロザリアは肩で息をしながらギリアムを睨む。
「はぁ、はぁ、はぁ、なるほど……流石は四大公爵家の一人。シリウス会長同様、他者とは比較にならない抜きん出た実力と才能がおありなのですね。これはわたくしも腹を括らないと勝てそうにありませんね」
「その意気だ。まだまだ君には可能性のその先を見せて貰わなきゃ困る。だから、まだ諦めないでおくれよ」
ギリアムのその言葉をトリガーに、一本の風の矢が背後から猛スピードでロザリアに迫る。最初よりも一層速く、威力を上げた超高速の矢。
しかし、ロザリアは決して振り返ることなく両手を胸の前に突き出し、ブラックフレアを発動させた。黒い炎は球体化し、ロザリアが注ぎ続ける魔力を受け徐々に大きさを増していく。これが直撃すれば無事で済むものはいない。誰もがそう思えるほど禍々しく、辺りの温度は上昇し続けている。
「その火球をどうするつもりかな? 背後から迫る矢を消すのに使う? それとも避けられる、或いは防がれると知りながら僕に目掛けて放つ?」
ギリアムの問いに対し、ロザリアはニヤリと笑いながら答える。
「もちろん、あなたに目掛けて放ちますわ。避けられるなら避けくださいまし」
背中から真っ直ぐにロザリアの身体を貫通した風の矢。ロザリアは吐血しながらも腹部から飛び出てきた疾風の矢の先に巨大化した黒炎の球体を当てがったのだ。
風の矢自体は黒炎に触れた際に消滅したが、受けた加速は依然そのまま。ロザリアを貫通した風の矢の超スピードを受けて放たれた巨大な黒炎球は正面にいるギリアム目掛けて迫り来る。
一か八かの丁半博打のような非合理的な行動はギリアムには理解不能。だからこそ、この死中に活を見出す作戦が功を奏し、ギリアムの隙を生んだのだ。
黒炎の巨大な球は想定していた以上の速さで既にギリアムの目の前に迫っていた。驚きのあまり回避行動に遅れ、もはや防ぐ以外の選択肢は無い。
「サイクロンウォール」
竜巻の壁を呼び出し、衝撃に備えるギリアム。しかし、単なるブラックフレアなら何とか防げただろうが今は違う。自身が放った風の矢による加速を受けているからだ。つまり、自身の力が加算されているのだ。
自らの命さえも顧みないロザリアの奇策によりギリアムの計算は大きく狂った。その結果、サイクロンウォールを打ち破った黒炎の巨球はギリアムへ届いたのだった。
黒炎に包まれ、身を捩るギリアム。
肉体、精神を同時に焼く闇と火の魔法をまともに喰らったのだ。重度の火傷とトラウマを負ったに違いない。ロザリアは急いでセーラにギリアムの救助を頼もうと振り向いたが、セーラとサミュエルの表情は一点を見つめたまま固まっていた。
「なっ、まさか!?」
嫌な予感を察知し、慌ててギリアムの方へ向き直ったロザリアが見たもの。
「水流外套」
黒炎に包まれていたギリアムの身を包んでいたのは、以前シリウスが見せた水を纏わせる防御魔法。暴風の障壁を突破したその先にまさか火魔法の天敵である水魔法による二重の防御を咄嗟に展開するという臨機応変さ。いや、それ以前になぜ風属性のギリアムが水の魔法を発動したのかという疑問。ロザリアは何が起こったのか全く理解出来なかった。
「間一髪。なんとか間に合ってくれて命拾いしたよ」
ギリアムはそう言うと、空になった試験管を投げ捨てた。何かを飲み干したらしい。アクアヴェールを解いたギリアムは右腕で口元を拭う。最初に着ていた黒い外套は焼失し、覆われていた彼の全貌が露わになった。
痩せ細った身体に日光に全く当たっていない真っ白い肌。そしてボサボサになった灰色の髪と紫色の双眸の下には普段から睡眠不足からきていると思しき大きなくまが出来ていた。
ギリアムの全体像が見えた時、ロザリアは異変に気づいた。
(彼の灰色の髪に青いメッシュなんて入っていただろうか? それに左の虹彩も右と比べて青味が強くなっているような……)
そんなことを考えていたロザリアの考えを察したのか、ギリアム本人から話を切り出してくれた。
「あー、髪の色とか目の色どっか変わってる? これ今飲んだ薬の副作用なんだよねぇ。一時的に他属性付与すると毎回どっかにその属性の魔力色素が身体に滲み出るんだよ。まぁ、効果が切れたら元に戻るから別にいいんだけどね」
つまり、風属性のギリアムが水魔法を使用したということは自分で作った薬を服用したことに起因しているということ。彼が飲んだのは水属性を付与する薬であり今の彼は実質、風と水の二重属性であるということ。単属性でさえ厄介だったものを、更に火と相性が悪い水属性が加わったことで更なる不利を強いられることが確定した。
逆転しかけた形勢が再び逆転。ロザリアの表情にも焦りが滲む。だが、当のギリアムの様子がどうもおかしい。
「あー、やっぱり頭がボーっとするというか、思考が鈍くなるなぁ。やっぱまだまだ改良の余地があるってことか」
右に左にフラフラと。酩酊しているかのように足元がおぼつかない様子のギリアム。目の焦点もどこか定まらず、宙を見つめていた。
「だからさァ」
定まっていなかったギリアムの視線が、ギロリとロザリアを射抜く。
「君の細胞、君の血液、君という存在すべてのデータが必要なんだよ。ナチュラルなデュアルエレメントである君の、ね」
ギリアムは腰に巻いていた様々なアンプルが装着されているベルトからオレンジ色の液体が入った一本抜き取ると、アンプルの先をへし折り中身を一口で飲み干した。
「三本目は流石に初めてだよ。正気や理性、はたまた人間の形を保っていられるか分からないから誰か代わりにデータを録っておいてくれたまえ」
ギリアムの髪と瞳に、更なる色が混ざり始めた。




