黒い炎
「まったく、単独で乗り込むなんていったい何を考えていますの? 飛んで火に入る夏の虫ですわ」
「飛んで……えっ、なに? ま、まぁ、言わんとしていることは何となくだか分かったよ。先走っちまって手を煩わせたことは悪いと思っている。だが、ギリアムの野郎が自ら動き出したと聞いたら頭に血が上っちまって……」
ロザリアからの叱責に対し、萎縮するJJ。
本人も非を認めていることに加えてこの状態である。これ以上の口論は無意味。今はこの場をどうにかすることが先決。ロザリアがそう考えていた時、ゼファーの方からこちらに話しかけてきた。
「アンタが特待クラスを蹴り、あのシリウスと対等に渡り合ったロザリアさんかい。噂は聞いてるぜ。色々とな」
「そうですか。その含みを持たせた話し方から察するに、こちらの情報はほぼ掴んでいるみたいですわね。大方、こちらから乗り込んで来ることも事前に知っていたようですし。ただ、オットーの単独行動は予想外だったみたいですが」
「そりゃそうだ。俺が調べさせたのはオットーなんて小物じゃねぇ。アンタの方なんだからな!」
そう言うとゼファーは白刃取りを振り解き、一旦背後へ飛び退いてロザリアから距離を取る。
「今話題の超新星、マルグス家の令嬢を倒したとなりゃ俺らレイヴンゼロスの名は更に世に広まるってもんだ。アンタにゃ恨みはないが、チーム躍進の礎となってもらうぜ!」
それだけ伝えたゼファーは手にしていた剣を横回転を加えてロザリア目掛けて投げ放ってきたのだ。まるで航空機のプロペラのように高速で飛来する回転刃。先程のように素手で刃を挟み取るなど到底不可能と判断したロザリアは自分から遠ざけるためにJJを突き飛ばし、次に向かい来る回転刃を避けると、そのままゼファーに向かって間合いを詰めるべく走り出す。もちろん、一発ブン殴るためである。
「後ろだロザリア!」
その決意を払拭させたのは、先程突き飛ばしたJJから飛び出した言葉。
咄嗟に振り返ると、今し方避けたばかりの剣が回転をそのままに戻って来ているではないか。まるで刃のブーメラン。ロザリアは一旦ゼファーへの攻撃を後回しにして身体を捻りながら右方向へ飛び退くように刃を避ける。しかし、僅かに刃先が左腕を掠ったようで二の腕辺りから流血していた。
ゼファーは回転しながら戻って来た剣の柄を正確に掴み取ると、刃に付着したロザリアの血液を舌で舐めとる。
「チッ、あのバカのせいでバレちまった。やっぱ先にアイツをきっちり殺しておくべきだったか。だが、次は避けさせねぇ!」
ゼファーは手にした剣を再度ロザリアに向けて投げる。ブーメランのように戻ってくるなら、返ってくる際の軌道さえ確認すれば良い。
そう考えたロザリアは回転しながら戻って来た剣の軌道を完璧に見切り、今度はきっちり避けた後に再度ゼファーへ向かって走り出した。
だが、そこで風向きが変わった。
比喩などではない。実際に向かい風が吹いたのである。
直後、ゼファーへ戻っていたハズの剣は風の影響を受けてその軌道を変え、再びロザリアに向かって襲いかかって来たのだ。
「ハハハッ! 羽のように軽く、並の鋼よりも丈夫なノースメタル製の剣だ! 風魔法を利用すれば遠隔操作することが可能なんだよ!」
これでは接近戦を得意とするロザリアはまず近寄れない。しかも、ゼファーの魔力はロザリア本人ではなく剣に向けられている。つまり、ロザリアのユニークスキルによる炎のカウンターは発動しない。
実に見事なロザリア対策である。
事前に情報を集めて準備していただけのことはある。このまま四方八方から飛来する剣を避け続けていれば、いくら体力おばけのロザリアであってもいずれ限界が来て疲労で足は止まってしまう。その証拠に、徐々にロザリアの動きは鈍くなっている。それに伴い、柔肌には浅い切り傷が少しずつではあるが刻まれており、衣服も徐々に肌を覆い隠している面積が少なくなってきていた。
それはまるで遅効性の毒のよう。
ゆっくりではあるが、確実にロザリアを蝕みつつある。ゼファーは今が好機と見て、更なる追撃をロザリアに加えた。
「そらよ! もう一本追加だ!」
なんとゼファーは部下に持って来させた同じ剣をもう一振り手にすると、ロザリアに向かって投げ放ったのだ。
襲いかかる刃が二つ。
見極めなければならない対象、そしてその軌道が増えたことで思考と体力が削られるスピードも倍増。それでもロザリアは一歩間違えたら致命的な破滅のステップを必死に踏み続ける。
「しまっ——」
着地の際、僅かにつま先を捻ってしまいバランスを崩してしまったロザリアに回転刃の一本が迫る。
「がはっ!!」
肉を貫く音と大量の液体が地面に溢れる音。
しかし、ロザリアに傷はない。
不思議に思い視線を上げ、ロザリアは驚愕した。
「オットー!!?」
なんと身を挺してゼファーの剣を止めたのはJJであった。
剣は彼の腹部に深々と突き刺さり、背後から刃先が胴体を貫通していた。
「んだよ、後少しのところで邪魔が入っちまったぜ。最期まで俺の邪魔をしやがる」
戻って来たもう一振りの剣をキャッチしたゼファーは昔馴染みに向ける言葉とは到底思えないほど冷酷な言葉をかける。
「…………」
倒れたJJをただ黙って抱き上げ、ロザリアは彼をセーラの元へ連れて行った。
「……セーラさん、彼の手当てをお願いします」
顔は俯いており、声のトーンは低い。
そして全身から黒いオーラが吹き出しているのが見える。誰の目から見ても明らかだ。
ロザリアは今、間違いなくキレている。
しかしゼファーだけは、背中を向けているロザリアにこれ幸いと再度剣を投げ放つ。
「そんなクズに構って背を向けるなんてバカかテメェ! こいつでトドメだ!」
「危ない! ロザリアさん!」
セーラの忠告に対し、ロザリアは静かに答える。
「大丈夫。貴女は彼の治療に専念してください」
そう言うと、ロザリアは振り向きもせずただ、右手を使ってくる剣へと向けた。
「黒炎破」
ロザリアの右手から突如発生した黒い炎。
それに触れたゼファーの剣は消し炭すら残らず消滅。否、焼滅したのだ。
これを目の当たりにした全員が驚愕した。
闇属性と火属性が混ざった黒い炎など未だかつて見たことが無かったからだ。
振り返り、ゼファーに向き直ったロザリア。
全身から漆黒のオーラが陽炎のようにゆらめいていた。明らかに今までとは違う雰囲気に、流石のゼファーも気圧され、無意識のうちに後ずさる。
「あなたは決して越えてはならないラインを越えてしまいました。もう、どうなっても知りませんわ。どうかお覚悟を」
ロザリアはそう言いながらゆっくりと一歩ずつゼファーへ向かって歩み寄る。
「おっ、おいテメェら! ボサっとしてねぇであの女を止めろ! 全員でやっちまえ!」
鬼気迫るゼファーの怒声を受け、残存していたチームメンバーらは一斉にロザリアへ目掛けてウィンドショットを放とうとする。
その直後——
「ぎゃあああ!!」
「熱いぃぃぃ!! カラダが!! 魂が焼けるゥゥゥ!!」
ロザリアに魔力を向けた連中はすぐさま炎の洗礼を受けた。しかもただの炎ではない。闇属性が混ざった二重属性。元々、闇魔法は苦痛の増大や魂に関与するものが多い凶悪で残忍な属性である。通常の炎の反撃程度より威力は段違い。味方が火だるまになり苦痛に悶える様はまさに地獄のような光景である。元々小心者なゼファーは腰を抜かしてしまい、すぐさまロザリアに平伏した。
「す、すまなかった! レイヴンゼロスは本日を以て解散する! だからどうか許してくれ!」
普段のロザリアであればこれにて手打ち。
しかし、闇魔法の影響を自身でも受けていたロザリアの頭の中は怒りに支配されており、正しい判断を下せずにいた。
「……ブラックフレア」
黒い炎をまとった右手の拳を握り、こちらを見上げて許しを懇願するゼファーの頭上へ振り上げた。
非情の鉄槌が今振り下ろされた。
「暴風障壁」
突如ロザリアとゼファーを隔てるように現れたのは巨大な竜巻の障壁。ロザリアの黒い炎を纏ったパンチとぶつかると、凄まじい音と衝撃波と辺りに放った後に炎も壁も消えてしまった。
「見つけた。天然の〝二重属性者〟」
泡を吹いて気を失っているゼファーの隣に立っていた黒い外套を纏っている小柄な少年。
「初めましてロザリア・マルグス。僕はギリアム・アロウズだ。挨拶もそこそこで申し訳ないんだが君の身体を僕の研究の為、徹底的に調べさせてもらう」
あどけなさを吹き飛ばす狂気じみた不気味な笑みを向け、ギリアムはロザリアの前に対峙したのだった。




