二重属性
水と氷の魔弾を続け様に放つシリウスの猛攻。ロザリアはそれらを避けつつ機会を伺うも、隙が一切見つけられずにいた。まるでテニスのラリーのように右や左へと大きく避けさせられていることでロザリアの体力を削ろうとしているのだろう。
時折隙を見せたと思えば、ロザリアが懐に踏み込んでくることを見越して手にしている剣を振るわんと構えているときた。わざと相手を誘い反撃を狙っているのだ。
遠距離、近距離攻撃に加えて体力の消耗を狙った狡猾かつ合理的な戦略。
何より厄介なのは、水と氷というロザリアにとって相性が最悪な魔術を扱うということ。ユニークスキルによる誘発型カウンターによる火魔法を無効化されるということ。魔法の知識も実戦経験も乏し過ぎるロザリア唯一の頼みの綱もこれでは形無しである。
今のロザリアに出来ることと言えば、体力の限り相手の攻撃を避け続け、フェイクではない本物の隙を突いて物理攻撃を見舞うしかない。
幸い、体力にはまだ余裕がある。これも日々の筋力、体力トレーニングの賜物。ロザリアの体力がまだまだ尽きそうに無いと悟ったシリウスは次の一手に出た。
「随分粘られますねロザリア嬢。正直、そこまで体力があるようには見えませんでした。このままだと想定してよりも遥かに時間がかかりそうだ。戯れはそろそろ終わりにしましょう」
シリウスがそう言うと、ロザリアはピタリと足を止めた。
「なにやってんだロザリア!」
「足を止めたらやられますよ!」
驚愕しているギャラリー以上に驚愕しているのはロザリアの方だった。決して足を止めたつもりはない。しかしどういうわけか足が動かないのだ。
慌てて足元に視線を落としたロザリアはその謎を知ることになる。
「足が……地面が凍っているですって?!」
ロザリアを中心とした半径二メートルの地面は凍っており、その氷はロザリアの足首より下までがっちり氷結していた。しかし、ロザリア自身が放っている火の魔力由来の高熱で徐々にではあるが、氷は溶け始めてはいる。
だが、ロザリアの足が完全に使えるまで三分以上は要するだろう。シリウスにとって相手が三分も無抵抗でいてくれるなら、軽く五回は息の根を止める事が出来る。
シリウスはロザリアの頭上で魔力を練り上げ、氷塊を創っていく。氷塊落下と呼ばれる初歩的な氷魔法だ。
最初は小石ほどの大きさだった氷の礫はシリウスからの魔力を受け続け、次第に巨岩を通り越して今や氷山と見紛うほどの巨大さを誇っていた。
「氷塊落下の最上位魔法。氷獄王戦鎚。この学園の火魔術を扱う生徒の九割が束になっても溶かすことは不可能。ロザリア嬢、どうかお覚悟を」
「やめろシリウス! 殺す気かよ!」
アルトの静止も虚しく、巨大過ぎる氷塊は無慈悲にもロザリアの頭上から落下。その面積は広範囲にまで及んでいるため、ロザリアのみならず他のギャラリーたちも早く退却しなければ押し潰されてしまうだろう。
(彼女がデュアルエレメントであるか否かは今はさしたる問題ではない。知りたいのはただ一つ。今の彼女の持つ闇魔法の力がどれほどなのかだけ。さぁ、見せてみろロザリア・マルグス!)
大規模な魔法を放ったシリウスだったが、実のところ本気で直撃させるつもりはなかった。これほど巨大な氷塊が空中から地面へと落下すれば、その威力は隕石の落下に等しい衝撃を生むのは明白。魔法障壁で守られている校舎やその中にいる人々はともかく、シリウス自身も含めて校庭にいる人間全員は間違いなく無事では済まない。直撃する寸前で魔法を解除する思惑だったのだ。すべては現状のロザリアに秘められているマルグス家の血族たる闇魔法の力を見定めるため。
シリウスは彼女を幼い頃から知っており、尚且つロザリアの才覚を目の当たりにしたことがあった。子供ながらその圧倒的な力の前にシリウスは初めて恐怖というものを知った。
あれから十年近い歳月が流れた。
今の自分と彼女の間に実力差はあるのか。
それを是が非でも知りたかったのだ。
シリウスにとってロザリアとは、それほどまで脅威を感じる存在。身を守る素振りを含めて敗北の意思や命乞い。そのいずれかを垣間見れたなら魔法を解除するつもりだった。
しかし、シリウスの期待とは裏腹にロザリアの強い視線は頭上から迫り来る氷塊に向けられていた。
「一か八か。これが今のわたくしに出来る精一杯……負けないこと! 投げ出さないこと! 逃げ出さないこと! 信じ抜くこと! ダメになりそうな時はそれが一番大事ですわーーー!!!!」
令嬢には似つかわしくないほど熱い信念と硬く握られた右拳。
直後、ロザリアを中心に放たれた凄まじい衝撃波。彼女の鬼気迫る気魄に気圧されたシリウスは僅かに魔法の解除に遅れてしまったのだ。
「しっ、しまった!」
少しでも被害を最小限に抑えようと慌てて氷の障壁の展開を試みようとしたシリウスだったが、もはやそれは不要となった。
太陽の光を屈折させていた超巨大な氷塊の姿は既にそこにはなく。拳を天に向かって突き上げていたロザリアが神々しく立っていた。
この状況証拠が導き出す答えは一つ。
ロザリアはパンチ一発でシリウスの氷獄王戦鎚を打ち消したということ。
火魔法で蒸発させた訳ではない。
それほどの火力を引き出していたとしたなら、この場にいる全員が火葬されていることになる。
もちろん、単なるパンチで破壊した訳でもない。仮にもしそんな事が出来たとしたら、砕けた氷の欠片が豪雨のように降り注いでいるはずた。
この二点からシリウスは確信した。
(間違いない! これは高度な闇魔法によるものだ。空間操作系で別の場所へ強制転移させたか、或いは重力操作でブラックホールを発生させたか。考えられるとしたら前者だろう。後者だとしたら我々全員吸い込まれているはず。真相は定かではないが、今言える確かなことは一つ。ロザリア・マルグス、彼女の魔法の実力は学園内でもトップクラスだ)
唖然としている学園最強のシリウスと、そのシリウスと真正面からぶつかり一歩も退かなかったロザリアを賞賛する学友たち。
「すごかったよロザリアさん! 今のどうやったの?」
「あのシリウス生徒会長相手に善戦するなんて特待クラスにだっていないよ! それこそ他の四大公爵家の人たちくらいじゃないかな」
「それよりパンチ打つ時なんか色々言ってたよね? 結局ダメになりそうな時はどれが一番大事なの?」
ギャラリーからの質問攻めに戸惑っているロザリアを遠巻きから眺めるシリウス。
(やはり彼女は危険だ。性格が変わったとは聞いていたが、もし本性を隠していて中身が昔のままだとしたら手が付けられん。ならばいっそ、生徒会に引き入れて監視下に置いておくのが得策か……)
「ヘーイ、シリっち〜。何か良くないこと考えてんじゃないの〜ぅ?」
不意に背後から声をかけられたシリウス。
生徒会長の自分に対し、これほど馴れ馴れしく無礼な口を叩ける人物はこの学園には一人しかいない。
「貴様には関係ない。引っ込んでいてもらおうか、ミゲル。さもなくば、貴様だけでなくその取り巻きの女子生徒らもまとめて懲罰対象にすることも出来るんだぞ」
シリウスは振り返ると、その男に敵意を向けてそう告げた。
「ちょ、ちょっと待ってよ生徒会長サマ。俺のことは別に構いやしないけど、この娘たちはカンベンしてあげてよ」
長い金髪。真っ赤な服装。シリウス同様に整った顔立ちの背の高い少年と彼の周りを取り囲んでいる無数の女子生徒たち。
両手に華どころではない。
モテてモテて困っています、と言わんばかりの美男子。
彼もまた、シリウスと同じく四大公爵家の子息。ウェスト領を統治しているランスロット家の長男、ミゲル・ランスロット。
硬派なシリウスとは対照的で無類の女好きで軽薄な性格だが、学園で最も強い火魔術師であり槍術の達人という二面生を併せ持つ学園の中でも色んな意味で有名な人物である。
「なになに? もしかしてシリっち、あの娘のコト狙ってるの?」
「貴様と一緒にするな。私はただ、彼女の力を危惧しているだけだ」
「ふーん、じゃあ恋愛感情とかはないんだ」
「だから貴様と一緒に——」
「彼女さ、闇と火のデュアルエレメントでしょ?」
離れたところからロザリアを一目見ただけで彼女の周りに漂っている両属性の魔力残滓を感知したミゲル。飄々としてはいるが、流石は四大公爵家の一人。ミゲルは新しいオモチャを見つけたと言わんばかりにシリウスへ向けて尋ねた。
「ねぇシリっち。彼女のこと、貰っていい?」




