冷静と知性
校庭に吹く荒涼とした風が僅かに砂を巻き上げ、ピリピリと肌を刺すような緊張感が辺りに漂っていた。
青髪の少年は、自分よりも頭一つ分ほど小さな少女に対して真剣を構えているがどうやら攻めあぐねている様子。
男女の体力差。
武器の有無。
どれを取ってもシリウスの有利は揺るがない。しかし、彼は知っている。ロザリアという少女にはそれらの不利を補って余りある魔術の才を持っているということを。
(闇魔術師の系譜、マルグス家。そこに生まれた稀代の才女。傍若無人ぶりと非道な残虐性。それすら霞む美貌を合わせ持つ彼女のことをイースト領では知らぬ者はいない。彼女の闇と私の水。属性の相性は五分五分。となれば、勝敗を左右するのは魔力の量と質。一年先にこの学園に入学し、自己研鑽を怠った日は無いと自負している。魔術に関する知識や技量も私が上回っているはず。だが、油断は命取り。確実に勝つ為の道筋を見出すのだ)
シリウスは決して自分の才能や実力を過大評価しない。本気で戦うと決めたなら、どんなクズや雑魚が相手だとしても決して手を抜かないし、油断もしない。その様は、百獣の王ライオンが一匹の仔ウサギを捕える際に全力で挑むかの如く。故に彼はこの学園で頂点に君臨しているのだ。
(とはいえ、このまま拮抗していては埒があかない。先ずは小手調べだ)
シリウスは右手で剣を構えたまま、左手をロザリアへ向けた。
「水流砲撃!!」
実技試験でアルトが見せた水魔法。しかし、アルトが放ったものとはスピードも大きさも遥かに段違い。超高圧の水流がロザリアに向かっていく。それだけではない。自身が放った水流の後ろに身を隠しながら剣を構えたシリウスが一気に間合いを詰めるように迫っていた。アクアブラストは最初から囮。真の狙いは魔法を対処した際に生じる隙に乗じた剣での一閃。
しかし、シリウスの計算よりも速くロザリアの魔法が彼の身を焼くことになる。
「なっ!? 火魔法だと?!!」
いつ反撃されたのかすら見えなかった。
更に意外なのは、闇属性のロザリアが火属性の魔法を使ったという事実。想定外の連続に困惑していたシリウスの頬に炎の熱とはまた違った熱い一撃が抉るように直撃する。
「がはっ!」
突如火だるまになり困惑していたシリウスの懐に飛び込んだロザリアは、彼の右頬に拳を見舞ったのだ。
まさか自分がやろうとしていたことを相手に先んじられるとは思わなかった。しかし、そこはシリウスである。依然火だるまになっているにも拘らず、アルトのように倒れることなく何とか踏ん張ると自身に水魔法をかけてロザリアのユニークスキルである炎のカウンターを鎮火させてみせた。
よもやよもやの展開に沸き立つCクラスのギャラリーたち。落ちこぼれの烙印を押された自分たちの仲間が、シリウスというこの学園のエリート代表に一矢報いたのだから。
しかし、奇襲に近いこの一発で倒せなかったのはロザリアにとって逆にピンチを招くことになる。
「はははっ、驚いたよ。まさか貴女が闇属性ではなく火属性の魔法を使うとは。だが、この一発でそれが分かっただけでも安いもの。おかげで私の勝利は盤石となったのだから」
そう、シリウスが唯一懸念していたのは魔力の差のみ。そこが分からなかったからこそ攻めあぐねていたのだ。しかし今、望んでいた情報が開示された。それも幸運なことに相手が闇魔法ではなく水魔法にとって圧倒的に有利な火魔法を使うとなれば、もはやロザリアに劣るところなど一点もない。しかし、戦いにおいて石橋を叩いて渡るタイプのシリウスはこれでもまだ慢心などしない。
(強いてもう一つの懸念をあげるとすれば、私のアクアブラストよりも速く反撃を繰り出したこと。初動どころか素振りさえ見えなかった。ということは、こちらの魔力の発動自体がトリガーとなっている可能性が高い。しかし、鎮火する際に用いた水魔法には追撃が来なかった。つまり、あれはこちらの魔力のベクトルが彼女へ向けられた際に発動する類のものだろう。それを確かめるには……)
「水流外套!!」
シリウスは自身の身体を衣状の水で覆う。続いて、再びロザリアに向かってアクアブラストを放つ。
「水流砲撃!!」
直後、シリウスの纏っていた水の外套に僅かな気泡が発生。蒸気圧と外圧の均等化による明確な沸騰。これはロザリアがシリウスの魔法に対して反射的に火魔法のカウンターを放っているという何よりの証拠であった。水の外套により火だるまは回避出来たようだが、沸騰したということは纏っている水は一瞬でも沸点の百度に達したということ。百度の湯を全身に纏っていたのだ。大火傷を負っているに違いない。しかし、シリウスは表情を変えることなくロザリアへ向けて剣を横薙ぎに振る。
「なんのっ! 隙だらけですわ!」
シリウスの剣が上半身と下半身を別つよりも素早く屈んだロザリアは、攻撃を外してガラ空きになったシリウスへ向かってラグビー仕込みの激しいタックルを決める。
大振りな攻撃を躱されバランスが崩れやすい体勢を狙った予想だにしなかったロザリアの突進。まさかこんな華奢な少女にマウントポジションを取られるなどシリウスのこれまでの人生の中であってはならないほど激しい屈辱。そんなシリウスに馬乗りの体勢を取っているロザリアは、彼の顔面へ目掛けて思いっきり拳を振り下ろす。
シリウスはガードを固めることなくそのままロザリアの拳を顔面で受け止めた。
「痛ったぁ!」
思わず苦痛を漏らしたのは、殴ったロザリアの方だった。
よく見ると、水の外套のその下に煌めく水色の輝きが見えた。これがあり得ないほどの強度を持っていたのだ。
「離れろロザリア!!」
アルトの言葉に冷静さを取り戻したロザリアは、すぐさま股下のシリウスから離れ距離を取る。すると、横たわっていたシリウスの身体から無数の氷の棘が突き出てきたのだ。
「クズの助言に助けられましたね、ロザリア嬢」
無数の氷の棘を破壊してシリウスは再び立ち上がっていた。
「ロザリア気をつけろ! シリウスは使う魔法は水魔法だけじゃねぇ! 水魔法の派生系〝氷魔術〟も扱うんだ!」
何故シリウスが沸騰した外套を纏って平然としていたのかこれで合点がいった。火魔法のカウンターが発動した瞬間に外套の間に氷を纏わせ、大火傷を防いだのだ。なんという冷静な判断力と分析力。本当に十代の学生かと疑ってしまう。まるで歴戦の戦士のようだ。
「貴女のデータ分析は概ね完了した。後はじっくり対処し、確実に制圧させて頂く」
シリウスは再度ロザリアに剣を向けてそう伝えた。
水と氷の魔法剣士、シリウス・スパーダ。
麻倉がこれまで相手にしてきた現実世界の不良生徒とは明らかに一線を画していた。




