VS青の剣聖、シリウス
「そして……このクズの相手がまさかロザリア嬢、貴女とは」
アルトからシリウスと呼ばれた男は少しだけ憐れみが垣間見れた瞳でこちらを一瞥すると、鞘から抜いた剣の切先をアルトへ向けた。
「大方、このクズが全て悪いのでしょう。貴女は早急に医務室へ。こいつの処分はこの学園の生徒会長である私自ら下します」
問答無用と言わんばかりに怒りの矛先をアルトへ突きつけたシリウス。そのただならぬ雰囲気を感じ取ったロザリアは咄嗟にシリウスとアルトの間に立ち塞がる。
「ロザリア嬢、一体なんの真似ですか?」
突如、自身の向けた剣の前に立ったロザリアに対し、疑問を投げかけるシリウス。先程アルトに向けていた冷たい氷のような眼光は収まる。
「あなたは何か勘違いをされていますわ。この喧嘩、わたくしから彼に売ったものです。もし罰を与えると言うのであればこのわたくしを断罪なさるのが筋というもの。あくまで彼はわたくしの挑発に乗っただけなのですから」
「なにを馬鹿な。貴女のような方がこの様な下賎なクズを相手にするだなんて、一体何を考えいるのですか」
ロザリアの証言に僅かな動揺が伺えたシリウスの言動から、彼とロザリアは既知の間柄であるということが伺えた。
「仮にもし、その話が事実だとしても、下級貴族の分際で貴女に手を上げたそのクズを私は断じて許すわけにはいかない。この学園の生徒会長として。そして、次期イースト領の領主として不穏分子であるこのクズに対して今この場で裁きを下さねばならない」
クズの連呼に対して憤りを示したのはアルト・モルガン本人。
「その言葉、訂正してください」
ではなく、ロザリアであった。
「訂正? 何に対してです?」
「彼をクズと断じたことに対してですわ」
アルト本人ではなく、意外なところからの反論にシリウスも僅かな動揺を見せた。
「何故そいつを庇うのですロザリア嬢。昔の貴女は気高く、そんなクズの言葉などに決して耳を傾けることなど決して無かった。まさに〝孤高の黒薔薇〟と呼ばれるに相応しい女性だったはず。それにかつての貴女なら——」
「昔の話ばかりなさらないで、今に対して目を向けてくださらない? それとも、あなたの目は後ろに付いているのかしら?」
「なっ!?」
スパーダ公爵家の子息であり、この学園の生徒会長に対して信じ難い暴言を放つロザリア。しかもその言葉は更に続く。
「そんな視野だから正当な判断が下せないのですわ。爵位という肩書きの上下を語る以前に、わたくしたちは皆等しく人なのです。それはあなただって、わたくしだって、そしてアルトだって。出来不出来、能力の優劣は確かにあるでしょう。でもそれこそ人ではありませんか。体格、才能、資質、容姿。努力では補えないものはたくさんあります。ですが、心に関しては各々の努力や意識で如何様にも変えていける。生まれ持った強さや身分なんかより、精神的な成長に対して切磋琢磨する者こそ何よりも気高く美しく、そして尊い。そこに見向きもせず薄っぺらい表面しか見ず、他者をクズと断じるあなたがわたくしには我慢なりません」
徐々に加熱していくロザリアの答弁。
それに反比例していくように、周りの空気は冷え固まっていく。あのシリウスに対してこんな不遜極まる態度を取るなど、いくら侯爵家とはいえ到底許されることではないからだ。
上下の区別があるからこその貴族社会。
この世界ではそれが常識であり浸透している以上、それを否定するような発言をしているロザリアこそが非常識で異端なのだ。
加えて、ここの生徒たちは聖女であるセーラという特例を除いた全ての生徒は貴族ばかり。ギャラリーが肝を冷やすのも至極当然。しかし、同時にえも言われぬ熱を心底に感じ始めているのも事実であった。
「残念だよ、ロザリア嬢。貴女が変わってしまったと噂で聞いた時は所詮は噂とはなも引っ掛けなかったが、どうやら真実だったようだ。貴女もイースト領民なればこそ、その過ちを正すのも我が使命。どうかお覚悟を」
諦めに似た溜息を吐きつつ、シリウス改めてロザリアに対して剣を構え直した。本気でロザリアを斬る覚悟をシリウスに見たアルトはロザリアに警告を放つ。
「おい、何やってんだ早く逃げろ! シリウスのヤツ、本気でお前とやり合うつもりだぞ! あいつの強さはガキの頃からよく知ってる! お前じゃ勝てない!」
眼前のシリウスが放つ闘気。説き伏せようとするアルトの必死さ。そのどれもが嘘偽りのない本物の脅威がロザリアの身に迫っていることを教えていた。
しかしロザリアは一歩も退かない。
麻倉の心は揺るがない。
「今ここで逃げてしまえば、あなたがクズであることを肯定してしまうことになってしまいます。それに彼の間違いを正せないままになってしまう。わたくしにはそれが死ぬより我慢できないのです。全力でぶつかり、語り合えばきっと彼も分かってくれる。わたくしはそう信じています。そう、あなたのようにね。アルト」
ロザリアは眼前のシリウスに視線を向けたまま、一瞥もくれることなくアルトに語りかける。同い歳の少女のものとは思えないほどロザリアの背中は広く、大きく見えた。
そして、その背中が言葉以上に伝える安心感や頼しさが無意識にアルトの双眸から熱い雫が流れ頬を伝う。
「ロザリア、貴女を断罪する」
「いいでしょう。その代わりわたくしが勝ったらアルトに謝罪してもらいますわ。クズと呼び罵ったことに対して」
こうして、学園最強の剣士シリウスと戦いが幕を開けたのだった。




