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想いは拳で語るもの

 各学年の教室棟が囲むその中心に校庭はあった。


 つまり、全校生徒から丸見えだということ。しかしその面積はとてつもなく広大極まる。

 

 依って、視力が高い者以外からはその中心に立っているロザリアの姿など豆粒同然。後からやって来た複数名も蟻の隊列にしか見えないだろう。


「さて、腕に自信がある。或いは、わたくしの事が気に食わない方は前へ」


 ロザリアがそう言うと、一歩前に出た者は一名のみ。


「俺が相手だ。女だろうが侯爵家の令嬢だろうがブチのめしてやるぜ」


 怒りを露わにし、指の関節をバキバキ鳴らして威嚇して来たのはアルト・モルガン。背丈は低いながらも気魄は充分。現代でも珍しくなった所謂〝とっぽい〟雰囲気を放っていた。


「では、決闘に際してルールを設けさて頂きますわ」


「あ? ルールだ?」


「ルールと言っても単純なモノですわ。それは魔法の使用は禁止。使うものは己の肉体のみ。つまり〝コレ〟で決着をつけますわ」


 ロザリアはそう言うと、アルトに向けて拳を突き出した。


「はぁ? 魔法学園の生徒なのになんで素手での喧嘩なんかやらなきゃいけねーンだよ」


 アルトの意見も尤もである。

 魔法学園の生徒ならば、互いの魔法で競うのが筋。だが、ロザリアに魔法を使いたくない理由が二つあった。


 一つは、ロザリア自身魔法の扱い方、本質に関してまだまだ無知であるということ。この身体は魔法に関して類まれな才能を持っていることは分かっている。しかし、麻倉自身はその力を完全に把握、コントロール出来てはいない。つまり、力の加減が出来ないのだ。このアルトという少年を決して侮っているわけではないが、最悪の事態は是が非でも避けなければならない。当然の配慮である。


 もう一つの理由は、ロザリアの想いは魔法という不可思議な力を介して伝える自信が無かったということ。今後魔法を学んでいく上でそれは可能になるかも知れない。しかし今、この瞬間に関してだけ言えば麻倉の魂に宿る熱い想いを伝えるには拳以外には無い。そう確信していたからだ。


「女の身だからと言って手加減は無用。貴方は全身全霊を込めてぶつかっていらっしゃい。わたくしにはそれを受け止められるだけの技量と器量がありますわ」


「その自信満々なツラが気に食わねぇ。後悔してももう遅せーからな。さっき倒したオットーとかいうヤツと俺を一緒にしてると怪我じゃ済まねぇぞ!」


 アルトはそう言い放つと、拳を振り上げてロザリアへ殴りかかる。現実世界で言うところの武術、武道の基本や心得など微塵もない、ただ単に大きく腕を振りかぶり力一杯ぶつけようとしている素人パンチ。柔道、空手の有段者である体育教師の麻倉にとっては如何様にも出来る隙だらけの攻撃。


 だが、それがいい。

 愚直だからこそ、衝動的だからこそ想いが拳に乗りやすい。痛みと同時に気持ちが伝わりやすい。技術や技法といった不純物を除いた混じり気のない純粋無垢な気持ちと腕力だけの拳。麻倉はその一撃をわざと右の頬で受けた。


「うわっ! モロに入ったぞ」


「ロザリアさん!」


 周囲にまで大きく響いた拳打の音にギャラリーは戦々恐々。大人しく受けたロザリアもぐらりとよろめくが何とか倒れず踏ん張る。


「へっ、余裕かましてるから痛い目を見るんだよ。今の一発で倒れなかったことだけは褒めてやるがな」


 拳を見舞ったアルトはロザリアに対してそう言い放つ。体勢を立て直したロザリアは口の右端から流れる血を左手の親指で拭うと、アルトの目を真っ直ぐ見据えた。


「いい一撃ですわ。次はわたくしの想いを感じてくださいまし」


 ロザリアはそう言うと、アルトと同じように彼の右頬に向かって思い切り拳を叩き込んだ。


「おごっ!?」


 アルトの頬を貫いた衝撃は想像していた威力を遥かに超えていた。女に殴られたとは思えない程の重く鋭いパンチ。ロザリアは踏ん張っていたが、アルトは耐えきれず吹っ飛ばされてしまった。


(は? 何が起こった? 俺が女のパンチ一発で吹っ飛ばされたってのか? なんの冗談だよ)


 大の字に寝転がり、綺麗な青空を見上げているアルトの頭の中は様々な疑問が渦巻き混乱していた。


「さぁ、立ちなさい! 次は貴方の番ですわよ!」


 アルトの混乱を吹き飛ばしたのはロザリアの一喝。彼は笑う膝で懸命に立ち上がるとロザリアを睨みつける。


「いい目ですわ。敵意と闘志に満ちた熱い眼差し。さぁ、その想いをわたくしにぶつけなさい!」

 

「うっ……うぉぉぉおおお!!」


 アルトの拳がロザリアを打つ。


「まだまだ! こんなものじゃないはずですわ!」


 ロザリアの拳がアルトを打つ。


 殴り、殴られ拳打のラリー。

 その凄まじさ、激しさに流石のギャラリーも言葉を失いただその光景を見ているだけしか出来なかった。


 何十発と交互に殴り合っていた二人。

 先に片膝を突いたのはアルトの方だった。


「はぁ、はぁ、もう終わりですか?」


「へへっ、冗談言うな。こっからだろうが」


 アルトは血塗れで腫れ上がった顔のまま笑った。決して強がりではない。それは、彼自身も気づかない心の底から湧き上がった自然な笑みだった。


(こいつの拳、熱いぜ……痛みよりも熱さの方が際立ってやがる。しかも、一発一発がまるで言葉。「お前はそんなもんじゃない!」「もっと見せてみろ!」痛みと熱さの中にそんなメッセージが込められているかのようだ。憎しみや怒りじゃ断じてない。俺を鼓舞し激を飛ばすみてーに……)


「さぁ、貴方の想いを聞かせてくださいまし」


「言われるまでもねぇ! こいつで終わりだぁぁぁあああ!」


 残りの力を全て振り絞り、ロザリアに向かっていくアルト。その拳がロザリアに触れるあと僅かというところで、突如二人の間に巨大な水の柱が噴き上がった。


「何の騒ぎだ、これは」


 二人の戦いに文字通り水を差したのは、青い髪で整った顔立ちの青年。帯剣しており、一般生徒とは明らかに異なった高貴な雰囲気を所作や身なりから感じ取れた。


 アルトはこの人物を知っているようで、怒りの矛先をそちらに向けるとその名を叫んだ。


「シリウス! 邪魔すんじゃねーよ!」


「校庭で一年同士が喧嘩をしていると聞きつけやって来たが、誰かと思えば貴様かアルト・モンガン。入学早々に問題を起こすとは。我がイースト領の恥晒しめ」


 彼が四大公爵家の一つにしてイースト領地を治めるスパーダ家の子息シリウス・スパーダ。


〝青の剣聖〟の異名を持つこの学園の生徒会長。マルグス家よりも爵位の高い、まさしく名実共にエリート中のエリートである。

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