元教師の血が滾る
いきなり現れた特待クラスの生徒に教室内は騒然。教壇からクラスメイトを見渡すと、見知った顔の二名がいた。
一人は魔法の実技試験で一番手でありながら減点を喰らっていた水属性の魔法を使った少年と、彼の暴走を止めていた恰幅の良いメガネの少年。
「あー! テメェはあん時の!」
「やめなよアルト君。彼女、マルグス侯爵家の人だよ。僕らの家柄よりずっと上流階級なんだから……」
二人も早速気づいたようで、アルトはいきり立ちながらこちらに指を差してきた。
「んだよサイモン! 家柄だとかそんなもん関係あるかよ!」
小声で忠告してきたサイモンに矛先を変えたアルト。このやりとりを見る限り、二人は随分前から友人関係にあるらしい。
二人の口論を遮るように、ロザリアは教壇から声を張り上げる。
「はい! 今そこの少年がいい事を言いました! 全くその通り。家柄なんて関係ありません! 学舎において生徒は皆平等。確かに学力や体力などに個人差はありますが、それは気持ちと努力で補えばいいのです。それでもやはり成績において優劣は出るでしょうが、決して諦めず互いに足りない部分を補い合いながら一致団結し、これから充実した学園生活を送っていきましょう!」
「誰が少年だコラ! テメーも同い年だろ!」
「先生、空いてる席はありますかしら?」
「聞けやコラ!!」
ギャアギャア喚いているアルトを無視し、ロザリアは未だポカンとした表情のままへたり込んでいるアマンダに話かける。
「へっ? あ、えっと、ごめんなさい。あいにく席は定員通りで空席の用意は……」
「そうですか。わかりました。では、席の用意が出来るまでわたくしが教壇に立ってますわ。先生はこちらの踏み台にお座りくださいませ。何か生徒たちに伝えることがあれば、わたくしが代弁致しますわ」
正直、席に座るよりこうして教壇に立っている方がずっと良い。麻倉の中で眠っていた教師の血が騒ぐ。実際、麻倉は形容し難い高揚感と多幸感に包まれていた。
そんなロザリアに気圧され、アマンダはロザリアの横に踏み台を起いてちょこんと座る。その姿はまるで人形のようである。
「あの、ではロザリアさん。皆さんに寮の説明をお願いします。詳しくはこの紙に書かれている通りですので」
アマンダはロザリアに一枚の紙を手渡した。
目を通すと、生徒名簿の横に寄宿舎と思しき寮の名が記されていた。それだけではなく名簿にはそれぞれの出身地方も記されおり、どうやらこの出身地方の名を冠した寮へ入ることになっているらしい。寮は四つに分けられているようでイースト寮、ウェスト寮、ノース寮、サウス寮。現寮長はそれぞれの領地を治める四大公爵家の子息たちが務めているらしい。
(なるほど。ということは、俺と聖女様はイースト領地の出身だからイースト寮ってコトになる訳か)
ロザリアは生徒一人ひとりの名前を呼びながらそれぞれの寄宿舎を伝えつつその顔を覚えていく。
教員時代に毎年繰り返してきたこともあり、その様は横から見ているアマンダさえも感嘆を漏らすほど実に堂に入っていた。
「次、アルト・モルガン。あなたはイースト寮ですわ。よろしくお願いしますわね」
「けっ……気安く呼ぶんじゃねーよ」
「えー、次は左衛門・リードベルグ。あなたもアルトと同じくイースト寮ですわね。これからよろしくね」
「あ、えと、僕の名前はサイモンなんですけど……」
「はい次はフィリップ・スタローン。あなたはウェスト寮ですわ。スタローンって、随分強そうな苗字ですわね!」
まるで肉体派のハリウッドスターを彷彿とさせる響きに嬉々としてフィリップを探すべく生徒たちに目を向けると、ひどく痩せて咳き込んでいる暗い雰囲気を漂わせた男子生徒が小さく手を挙げていた。
「ゴホゴホッ、そ、そんなこと言われたの生まれて初めてで……う、嬉しいです」
前世では〝名は体を表す〟ということわざがあったが、まるで真逆。しかし、そんなことは関係ない。麻倉が長年培ってきた教師の感が告げている。「この子は素直で真面目、正義感がある」と。
「よーし、あなたはまず筋トレとタンパク質を多く摂取しなさい。その為に毎朝生卵五つジョッキで飲むこと! では次!」
ものすごい雑なアドバイスを付け加えたロザリアと、それを真面目にノートに書き記すフィリップ。
「えー、ジャンジャック・オットー……あら? オットー? 居ませんのー?」
返事はない。
それどころか、数名の生徒たちは皆一様に暗い表情を浮かべていた。彼らとジャンジャック・オットーという少年に共通していること。それはノース領出身であるということだった。
「ノース領から来た方々は彼のこと何かご存知ではありませんか?」
ロザリアの問いかけに答える者はなし。
「仕方ありませんわね。では一旦飛ばして……ん? なんの音ですの?」
けたたましい音が徐々にこちらへと近づいて来ているのが聞こえる。例えるならバイクのエンジンのような騒音。その音がノース領の生徒たちの耳にも入ったようでひどく怯え始めた。
その直後、教室のドアをバイクのような乗り物でブチ破りド派手な入室をしてきた少年が一人。
緑色のモヒカン頭と左目には星型のタトゥーを施した世紀末真っしぐらの格好。火炎放射器やトゲ付きの肩パッドが似合いそうなその少年の姿を見たノース領の生徒たちは声を揃えて彼の名を叫んだ。
「「「ジッ……JJだァー!!」」」
ジェイジェイ。その言葉で麻倉はピンと来た。ジャンジャック・オットー。その名の頭文字を取ったニックネームなのだと。そして、そのジャンジャック・オットーがこの男なのだと。
「へへっ、ちぃーっとばかし寝坊したがギリギリセーフだろ。おっ、見知った顔の連中も何人かいるじゃねーか」
ノース領の生徒が口を噤むのも無理はない。この少年の身なりから察するに、地元では相当なワルなのだろうと。血の気の多いアルトのみが今にも飛びかからん勢いだが、サイモンが彼の口や身体を押さえ込んで無力化している。あのパワーは実にラグビー向きだと感心していた麻倉だったが、まずはこっちの問題を解決しなければならない。
「ギリギリセーフですって? 余裕でアウトですわ! 何もかもが!」
典型的な不良の登場にすっかり怯えているクラスの大半。しかし、教壇に立つロザリアだけは真っ向から彼の愚行を否定した。
「なんだァ? このクラスの先公か? にしちゃ俺らとタメにしか見えねーな」
「い、いえ、彼女はあなたと同じ学園の生徒で先生はわた——」
「だとしたら……何か問題でも?」
勇気を出して口を開いたアマンダの言葉を遮るようにロザリアが答える。
「ナマイキな女だな。いっちょ痛い目見せてやる必要がありそうだ」
JJはそう言うと、バイクに似た乗り物から降りてロザリアの目の前に立った。
「謝るなら今のうちだぜ? センセーさんよ。そうすりゃいくら俺でも——」
「あなた、工作は得意かしら?」
JJの提案を割って入るように質問を投げかけたロザリア。
「あぁ?」
「そのバイクもどきを趣味で乗り回しているのなら、機械いじりとか手先の器用さには自信があるのでしょう?」
「いつまでも余裕ぶってンじゃねーぞクソアマァ!!」
JJは右拳を振り上げ、ロザリアに向かって殴り掛かる。しかしロザリアは回避や防御の姿勢を取らない。前世の麻倉にとってこういった荒事は日常茶飯事だった為、寧ろ懐かしささえ覚えていた。そして今は若い肉体がある。ロザリアは向かって来たJJの腕を絡めて取ると、そのまま背負い投げで地面へと叩き付けたのだ。
「がはっ!?」
何をされたのか全くわからないという表情のまま天を仰ぐJJ。柔道を知らないのならば、受け身の概念など知る由もない。
背中を強打したせいで呼吸がままならない。故に立ちあがろうにも立ち上がれない。困惑しているJJの顔を覗き込んだロザリアは彼に対しこう告げた。
「あなたが壊した教室のドアはあなたの手で直しなさい。あと、今後は校内であの乗り物を使用するのは禁止。いいわね? それと、あなた今日からノース寮だから。これからよろしく、JJ」
それだけ伝えると、ロザリアは再び教壇に戻り残りの生徒たちに自分たちの寮を告げていったのだった。




