熱血教師、再燃
この日、方々から様々な馬車がルミナス学園へと大挙した。そのどれもが行商人のそれとは違い、豪華な装飾が施されており貴族しか持たないそれぞれの家紋が扉や旗に描かれている。
この世界に住まう各地方の農民たちは田畑からその様子を拝む度に本格的な春の到来を感じるのだという。
当然、マルグス家の馬車もルミナス学園へと向かっていた。車中、ロザリアは合格通知書に再び目を通す。
〝この者、成績優秀の為【特待クラス】への入学を認めるものとする〟
特待クラス。
つまり、火だるまにした聖女様と同じクラスになるというわけだ。回復していく姿を目の当たりにしているとはいえ、やはり気が気ではない。後遺症はないだろうか。元気にしているのだろうか。いずれにせよ、会ったらすぐに謝らねばならない。
そんなことを考えていたロザリアの乗った馬車も大きく開かれたルミナス学園の門へと入っていく。
「それではお嬢様。わたくしめはこれにて。どうか健やかな学園生活をお過ごしくださいませ」
「ありがとう。お父様やお母様、アネモネにもよろしく伝えておいてね」
帽子を外してロザリアに一礼すると、初老の御者は馬を引いて学園を後にした。
(さて……と。行きますか)
去り行く御者を手を振り見送ったロザリアは振り返りルミナス学園の校舎を見上げると、そのまま中へと進んで行った。
一年生の特待クラスへ入ると、既に数名の生徒がいた。中には見知った生徒がちらほら見受けられる。一人は魔法の実技試験で石版を校舎程の高さまで持ち上げたリリィという名の少女。小さく可愛らしい容姿とは裏腹に、こちらに対して明らかに敵意を剥き出しにして睨んでいる。
そしてもう一人は赤い髪で目が隠れた少女。
彼女はロザリアの前に試験を受けていなかったので名を知らなかった。後日再試験で合格し、ここに来たのだろう。内気な性格なのか、身を縮こめるようにし俯き加減で大人しく席に座っていた。
他は見覚えのない顔ばかり。皆、別の試験会場で優秀な成績を収めた者たちということだろう。
ロザリアはざっと教室を見渡すと、その一画に人だかりが出来ているのが目に入った。
(セーラ・マーガレット! 見つけた!)
悪気はなかったとはいえ、先日火だるまにしてしまった聖女様がそこにいた。早速クラスメイトに囲まれて楽しそうに談笑している様子からどうやら無事回復しているようだ。不安が一つ解消されたところで、ロザリアは早速人だかりに向かって歩き出す。
「ご機嫌よう、聖女様。この間はたいへんな無礼を働いてしまい、心よりお詫び申し上げますわ」
突然割って入って来てセーラに対して謝罪をしたロザリアにクラスメイトは不思議そうな顔を向けていた。どうやら、此度の聖女発火事件の真相は周囲には知られていないらしい。
また、突然の出来事に戸惑いを見せたのは聖女様も同じようで慌てて口を開いた。
「なっ、なんのことですか? マルグス様。侯爵家のご令嬢に貧民出身の私が謝られる理由なんて……とにかく顔をお上げになってくださいませ」
この反応で麻倉は確信した。
アネモネの憶測通り、あの時セーラはこちらへ魔力干渉を行なったのだと。
但し、理由は未だ謎のまま。まどろっこしいのは好きではないので直球で尋ねてみることにした。
「失礼ですが、試験の日わたくしへ——」
「なにをしている。さっさと席へ着かんか」
タイミング悪くロザリアの言葉を遮ったのは、先日の魔法試験の際に試験官を務めていたメガネの教師、確かロイドと名乗っていたと記憶している。
仕方なくロザリアはセーラに対して一礼し、自分の席へと戻ることにした。
教壇に立ったロイドは集った特待クラスの生徒を見渡し、咳払いを一つして口を開いた。
「えー、諸君らは栄誉あるルミナス学園の特待クラスの生徒として選ばれた。つまり、他の一般生徒たちとは学力、魔力、才能が天と地ほどの差があるというわけだ」
ロイドの言葉に、ロザリアの眉が僅かに動いた。
「このルミナス学園には学年ごとにA、B、Cの三つにランク分けされたクラスがある。しかし、この特待クラスはそれらの括りから外れたエリート中のエリート。つまり、選ばれた生徒のみが在籍出来るまさに特別待遇のクラスである。先程伝えた学力、魔力、才能に加えて最も重要視されるのが家柄。国王推薦のミス・マーガレットは特例中の特例であるが、ルミナス学園の歴史の中でも稀代の聖女を生徒として受け持つことは我々教師にとっても大変名誉なことである。また、諸君らも聖女と同じクラスで学べる幸運を是非噛み締めて欲しい」
甚だ得意気にクラス全員に向かって演説を行なっているロイド。それに対して真剣な眼差しで耳を傾ける生徒たち。ただ一人、俯きながら肩を震わせているロザリアを除いてではあるが。
「だがしかし、特待クラスだからといって決して胡座をかいていてはいけない。成績や素行が不良である者、期末テストにおいて特待クラス生としての基準を満たない者等は容赦なくAからCのいずれかのクラスへと落第することもある。特にCクラスは我が校の生徒の中でも腐った果実と呼ぶに相応しい落ちこぼれ、負け犬共の巣窟だ。そこへ落ちたく無ければ常に切磋琢磨、日々研鑽を心に刻み伝統あるルミナス学園の特待生としての自覚を持って他の者たちの規範となる学生生活を送って欲しい。何か質問のある者は?」
早速手を挙げた生徒が一人。
「君は確か……マルグス侯爵家の令嬢、ロザリア・マルグスだったな。よろしい、発言を許可する」
ロイドの言葉にロザリアは立ち上がる。
「……先程の言葉、訂正してください」
ロザリアの放った一言により、教室内に緊張が走った。
「訂正? 何に対してかね?」
メガネを上げ、質問を返すロイド。冷静さを装っていたが、明らかに憤慨していると誰もが悟った。何故なら、それを可視化させているのは彼が羽織っている特待クラス担任にのみ着用を許された白地に金の刺繍が施された豪奢な外套が風もないのに揺れていたからだ。ロイドの身体から溢れる魔力が臨戦体制に入ったこと物語っていた。
「貴方は今、Cクラスの生徒を腐った果実と断じました」
「事実を述べたまでだ」
「腐った果実という生徒なんてどの世界のどんな学校にもいません! もし仮にいたとするならば、それは学校側の教育の在り方が間違っています!」
教室内を包んでいた緊張感はロザリアの放った魂の叫び——否、ロザリアの中に宿って入る麻倉の言葉により払拭された。
また、ロイドから放たれていた魔力は既に停止していた。その証拠に先程まで靡いていた外套は既に動きを止めている。そうさせたのは、ロザリアの言葉だけではい。
「どんな作物でもきちんと向き合い、愛を持って世話をしてやれば必ず綺麗な花を咲かせてくれる。そしてその花がやがて美しい実となり、きちんと正しい結果で応えてくれる! それを信じてやらないで、何が教師ですか! 何が教育ですか!」
ぽたり、ぽたりと机に落ちゆく熱い雫たち。
ロザリアは泣いていた。
端から他の生徒を腐った果実と称し、負け犬と断じたロイドの教育者としてあるまじき思想、発言が熱血教師としての麻倉信司を数十年ぶりに呼び起こしたのだ。
涙を拭ったロザリアはそのまま席を離れ、教室のドアに手を掛けた。
「待ちたまえロザリア! どこへ行こうというのかね!」
「特待クラスはわたくしには合いません。今この時を以て1-Cクラスに移らせて頂きます」
「そんな勝手が許されると思っているのか! さっさと席へ戻りたまえ!」
遂に魔術を発動させたロイドは右手から魔法陣を発生させるとロザリアを拘束せんが為、無数の植物の蔦を出現させた。
特待クラス専属教員の魔力レベルは、王国専属魔法使いに負けずとも劣らないとされている。少なくとも、普通の学園生徒にどうにかなる代物ではない。
しかし、驚くべきことにその蔦はロザリアの身体に触れる前に発火し燃え尽きたのだ。それも並の火魔法ではない。宵闇の如き黒い炎をロイドを含め教室内の全ての人間が目撃した。
闇属性の炎、火属性の闇。
そのいずれとも違うが、そのどちらの要素を含んだ特異極まる魔法。
紛う事なき、二重属性の魔法である。
「教師への反駁行為によるCクラスへ落第。これなら問題ありませんわよね? それでは短い間でしたがお世話になりました」
ロザリアはそれだけ告げると、特待クラスを後にした。
それから数分後。
「はーい、今日から1-Cクラスを担当しますアマンダ・リベットと言いまーす! 今日から一年、よろしくお願いしま——」
筆記試験の際、このクラスで試験官を行なっていたちびっ子先生が自己紹介をしているといきなり教室のドアが横にスライドし、パァン! と大きな音を立てた。
1-C教室にいた全員が身体をビクッとさせ、教師のアマンダに至っては驚きのあまり踏み台から落ちて尻餅をついていた。
「びびび、びっくりしたぁ〜って、あなたは確か特待クラスの……」
急に教室に入ってきたロザリアは腰を抜かしているアマンダの代わりに教壇の前に立つと、生徒らを前にして堂々とこう言い放った。
「わたくしの名前はロザリア・マルグス! 今日からこの1-Cクラスで皆さんと一緒に学ばせて頂きますわ!」
急転直下の出来事にアマンダを含むクラス全員が皆一様に同じ反応を示した
「「「なんで!!?」」」




