新たな真実
結局、試験は日を改めて実施されることになると学園側から通達があったのはそれから約二十分後。今は試験よりも国王から頼まれている聖女の容態の方が重要視された結果だろうということが伺える。
加えて、魔法試験はその場で合否が決まるが筆記試験の場合は採点に数日を要する。仮に魔法試験を合格しても筆記試験を落としていれば入学は認められないのだ。魔法試験を未実施の生徒は三日後に延期となり、そこから筆記採点で約一週間。その後、合格者には正式に合格通知が送られてくるという。
かくして、合格発表まで約十日ばかりの猶予が出来た受験生たちは各々の実家へと戻っていった。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
ロザリアも他の受験生と同じく屋敷に戻るとアネモネが真っ先に出迎えてくれた。
「ただいま、アネモネ」
「旦那様と奥様がお待ちです。どうぞこちらへ」
帰宅早々アネモネの先導で両親の元へ向かい、今日の試験の報告をした。懸念していた魔法試験は無事合格。筆記試験も別段問題無かったことを伝えると両親は抱き合って喜んでくれた。
「アネモネ、この後わたくしの部屋に来てもらえるかしら。今日の試験の事でちょっと不可解なことがありまして……」
浮かれ散らかしている両親を横目に、ロザリアはアネモネにそっと耳打ちをする。それを受けて空気を察したアネモネは言葉に出さず小さく頷いて見せた。
「それではお父様、お母様。わたくしは着替えて参りますのでまた後ほど。アネモネ、手伝ってちょうだい」
「畏まりました。旦那様、奥様、失礼します」
二人はそう言うと、ロザリアの自室へと向かって行った。
「それで、如何なさいました? アサクラ様」
自室ではアネモネと二人きり。
ここではロザリアとしてでなく、本来の麻倉として振る舞える唯一の場所。麻倉は今日の魔法試験での詳細を話した。石版が二度消えたこと。そして聖女が発火したこと。
「なるほど。そんなことが」
「一体何が何やらで、途中から学園中パニックでしたわ」
「一つお尋ねしますが再試験を受けた時、お嬢様は石版を浮かそうとしたのですか? それとも移動させようとしたのですか?」
不意にアネモネからの質問を受けたロザリア。
「移動させるというイメージがなかなか難しかったので、浮かせようとしましたわ。浮かせるというより、こう、ロケットのようにドカーンと飛んで行くイメージと言いますか……」
「そのロケットというものが何なのかは分かりかねますが、これで聖女が発火した原因は分かりました。但し、理由まではわかりませんが」
たった数回のやり取りだけで今回の不可解現象の謎に辿り着いたと述べるアネモネ。
「一体何があったというんですの!?」
「それをお答えする前に、一度外に出ましょう。屋敷の中では危険なので」
そう答えて部屋を先に出てしまったアネモネの後を追うようにロザリアも外へ向かった。到着した場所は今朝まで魔法訓練を行なっていた敷地の北側。練習用の石版は今朝と同じ状態で聳え立っていた。
「まずはお嬢様、この石版を浮かしてみてください。勢い良くではなく、軽く手で持ち上げるようなイメージでお願いします」
「わ、わかりましたわ」
意図が全く読めないロザリアは、とりあえず言われた通りに石版を優しく浮かせるイメージを思い描く。この程度で浮くなら今日までの苦労はない。そんな疑心暗鬼状態ながらも試みてみると、きちんと石版は地面から数センチほど浮いたのだ。
「はっ? なんで!?」
今までならあり得なかった現象に驚くロザリア。その拍子に集中力が途切れたと同時に浮いていた石版は重厚な音を立てて着地した。
「では、もう一度同じことをしてみてください」
アネモネの言う通り、先程と同じイメージで石版に魔力を流すロザリア。
「あら? 動かない……」
今度は以前と同じようにビクともしなかった。
「これが答えです」
「過程をすっ飛ばし過ぎて結果だけ提示させられても全く分かりませんわ」
「ですよね。では、今度はいつもと同じく思い切り上空へ打ち上げるイメージをかけてみて下さい」
「ですよね、じゃねぇんですわ。まぁ、やりますけどね」
若干イラっとしたロザリアはアネモネの指示通り、いつものようにロケットが打ち上がるような力強さをイメージし、それを石版に伝えるよう魔力を流す。
「ふんぬぬぬ、うぉりゃぁぁぁあああ!!」
相変わらず重い。
イメージしているだけなのにロザリアの全身はプルプル震えている。
「それでは、今からお嬢様に掛けている枷を外します」
ロザリアがそう告げた瞬間、試験の際と同じ様に石版が眼前から消えたのだ。
「あの時と同じ現象ですわ! 一体どういうことですの?」
「真上をご覧ください」
アネモネの言葉に従い上空を見上げると、小さな黒い点のような物が見えた。それが降下して徐々にこちらへと近づいて来るにつれて、ロザリアはそれが消えたはずの石版であることを知る。
このまま地面に落ちればまた凄まじい衝撃と砂埃に襲われる。慌てふためくロザリアとは対照的にアネモネは実に落ち着いていた。一歩前に出て両手を石版に向けて伸ばすと、石版の降下速度が緩やかになり、最後はまるで腕の中の赤子をベッドに寝かせるように優しく着地へと至った。
『もうあなたを縛る枷はございません』
ロザリアはようやくその意味に気付く。
「アネモネ! あなたまさ——」
ロザリアがアネモネを見ると、アネモネが着ているメイド服の両手の袖は肘先まで焼失しており、その両腕は大火傷を負っていた。
「百聞は一見にしかず。まずは見て頂いた方が早いかと思いましたが……申し訳ありません、お嬢様……詳しい説明は……また後ほどで……よろしいでしょう……か」
ロザリアはそう言い残し気を失うと、その場に倒れてしまったのだった。
急いで屋敷の人間を呼び、アネモネを室内に運んだロザリア。馬車を急がせ近所で最も優秀な医者を招き、すぐにアネモネを診せる。火傷に効果があるポーションと解熱薬を大量に使い、赤く水膨れを起こしていたアネモネの両腕はみるみる内に元に戻って行った。
「火傷から生じた全身の高熱も平熱まで下がりましたのでもう大丈夫でしょう。念の為、今日一日は安静にしていてください」
医者はそう言うと、多額の報酬を受け取り帰って行った。
「……ここは、お嬢様のベッド?」
アネモネが目を覚ましたのはそれから二時間程経った頃。ロザリアの部屋に運び込まれたアネモネは屋敷で最も上等なベッドに寝かせられていた。見知った室内だが、ベッドから室内を眺めるのはこれが初めてだった。主の寝台を占領してしまっていることに気づいたアネモネは急いで起きあがろうとした。
しかし適切な治療を受けたとはいえ、まだ身体には疲労や負担が残っているようで起き上がるのもやっとという様子。
「無理しないで寝てなさい、アネモネ。今日一日は安静にとお医者様からのお達しよ」
起きあがろうとしていたアネモネをゆっくりベッドへ寝かせるロザリア。
「申し訳ありません、お嬢様。頭はハッキリしているのですが身体がまだ重くて」
「気にしないでいいのよ。それより、会話が大丈夫ならさっきの件について詳しく教えてくれないかしら」
アネモネは少し黙った後、ゆっくりと話始めた。
「……私はお嬢様の魔力に対して干渉し、物を浮かせるのを私自身の魔力で阻んでおりました。例えるなら、物を浮かせようとするお嬢様の魔力を上から押さえて付けるような形で」
「何故そんなことを?」
「筋力のトレーニングと同じです。魔力は負荷を掛ければ掛けるほど研鑽され、より強化されるのです。ですから私はお嬢様の特訓中は常にお嬢様の魔力に干渉し続けていた。その甲斐あってか、お嬢様——というより、アサクラ様の魔力は日に日に力を増していきました。以前、私が手や身体に包帯を巻いていたのを覚えていますか?」
「え、ええ。花瓶を割ったとか、階段から転んだと言っていましたね」
「本当は今日のように火傷を負ってしまい、それを隠していたのです。もっとも、以前はまだ弱々しい魔力だったので自然治癒で治りましたが」
「ということは、それってつまり……」
「お察しの通りです。原理は分かりませんが、アサクラ様の魔力、或いはアサクラ様に魔力で干渉した者は何故か炎の洗礼を受けてしまうようなのです」
理屈はどうあれ、アネモネの怪我。もとい、火傷の原因がわかった。その謎が解けたのであれば、自ずともう一つの謎も解けてくる。
「では、聖女セーラが発火したのは試験中にアネモネと同じようにわたくしに魔力で干渉をしたってこと?」
「そう考えるのが妥当でしょう。その意図は分かりかねますが」
「だっ、だとしたらわたくしが聖女を火炙りにした犯人ってことじゃない! バレたら入学取消どころかヘタしたら死罪になるのでは!?」
慌てふためく麻倉に対し、アネモネは実に冷静にそれを否定する。
「それはおそらくないでしょう。アサクラ様が聖女に対して魔法を放っていないのは大衆の面前で証明されています。また、聖女自身が申告することもないでしょう。自ら他者の試験の邪魔をして痛い目を見ただなんて聖女にあるまじき愚行を告白するようなものですから。もう一つ、お嬢様の魔力適性は闇。本来発火を伴う魔法は火属性の領分。お嬢様が罪に問われる可能性は極めてゼロに近いと言えるでしょう」
その言葉を聞いて一つの疑問が浮かぶ。
「それなら何故わたくしに魔法で干渉した方は発火するの?」
「あくまで私個人の推測ですが」と前置きを付けてアネモネは続ける。
「基本的に魔法属性とは一人に対して一つだけ。ロザリアお嬢様はマグルス家の血筋なので闇属性を持っているのは間違いありません。にも拘らず火の魔法を発現出来るのならば、火属性の適性があるのはロザリアお嬢様ではなくアサクラ様の方なのだと思います」
一つの肉体に二つの属性。
ロザリアの闇と、麻倉の火。
「もしこの仮説が正しければ、今のお嬢様は聖女に引けを取らない稀有な存在、二重属性者ということになります」




