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開幕! 入学試験

 広く長い通路を進む。


 周りを見渡せば、自分と同じ受験生と思しき同年代の子らがいる。あるものは不安を。またあるものは満ち溢れた自身を表情に浮かべ一様に同じ場所を目指す。


(1-C、この教室か)


 ロザリアが向かった先は筆記試験会場である教室。後にここが一年生のクラスの一つになるというわけだ。


 Cクラスを割り当てられた受験生で席が全て埋まってしばらくすると、子供のように小柄な少女が入って来た。


「それでは今から試験用紙を配りまーす! 前の席の人は問題用紙と回答用紙を受け取ったら後ろの席に回してくださーい!」


 あの見た目でまさかの教員だったとは。

 教壇とほぼ同じ背丈だった為、成人とは気づかなんだ。ちびっ子教師が踏み台を持って教壇の前に置くと、ようやく上半身が見えた。彼女は黒板上の時計をじっと見つめ、その針が天辺を示してすぐ開始の合図を出した。


「それでは、試験を始めてくださーい!」


 受験生は一斉に問題用紙へと向き合う。

 ロザリアも他の受験生と同様に筆を走らせる。問題は案の定、向こうの世界での一般高校入試レベルの問題だった。もし開成や筑波大附属レベルであったらこうはいかなかっただろう。こちらのエリート校は一般的な学力よりも魔術の方に重点を置いているのかも知れない。


 そんな事を考えながら解答を全て記入し終え、漏れがないかを再チェック。約一時間程で学科試験は終了。


 次はいよいよ魔法試験。受験生は皆教室を出て、外の訓練場へ向かうよう指示が出された。


 指定された場所へ向かうと、そこには屋敷で使っていた物と同じ巨大な石版が用意されていた。


「全員集まったようだな。今回このグループの魔法試験を担当することになったロイド・カルタニスだ。普段はこの学園の特待クラスを受け持っている。ここに集まった者たちの中に抜きん出た才能を持った者がいればエルザイム学園長に我が特待クラスに推薦するつもりだ。心して挑むがいい」


 紫髪の長髪にメガネを掛けた長身で痩せ型の男。特待クラス担当と言うだけあって、インテリ風を吹かしており態度も何処か高圧的だ。現役教員時代の麻倉とは間違いなく馬が合わなかっただろう。


「まず受験番号三百一番、アルト・モルガン!」


「チッ、初っ端かよ」


 やや目つきが悪く、猫背気味の少年が名を呼ばれ一歩前に出る。


「アルト・モルガン。マイナス二点」


 試験官ロイドはいきなりアルト少年に減点を言い渡す。これにはアルト本人だけではなく他の生徒たちにも動揺が走る。まだ何もしていないにも拘らず減点となったアルトはそれを不服とし、試験官ロイドに喰ってかかる。


「おい! 試験官サンよ! いきなり減点たァどういうこった!?」


「受け答えに品性が無さすぎる。流石は弱小貴族モルガン家の血筋だな。また、口答えも減点対象だ。更にマイナス二点」


 品性の欠如、口答え。これだけで既にマイナス四点。初っ端から減点スタートという不利に立ってしまったアルト少年はブチ切れたようで試験官に向かって勇み足で向かって行く。それを背後から止めたのはアルトより頭一つ分ほど高い肥満体型の少年。丸メガネが実に似合っている。


「やめなよアルトくん! 今度またマイナスになっちゃうよ! それどころか次は失格になるかも!」


「知るか! 放しやがれサイモン! あの先公、一発ブン殴ってやらねーと気が済まねーンだよ!」


 必死にもがくアルトを羽交締めにするサイモン。体格に見合うパワーは充分備えているようでアルトはジタバタしているだけで一向に抜け出せずにいる。


「そいつの言う通り、この私に手を出せばその時点で不合格確定だ。そもそも、貴様如き私に触れることすら不可能だかね。しかしその反抗的且つ凶暴な性格、我が伝統あるルミナス学園に相応しくない。アルト・モルガン、君は不合格だ。さっさと出て行きたまえ」


「ンだとテメェ!」


 一回目から不合格者が出てしまうという衝撃的な展開に他の受験生たちも戦々恐々。


 しかし、その中の一人がそれに異を唱えた。


「ロイド先生。試験すら受けさせないで不合格を言い渡すなんて、いくらなんでも横暴だと思います。どうか彼にも試験を受けさせてあげて頂けませんでしょうか?」


 純金を練り込んだような美しく長い金色の髪。聖母のよう慈愛に満ちた声。真っ白なワンピースを着た一人の少女。


 麻倉はこの少女を知っている。

 否、正確には見たことがあった。

 

「ミス・マーガレット。これが私の指導方針なのです。余計な口出しはやめて頂きたい」


 そう、ゲームのパッケージに描かれていたヒロイン。聖女のセーラ・マーガレットである。彼女は既に王の勅令で入学が内定している為、試験に参加しなくても良いはず。それが何故ここに。困惑しているロザリアを他所にセーラはロイドに尋ねる。


「なら、今口出しした私も減点にしてくださいますね?」


「減点も何もないでしょう。貴女は既に特待クラスに入学が決まっているのですから」


「だったら減点で一般クラスに降格してくださいませ。もし彼にこのまま不合格を言い渡すのでしたら」


 そんなことロイドに出来る訳がない。

 仮にもし、セーラの言う通りにすればロイドのクビが飛ぶ。それ即ち、王の意に背くのだ。比喩でもなんでもなく首と胴体が泣き分かれるということ。苦虫を噛み潰したような表情をした後、ロイドは咳払い一つしアルトを羽交締めにしているサイモンに告げる。


「そいつを放していいぞ。聖女セーラ・マーガレットに感謝するが良いアルト・モルガン。この石版に己の魔力を示してみろ!」


 サイモンの束縛から解放されたアルトは、怒り冷めやらぬ顔で石版を睨む。


「上等だコラ! やってやるよ! 水流砲撃アクアブラスト!!」


 まるでロイドへの怒りを込めたかのような凄まじい放水がアルトの手から放たれた。激流を受けた石版はその勢いに押され、派手に倒れたのだ。


「フン、まぁいいだろう。基本は心得ているようだな。合格だ」


 メガネを指で押し上げ、アルトの合格を告げるロイド。


「っしゃあオラ! 見たかテメーら!」


「ありがとうございました。聖女様」


 浮かれるアルトに代わり、セーラに礼を言うサイモン。


「よしてください、リードベルグ様。私は当然のことをしたまでですから」


「あれ? よく僕がリードベルグ家だってわかったね。何処かであったっけ?」


「リードベルグ子爵と言えば私の故郷、イーストエンドから最も近い領地を治める貴族ですのでサイモン様のことは存じております。それに貧民出身の私に御礼なんて勿体無いお言葉ですわ」


 そのやり取りを見ていたロザリアは、一瞬だがセーラがこちらを見た気がした。


(ん? 今彼女、こっちを見なかったか?)


 その様子が気になり麻倉がセーラへ声をかけようとすると、セーラは背を向けるかのように試験官のロイドへ話かける。


「ロイド先生。次の試験は私が受けてもよろしいでしょうか?」


「いけません。貴女は既に試験に合格している身です。見学なら構いませんが、別段用が無ければ寮へお戻りなさい」


「仕方ありませんね。ならここで皆さんの実力を見学させて頂きますわ」


 セーラはそう言うと、少し離れた場所にあるベンチに腰掛け他の受験生のテスト見学していくようだ。


 先程アルトを宥めたサイモンを含め十二名に合格が言い渡された。


「次、ロザリア・マルグス!」


 遂にこの時が来た。

 先に合格した受験生たちのうち、半数が石版を浮かせた。一番高く浮かせられたのはリリィという少女で校舎の天辺付近まで上げていた。おそらく彼女も特待クラスだろう。他の生徒は石版を倒したり、左右への移動。僅かしか浮かせられなかったり移動させられなかった者たちは皆不合格になっていた。


 未だかつて魔力で小石すら動かせない自分には浮かせたり移動させたりすることはまず不可能。だとすれば、ここは一番手のアルトのように石版を倒すべきと判断。しかしアネモネは言っていた。この魔石で出来た石版は物理攻撃は無意味だと。だがしかし、今の自分にはこれしかない。


「どうしたミス・ロザリア! このままだと減点対象だぞ!」


 ロイドからの忠告で意を決したロザリアはゆっくりと石版へ向かって歩み寄る。今までの受験生とは明らかに違う挙動に固唾を呑む他の受験生たち。


(いやいや……)


(そんなまさか……)


 そんな受験生の思惑を裏切ることなく、ロザリアは石版の真正面に立ち右の拳を握り固め、構えた。


「アイツ馬鹿なのか!? 石版に物理攻撃が効くわけないだろう!」


「魔力を試すテストでグーパンで挑む気かよ」


 周りの戯言など既にロザリアの耳には届いていなかった。目を瞑り、精神を集中させ、ここぞというタイミングで握り拳を思い切り石版に叩き付けた。


「どっせい!!!!」


 ルミナス学園一帯に響く激しい音。

 立ち込める土煙。

 それが晴れた後に皆が目にしたのは、立ってるロザリアただ一人。


「あれ? 石版は?」


「消えた? なんで?」


 動揺する受験生たち。

 その動揺は試験官のロイドにも伝染していた。


「ミ、ミス・ロザリア! 一体何をした!?」


「なにを、と言われましても。思いきり殴っただけなのですが……」


 殴っただけ。

 そう、殴っただけなのだ。

 しかし、それにしては不可解極まる。

 砕けた破片も無ければ、石版が衝撃を受けて移動した痕跡すらない。激しい砂煙が舞っていたとはいえ、特待クラス担任のロイドでさえ消えた石版の謎に迫ることが出来ないでいる事実。


「ミス・ロザリア。測定不能の為、仕切り直しだ」


 ロイドはそう告げると、地面に魔法陣を生成し、再び石版を出現させた。


「今度は浮かせるか移動させるかのどちらかで行なってもらう。準備はよろしいか?」


 よろしいかもなにも、それが出来ないからわざわざ殴ったのに何たる無駄骨。しかし、自分自身まさか消えるという訳のわからない結果になるとは思わなかった。ただ一つ言えることは、先程のパンチには間違いなく何らかの魔力が干渉していたということ。でなければ消えるという現象に説明がつかない。いや、そもそも魔力が干渉していたとしても何故消えたのか、何処に消えたのかも全くわからないわけだが。


「早く始めなさい、ミス・ロザリア!」


 急かされ油汗がダラダラと流れてきたそんな時、特訓に付き合ってくれたアネモネの言葉が頭を過ぎる。


『もうあなたを縛る枷はございません。思いきり全力でぶつかってきてください』


(俺は出来る、俺は出来る、俺は出来る、俺は出来る、俺は)


「ミス・ロザリア! 早くやらなければ減点に——」


「うるせぇですわ!! うぉりゃぁぁぁあああ!!!!」


 鬼気迫るロザリアの気魄は、試験官のロイドさえ気怖じしてしまうほど凄まじかった。そして肝心の石版はと言えば、またもや目の前から消えていた。


「なんなんだよ、どうなってんの?」


「二度目の測定不能かよ。この場合、どうなんの?」


 受験生たちがざわつくのも無理はない。

 何らかの魔法的な作用はあったことは間違いない。しかしそれを示す為の対象物、証拠が忽然と消えてしまったのだから。しかも二度も。


 再試験での結果を加味し、試験官のロイドも公平な判定を下さざるを得ない。それが例え、四大公爵家に次ぐ家柄であるマルグス侯爵家の令嬢であっても。


「ロザリア・マルグス。魔法試験は不合か——」


 ロイドの宣告を遮ったのは巨大な衝撃。辺り一面に巻き上がった砂煙は最初のパンチの比ではない。加えて鼓膜を破らんばかりの爆音。まるで砲弾が間近に着弾したかのようだった。


「げほっ、げほっ、な、なんだ!? 何が起こった!!」


「どうしたんですか!? ロイド先生!」


 謎の衝撃音を聞きつけ校舎から飛び出してきたのは先程筆記試験を担当していたちびっ子先生。


「皆さん、一旦目を閉じていてください! この土煙を払います! 旋風裂波オーバーゲイル!」


 ちびっ子先生の放った風の魔法により、舞い上がっていた土煙が吹き飛ばされていく。視界が一瞬で晴れた時、皆は謎の衝撃の正体を知ることになる。


「せっ、石版だ!」


「はぁ!? どういうこと?!」


 動揺を隠せない受験生一同。

 しかし、ロイドは地面にめり込んでいる石版を見て瞬時に理解した。一体何が起こったのかを。


「ロザリア・マルグス、合格!」


「へっ? なんで?」


 ロザリア自身、何が起こったのかわからない内に合格したのだった。


 しかし、そんな喜びも束の間。


「きゃあああ! 先生! セーラさんが!」


 女子受験生の声に振り向くと、離れた場所で見学していたはずのセーラがなんと火だるまになっているではないか。一難去ってまた一難。何がなんだかサッパリで周囲は混乱の渦に巻き込まれている。しかしそんな中でも冷静な判断を下し、行動に移った者がただ一人いた。

 

「下がってろテメーら! 水精球ウォーターボール!」


 一番手で合格したアルトは先程同様の水魔法で水の球を作り出し、セーラに向けて投げ放ちぶつかる寸前で球を弾けさせセーラに大量の水を浴びせて鎮火させるというファインプレーを見せた。


「大丈夫ですか!? ミス・マーガレット!」


「わわわ、大変です! 早く医務室に……えっ!?」


 酷い火傷を負っていたセーラの姿に慌てふためく教師二名だったが、錯乱状態を吹き飛ばすほどの奇跡を目の当たりにすることとなる。


 なんと重度の火傷を負っていたセーラの身体を黄金の光が包み込むと忽ち火傷が癒えていくではないか。それだけではなく、焼けた衣服も元通りになっていったのだ。超回復とかそういう次元の話ではない。まるで時間が巻き戻ったようだった。


「なお……っちまった……」


「おおっ……流石は聖女……って言ってる場合か! 早くミス・マーガレットを医務室へ! 試験は一旦中止だ。再開は追って通達するから君たち受験生はここで待機しているように!」


 救護隊が駆けつけ、担架に乗せられたセーラはロイドとちびっ子先生に付き添われ、医務室へ緊急搬送されていったのだった。

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