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大浴場

 アネモネがイーストエンドに向かって明日で二週間。


 ロザリアこと麻倉は毎朝のルーティンに加えて、アネモネとの約束通り魔法には一切触れずに勉強と筋トレを欠かさず行なっていた。


「分かっていたこととはいえ、やはり歯痒いですわね」


 脱衣所にある大きな鏡でロザリアの身体をしげしげと見つめる麻倉。勿論、裸体を監察しているわけではない。筋トレの成果を観ているのだ。


 この世界では良質なタンパク源が乏しい。

 大トカゲや双角ウサギといった低脂肪で高タンパクな食肉はあるにはあるが、それだけでは若かりし頃の鋼の肉体には到底及ばない。当たり前のように摂取していたプロテインの偉大さを痛感する日が来ようとは夢にも思わなんだ。


 それに加え、筋肉の付き方にはどうしても個人差がある。男女でホルモンバランスも違う為、こればかりはどうすることも出来ない。


 ただ、ロザリアの肉体は非常に引き締まっていた。

 

 それだけではなく第二次成長期真っ只中の年頃である為、出るところはしっかり出ている。所謂、均整のとれた理想的なフォルム、シルエット。それに加えてこの顔立ち。間違いなく美少女の部類には入る。


「まぁ、肉体はどうあれ……フンッ!!」


 ロザリアは素っ裸のまま脱衣所に持って来たリンゴを右手で掴み、力を込めて握り締める。バキバキという音を立てて割れるリンゴ。この世界には握力計がない為、正確な数値は出せないがリンゴを潰せる握力は七十〜八十キロ程と言われている。


「身体的な見た目はあまり変わらないけど、しっかりトレーニングの成果は出ているみたいね。やはり若さって素晴らしいわね」


 握り潰したリンゴを芯ごとムシャムシャ食べながら大浴場へ入るロザリア。フレッシュなリンゴ果汁を浴びた身体をお湯で洗い流し、巨大な湯船に独り浸かる。


「はぁ〜、ごくらくごくらく♪」


 最近知ったことなのだが、ロザリアが住むこのイースト領地は天然温泉が有名であり、効能も様々であるとのこと。お湯に溶け込んでいる魔元素。つまり、魔石由来の成分によるもので様々な傷や病気に効くのだとか。故に各地から湯治に訪れる者が多いらしい。


 このマルグス家の浴場にも温泉を引き込んで使用している。乳白色のお湯は美肌成分がたっぷり含まれており、湯上がりの肌は乾燥知らずのスベスベたまご肌。どことなくだが、教師時代に修学旅行の引率で行った栃木の那須温泉と泉質が似ている気がして麻倉はこの入浴の時間が何よりも気に入っており、いつも鼻歌混じりで肩までしっかりと浸かっているのだ。


「燃〜えあがる〜、燃〜えあがる〜、若さはプラ〜ズマ〜♪ って、しかしいくらなんでも広すぎですわ。マルグス家の人間しか使ってはいけないなんて勿体無い。使用人たちにも使わせてあげればいいのに」


 この大浴場はマルグス家の人間にしか解放されておらず、使用人たちは別の浴場を利用する決まりとなっていた。


「せめて長旅に出ているアネモネにはこの温泉に入って欲しいものですわ。出掛ける前に怪我もしていたし……」


 呟いた独り言が広い浴場に反響する。


 そろそろ上がろうと思った矢先、ロザリアのちょうど右隣。お湯から無数の気泡が発生。温泉特有の天然ガスの類かと思い、まじまじ見ていると勢いよく水飛沫を上げて何かがお湯から飛び出してきた。


「そう仰って頂けると幸いです、お嬢様。そろそろ息も限界でしたので」


 なんとお湯の中から浮上してきたのは今し方名を呟いたアネモネ本人だった。


「アネモネ!? いつ戻って来てたの?!」


「お嬢様が浴場にやって来る一時間ほど前です。長旅の疲れを癒し、汗を流す為、内緒で忍び込んでおりました」


「その様子だとあなた、頻繁にこの浴場を無断使用していたわね?」


「いいえ滅相もございません。せいぜい週一くらいです」


「思っていたよりやってやがりましたわね。まぁ、これだけ広いんですから使用人たちにも解放するようお父様には進言しておくとして、イーストエンドでの一件はどうでした?」


 ロザリアの問いかけに対し、アネモネは真面目な表情でこう答えた。


「お嬢様。その報告はあがってからでよろしいでしょうか? 実はちょっとのぼせ気味でして」


 二人は早々に湯船を出て、ロザリアの部屋へと向かうことにした。

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