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何が違うんだと泣いてしまったディランに、オリビアは呆然とした。
とりあえず椅子に座らせ、不明瞭な話を聞けば、
「あの蛇は……俺です……」
と言う。え、どういうこと、となるのは当然だ。どうも、鎮圧で手こずり、弱っていたので、神木のリアの木の下で小蛇になってエネルギー充填をしていたらしい。
「っ、ひ、ちいさいころ、は、かわいいって……俺のこと、かわいいって言ってくれてたのに………へ、蛇の俺はよくて、なんで俺は駄目なんだ……なんで……」
「は? 私が飼ってた小さい黒蛇もあなただったの?」
さすがに驚きの声が出た。
ディランは手の甲で涙をぬぐいながら、そうです、と認める。
人間の姿になったら、オリビアがとても冷たくなった、酷い仕打ちをした、と罵られる。
「へ、へびは、けがらわしいって、言った……! だから俺……う、うー」
言った。別に本当は汚らわしいと思っていなかったが、オリビアも相当歪んでいるので、好きな子相手に、クソみたいな愛着を向けて、加害したのだ。
オリビアは隣に座り、迷った末に言葉を選んだ。
「蛇は別に……嫌いじゃない。可愛いと思ってる……」
「じゃ、じゃあ、俺も、人間の俺も可愛いって言ってくださいよ……! う、うあ、あー」
泣き過ぎである。
オリビアは嘆息して、ティロリン、と音が鳴らないのを不思議に思ったが、チカチカと視界の片隅で確定ルートのマークがついている。
あ、もうこれ確定なんだ……
「あんたね……趣味が悪いのよ……こっちは気をつかってやったのに」
バカな執着は手放した方がいいと思ったのに。
「か、勝手に、うえから、おれのきもちを、勝手なことをしないで……俺のことも可愛がって……っく、うぇ、えっ」
「意味がわからない……後宮に千人も人がいるでしょうが……」
どっと涙が更に溢れるディランの不明瞭な説明によると、あれは保護したり、勝手に人間が送ってきたりで、手は一人も出していないらしい。あーゲームと違う、エンディングが確定した時点で、遡って後宮事情も決定されたようなメタ感にめまいを覚える。
おまけに、父親のアーサーは幹部が確かに重傷を負わせたが、治療蘇生させていると言う。まだ不確かなのでなにも言えなかったようだ。そういえば、お父様はディランのことかわいがっていたしね、と腑に落ちた。空気が壊滅的に読めなかったけれども、仲は悪くなかったのだ。
なにかもう、言い訳しても全部塞がれている気がする。
「私……あんたにリアの花を摘ませて、叩き落としたわ」
そして、従兄弟たちにわざわざ見物させて、踏みにじらせたのだ。
「ひどい……ひどいっ、なんでつめたくするの、ひどい……」
「ごめん……歪んでるの……泣き顔可愛いなって思ってるかも……」
オリビアの感性は終わっている。
「お、俺も、あなたを泣か……うっうう~~~~」
「できないでしょ。はあ、もう、謝っても……許してもらえないと思うけど、ごめんね。ひどいこといっぱいしてごめんね」
「おりびあ……お嬢様……ッ」
ディランの紅玉の目は水膜を張って、次々と大きな雫を頬に伝わせた。青年は今やぶるぶると震えている。中原を支配した魔王が、まるで小さながりがりの手足の少年の頃のように、絨毯に水滴の黒い染みを作りながら、しゃくりあげているのだ。
「おりびあおじょうさま、おりびあおじょうさまっ」
泣いている。
オリビアは両手を広げて抱きしめていいのか、そうしたほうがいいのか分からなかった。
そして、最低なことに、しょうもない気質が頭をもたげる。
ああ、どうしよう。泣き顔が本当にかわいくて。私、本当に駄目だ。歪んでいる。なんでもしてあげたい。
「あの……抱きしめる?」
オリビアが両腕を広げ、尋ねると、ディランは大きく目を見開き、こくこく頷いた。
さっそくに、オリビアは頭痛のするような思いで、あー、と両目を閉じる。
がっちりしがみつかれながら、なるほど、本性は蛇だったわね~~~~~と、めまいがした。
というのも、ディランは興奮し過ぎて、下半身が巨大な蛇になってしまったのだ。長い。長大だ。とぐろを巻いている。
でかい。クソでかい蛇下半身に拘束されている。命の危機を感じるかもしれない。
「おりびあおじょうさま……」
もうお嬢様じゃないんだけどな、と思いつつ、オリビアは頭を撫でていいか尋ね、かつての蛇の子の頭をよしよしと五指で優しく梳いてみた。
ディランは号泣して、オリビアの方が「うーん」となった。
なんでここまで好かれているのか分からない。
マゾなのかな……と思うオリビアである。
「なにかべつのことかんがえないで……ください……」
えぐえぐ泣かれて、魔王も形無し過ぎるディランに、ごめんね、と謝って、オリビアもたまらなくなって腕を巨大な蛇に巻き付けたのだった。
結局、後宮は徐々に元々解体予定していたらしく、ゆるやかにそれはなされ、父親のアーサーも意識が覚めて、まあまあハッピーエンドなのかなと破れ鍋に閉じ蓋となったオリビアである。
本編完結です。お読みくださりありがとうございました。
あとは番外を気の向いた時にのんびり付け足すかと思います。
またお付き合いくださるとありがたく存じます。
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