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ディランがまたぱたりと訪れなくなり、魔族の女たちも潮が引くように同じく来なくなったので、オリビアは暇になった。
暇すぎて、使用人に話しかけたら、反乱が起きて鎮圧しに行っているらしい。魔王自ら行くんだ、と不思議に思う。
ああ、でもこの世界の魔族って、魔王がいないとけっこう虐げられている設定なんだっけ、と思い出した。あまり自分に関係なかったので思い浮かべもしなかったが、確かそうだ。
魔族の女たちが、異様に忠誠心が高いのも、蛇の魔王であるディランの求心力のもと、魔族が力を取り戻して、安全な暮らしをもたらしてもらったと恩義に感じているためなのだろう。
まあ男主人公のゲームだから、いかに鬼畜十八禁ゲーだろうが、それなりに大義は用意されているわけだ。
漏れ聞くところ、今回は苦戦しているらしく、不安からオリビアにも伝えてしまった感じだ。
苦戦って、大丈夫なのかな、とさすがに心配になる。
しばらくすると、なんとか反乱を治めて、魔王軍は凱旋となったようだ。
オリビアの父親のアーサーもこういう風に、抵抗した末に討ち取られてしまったのかもしれない。やったのは魔王軍の幹部だけれども。
その後もディランは現れず、もう過去の亡霊のことは忘れたのだろうとオリビアは判断し、これで無風監禁エンドかなと考え、与えられた居室の周辺を散歩した。
ある程度自由に動けるので、無風監禁エンドよりずっとよいくらいだ。
でも少し胸が痛い気もする。
まあそれも勝手だよね、とオリビアは苦笑して、庭を散策することとした。
リアの木の下で、少し休んでいると、足元に小さな黒蛇がよたよたとあぶなっかしく這っているのに気づいた。
幼少時、オリビアは蛇を悪しざまに言っていたが、実のところ嫌いではない。どころか、可愛いと思っている。
なんだかよたついているけれど、怪我をしているのだろうか。触って大丈夫かな、とオリビアは困った。
「うーん、ごめんね。怪我しているかどうかだけ、確認させてね」
そっとすくいあげると、一通り確認してみるが、大丈夫そうだ。
「よしよし、いいこ。じっとしていたね。怪我の確認をさせてくれてありがとうね。下ろすからね」
手のひらを黒土に下ろして、今度はオリビアがじっとするが、小さな黒蛇は動く様子もない。
「あら?」
動こうとしない。
「疲れちゃったのかな? どうしよう……」
地面に下ろしてもいいが、動けず外敵に襲われても後味が悪い。
「少しだけ、私のお膝で休憩する?」
黒蛇は言葉がわかっているように、しゅるしゅると腕を伝ってオリビアの膝の上に載り上げ、とぐろをまくと、動かなくなってしまった。
オリビアも悪い気がしないので、「一緒にお昼寝しましょ」とリアの木の下で午睡することにした。
そういえば、子供の頃、こういう小さな蛇を飼っていたのだが、いつの間にか見なくなってしまって、どうしたのだったか――ああ、あの小さな黒蛇を、幼いオリビアはとてもかわいがっていたのに。大好きよ、とたくさんお話もしたのに、あの小さな蛇はどこに行ってしまったのだろう。
「お前、とってもかわいいわね。お前さえよければ、ずっと私と一緒にいない? なんてね……でもよかったら考えてみてね」
夢見心地に、蛇の顎のあたりをこちょこちょしてやる。
一緒にお昼寝した後、小さい蛇は気づくといなくなっていた。
その晩、またディランが訪ねて来た。
しかし、オリビアは暴言こそ吐かなかったが、冷たく接して、ディランをあしらった。
そして。
ディランが、「何が違うんです」と、子供のように涙をぼろぼろと零し始めたので、オリビアは呆然としてしまった。