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関係正常化イチャイチャ甘やかし作戦 2


 本音甘え甘やかし作戦を実行することにした。

 そして見事に大失敗、作戦は大破した。

 その日も、鴉の濡れ羽色の柔らかい髪に、ディランが黒の毛皮のマントをたなびかせ、またつけつけとした感じでやって来た。リーファとテンメイの言う通り、どこか艶めいた憂い顔もしていて、あ、本人も現状がいいとは思ってないんだろうなとは察したのだ。

 言うまいか悩んでいたが、それもあって気になり、オリビアは長椅子に腰かけたまま、ついストレートに――ドストレートに尋ねてしまったのである。

「私たちって、いわば両想いとなって和解した状態なのだと思うけれど」

「……そうですが」

 ディランはその少し童顔めいた顔に、警戒するような色を紅玉の双眸に浮かべた。つい、と対面の長椅子に座る。これは、ふたりの現在の心の距離感を象徴するような位置取りでもあった。彼は十指を合わせると、長い脚を組み、目をすがめるようにした。

 オリビアも一応慎重に言葉を選ぶ。

「仮に、これは思考実験で、仮にの話なのだけれども」

「はい、それで?」

「つまり、そうした態度は全部嘘で」

 ディランが目を見開いた。オリビアは続ける。

「当てつけるために、私が例えば間男を寝所に入れて、それをあなたに故意に見せつけるよう、最中に」

 見開いたディランの目がどんどん冷たくなっていく。オリビアもどうかと思ったが、どうしても気になって、聞かずにはいられない。

「あなたが乗り込んで来て、目撃したら、私をお前にはこういう扱いが相応しいと言って、囚人に下げ渡したりする?」

 最後まで言いきってしまった。

 ゲームの中で、オリビアがやったことであり、ディランがしたことである。この世界は、ゲームと同じ人物や経歴、歴史となっているが、こまごまと違うところもあり、すでにオリビアもディランも乖離している。

 でも、もしオリビアがゲームと同じようにこういうことをしていたら、ディランはオリビアを女に飢えた囚人たちに投げ入れて、お似合いだと嘲笑したのだろうか。

 聞かない方がいいと頭でわかっていても、オリビアは気になって仕方なかった。そして、オリビアの性質は、相手のことを考えたら、仮にでも口にすべきではないと分かっていても、質問してしまう。その衝動を抑えきれないところにあった。

 案の定、ディランはそれこそ嘲笑めいた形に微笑を浮かべた。溶岩のような煮え立つ怒りが、人形じみて壮絶に美しい顔の下に押し込めるよう広がっていく。また、怒りと別の感情をも湛えた目は、完全に笑っていない。

「——質問の意図がわからないです。俺がそういうことをするとあなたは思っていると伝えたいわけですか? まあ、無理やり後宮に入れましたから、そう思われても仕方ないですが、かなり不快な状況設定と質問で驚きました」

 ええと、とオリビアは自分の衝動理由を探る。知りたかった。どうしても。それしかない。

「不快な質問だとは思うわ。でもどうしても知りたいの。答えて」

「いいですよ。答えは、しません。信じてもらえないでしょうけれど」

 ディランは口元を歪ませる。

 オリビアはぽかんとした。

「しないの?」

「はあ、それどういう反応です? して欲しかった? 俺にそういう人間でいて欲しかったですか? そういうことを貴女にする人間だと――汚らわしい魔族だと」

 歪んでいたディランの顔が、そのまま嘲笑を維持しようとして、失敗するのを、オリビアは飴細工のようにスローモーションで目撃した。人が、努力してなんとか体裁を整えようとし、露悪的に振舞おうとし、それでも抑えきれないショックや何かに、ぐしゃりと努力を潰される瞬間を。

「ッ――」

 ディランは片手で自分の目を覆った。オリビアから自分の表情を隠すように俯く。

 ああ、また失敗した。

 失敗するとわかっていたのに、自分の疑問を優先して、衝動を抑えられなくて、またディランを傷つけた。

 だって、気になったのだ。どうしても気になったのだ。

 ゲームと現実は違う。乖離している。それは設定がということではなく、同じ状況に置かれても、そうしない、という人間性の乖離だ。オリビアはどうしても確認したかった。

「なんで――せっかく、……すき、と。嘘、でも、……言って貰えた、のに、貴女を、他人に下げ渡さなきゃならないんだ。それって、俺に対する罰ですか? それとも、実際するわけじゃなくても、俺に対する新しい支配方法ですか。……おめでとうございます。十分効いてますよ」

 嫌味を言いながら、ディランは目を覆ったまま、ッ、とまた呑み込んで、どう考えても泣くのをこらえているようだった。というか、とうとうしゃべらなくなって、泣いていた。

 オリビアは静かに立ち上がり、ディランの傍まで歩いていって、黙ったまま泣いているディランの足元に座り込んだ。絨毯を敷いているとはいえ、直にぺたりと座っているので、驚いたのはディランの方だったらしい。

「ディラン、ごめんなさい。どうしても確認したかったの。以前の私だったら、やりかねなかったと思うのよ」

「……」

「そして、申し訳ないけれど、以前の貴方だったら、していたかもしれないし、しなかったかもしれないし、分からない。ただ、今の私は、もうそれをしないと思う。しないというか、できない」

 ディランは黙って聞いている。オリビアも、自分が何を確認したかったのか、何を言いたいのか、口にしながら段々ゴールが見えて来た。確認して、その上で伝えたいことがあったのだ。

「それで、今の貴方も、信じてもらえないかもしれないけれどって言ったわよね。でも、私も貴方はしないと思う。今の貴方は。今の貴方も、しないし、できないんじゃないかって。もう私たち、お互いに、できないんじゃないかと……」

 オリビアは座り込んだまま、自分の内面を探るように続けた。

「ずっと、貴方に酷い仕打ちをしてきて、貴方も忘れられないわよね。確かに私がしたことで、貴方がされたことだもの。許してとは言えない……ただ、その上で、貴方は私がいいと言うし、私も、貴方がいいと言うなら、わたしも、貴方といたいの。でも、したこともされたことも、自分から切り離せないし、どうしたらいいか分からなくなる。もう今の私は、貴方に酷いことをしたくないから。もう、わざと貴方を傷つけて、喜ぶようなことは、まあ、あんまりできない」

 しまらなかった。いやだって、ディランの泣き顔見ると、かわいそうなのに、ぞくぞくとする自分がいる。でも、今はかわいそうすぎて、できるだけしたくない。興奮よりも、そんな顔をさせたくないという気持ちの方が大きい。故意にはもうできないと思う。

「やったことは消えないけれど、貴方のこと、もう悲しい顔をさせたくないの。今回またやってしまったけれど……お願い、ディラン。顔を見せて」

 下から覗き込んでいるため、ある程度は見えていたけれど、改めてディランの意思でオリビアに顔を見せて欲しいと頼む。

 ディランが黙って片手を緩慢に下ろしていく。彼の端正な顔が、涙で濡れていた。

 泣かせたのはオリビアだ。

「ディラン。貴方のことが好き。子どもの頃から好きで仕方なかった。酷い仕打ちをして、貴方を自分のものだと思うような幼い愛し方――愛じゃないわよね。もうそういうのは止める。故意にはもうできない。貴方が悲しい顔をしていたり、憂いていたり、傷ついていると、私も悲しくなるの。もう、できない。酷い仕打ちはもうできない。信じられないと思うけれど」

「信じます」

 ディランは血を吐くように告げた。食い入るように、ディランの血のように紅い双眸がオリビアを見つめている。彼は、ほとんど声が出ないようにかすれた声となっていた。

「俺も、もう、できない。きっとできないから」

 だから、信じます、と。

 ディランは苦しそうに蠱惑的な声で囁いた。

 オリビアは、ほっとしたのかもしれない。

 ただ、自然とディランの太腿に、自分の頭をのせて、ほう、と溜息を吐いた。ディランが硬直している。

「ディラン……」

 目をつぶり、彼の膝にするりと指を這わせると、オリビアは彼を見上げた。

「もっとお前とイチャイチャしたいわ」

 子供の頃のように言い、内容はド直球だった。

 駆け引きのできないドストレート。

「ぁ……」

 ディランがぎしりと固まり、その後「……ッ」と呻いて、人形じみた美しい顔に血の色が昇っていく。

 どう見ても誤魔化せないくらいに、動揺の中広がっていく喜色は隠しきれていない。

 つけつけしながら、こんな言葉で簡単に。

 オリビアに気づかれたことに気づいたのだろう。ディランの顔面を、さっ、と羞恥が顔面を覆った。

「……」

 お互いに沈黙する。

 


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