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状況を整理させてほしい。
オリビアは、蛇の魔王の後宮の一室、寝台の上で目を覚まし、あまりの情報量に頭痛を覚えた。転倒して頭を打ったら、怒涛の前世の記憶がインストールされ、ぶっ倒れてしまったらしい。
「嘘でしょ……オリビア・バートンって、監禁エターナルモードの悪役令嬢じゃん……あぁああああ」
オリビアは頭を両手でわしづかみすると、苦悶の声を上げてのたうった。
イーストランドの名門貴族であるオリビア・バートンが蛇の魔王の後宮に召し上げられたのは、ほとんど脅しによるものだった。
恫喝のような入宮を促す使者を迎え、バートン家がその長女を魔王に差し出しますと折れたのは、約一カ月前のことである。
蛇の魔王は、ここ十年の間に人界中原を瞬く間に制覇した魔族の王で、彼の後宮には千人の美女が各勢力より召し上げられたという。
バートン家もまた、かの王の使者より、入内せよ、といやらしくも冷淡な脅しを受けて屈したのだった。
問題は、この状況に既視感があり過ぎること。
オリビアの中の人は、どうにか寝台の上で上半身を起こすと、額を抑えて煩悶する。
怒涛の情報が彼女の頭蓋を万華鏡のように踊り狂っていた。これを整理して受け入れるまでに、じっと耐え、脂汗が彼女の白い額に浮かぶ。
生前、地球という星において、低賃金で暮らしていたオリビアの中の人は、連日の過労と栄養不足がたたって、ふらふらとしていたところ、階段から足を踏み外して、気が付いたらオリビア・バートンに転生していたのである。
そしてこの状況は、生前彼女がプレイしたとある十八禁鬼畜蛇王建国シミュレーションRPG、ディラン・サーガの裏モードプレイの状況に酷似していた。
通称、監禁エターナルモード。名前が酷い。
裏モードの正式名称はもっとマシだったように思うが、とにかくこのゲーム、男主人公の蛇の魔族ディランのルートを全てクリアすると、裏モードで、蛇の魔王の誕生経緯とかかわりの深い悪役令嬢のオリビア・バートンを攻略可能になる。そしてオリビア・バートンは、文字通り酷い悪役だった。
でも私なんだよね~~~とオリビアは本当に頭が痛い。
別人ではなく、前世をすっかり忘れていたオリビアが全部やらかしたことなのだ。
実は、世界中を蹂躙し、傘下に収めた蛇の魔王は、幼少期に宮廷魔導士であったオリビアの父が養い子としてバートン家で面倒を見ていた子供だったのである。
名前は、ディラン。半魔族で、その性は蛇。黒髪に赤い目の美しい子供だったが、この子供を幼いオリビアは苛め抜いた。それはもう、列挙するだけ、うわーこれは復讐されますわ、という子供ながらに凄まじい苛めを行った。
まず、母親のデリア夫人は、夫のアーサーがこの子は親友の忘れ形見だと説明しても、表では納得したふりをしながら、全く信じなかったことが発端である。ディランを汚らわしい蛇の魔族に産ませた夫の隠し子と思い、冷遇したのだ。
笑顔の裏で修羅となった夫人による面前虐待を見て、幼いオリビアはこの子は酷い扱いをしてもいいのだと誤学習した。母親が汚らわしい! と言って泣くので、この黒髪の不気味な子どもが原因だな、と幼心に敵視したのである。今となっては、子供に罪はなくね? と中の人のオリビアも思うのだが、でも苛め抜いたのはやっぱり生前の記憶のない自分なので、うわーこれはもう駄目ですわーとなる。
またオリビア自身が、バートン家特有の神秘的な薄い青色の髪に、水を含んだような透明感のある青緑の瞳で、クールでツンとした大変かわいらしい幼女だったのだが、それが悪く作用した。つまり、自分に惚れている従兄弟のレックスとシーザーを取り巻きに、ディランが気持ち悪い目で見たなどと言ってけしかけ、虐待の限りを尽くしたのだ。
オリビアは残酷な気質だったので、従兄弟たちのタガが外れて、ディランがどのような目にあおうと、キャッキャと手を打って喜ぶようなところがあり、もうこれは死にますね……と現在死亡フラグを粛々受け入れている状態である。
また、父親のアーサーは、親友の忘れ形見としてディランを引き取ったとおり、ある程度目をかけていたのだが、空気が壊滅的に読めないところがあり、妻と娘が目を覆うような酷い暴行をエスカレートさせているのに全然気づかなかった。
そうしてディランはいじめに堪えかねて、十二歳になると、出奔してしまったのだ。まあ当然だろう。
その後、なんやかんや十年経過し、蛇の魔王として、中原を貪欲に征服し始め、瞬く間に手中に収めた。彼がゲームの男主人公なので、ご都合だろうがなんだろうが、そういう次第である。
なおこの過程で、宮廷魔導士のアーサーは、蛇の魔王軍に対して果敢にその進軍を止めるべく出征したものの、魔王軍の幹部に重傷を負わされ死亡。
このあたりから、バートン家の凋落は坂の上を転がる玉のように加速し、ついには蛇の魔王ディランは、自分を苛め抜いたオリビアに後宮に入れと恐喝まがいに使者を送ってきたのだった。
どう考えても、意趣返しである。
子供の頃に虐待の限りを尽くされた男主人公のディランが、魔王になって復讐を手始めに開始したとみてよいだろう。
ゲームでは本当にこの後、オリビアはどのルートに入ってもろくでもない。
男主人公との好感度を上げようが下げようが、死刑囚の男たちに下げ渡されて監禁輪◯妊娠エンド、蛇の魔王ディランに拷問され、蛇の子を孕む監禁エンド、あげればきりがないが、全部監禁エンド。製作側は、何がなんでも監禁エンドにしたいようで、どんだけ好きなんだよ、狂った性癖か⁉ レベルに監禁エンドしかない。唯一、好感度を0ラインに上げも下げもせずの場合は、一生塔に閉じ込められるものの特に痛い目には遭わない無風監禁エンドである。
ちなみに後宮に入る前に逃げ出すと、監禁エンドよりも更に酷いエンドが待っており、今回オリビアはその惨いルートだけは回避して、後宮に大人しく入ったようである。
色々と思い出したオリビアが目指すべきは無風エンドだ。
好感度を上げ過ぎても、下げ過ぎてもいけない。
というか、生前記憶がインストールされただけで、自分がオリビアなので、よくわかるのだが、私、ディランのことが好きだったみたい……嘘やろ、と更に頭痛を覚えた。
好きな子を、自分に惚れている従兄弟二名をけしかけて苛めるとか、もう本当に救いがない。でも同時にオリビアは、蛇の半魔族でもあり、もしかしたら腹違いの弟であるディランを蔑んでもいた。ちなみに、弟ではなかったのだが、その蔑みと、近親相姦への忌避感及び恐怖(勘違い)から、彼を虐待したのだ。
いや~どんなに謝ってももう許されないし、無理。
オリビアはすっぱり諦めた。
要するに私、男主人公のハーレム要員の一人にされたってことだけど、調子こいて拒絶したり、あるいは媚び売ったりしても、鬼畜監禁延々妊娠エンドってことか……産んでも産んでもひっきりなしに孕まされる。もう産む機械だ。無理……絶対ごめんである。人としての尊厳、守りたい……お願いします。
慇懃無礼に行こう。
オリビアは決めた。敬意をある一定払うが、媚びととられないように、淡々と。もうそれしかないだろう。
そうしたら、蛇の魔王の先触れがあって、ディランがオリビアの寝室を訪れるという。
え~私に拒否権……ありませんよね、とオリビアは内心思いつつ、わかったわ、と冷淡に応えたのだった。