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ELYSION  作者: 秋風スノン
第4章 正義の境界
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第68話『ひとりきり』

 黄昏時、目を閉じた混血の復讐者は闇の中へ落ちていく。

 

 首にかけられた飼い主の呪いは、最後まで彼を縛り付けていた。

 遠のく意識に身を任せ、いっそこのまま眠ってしまおうと思っていたその時――。


『ハーヴェン』


 耳の奥で自分を呼ぶ声がした。

 

「……!」 

 

 懐かしい声に呼ばれ暗闇の中で目を開くと、目の前の景色は流れ、いつの間にか西の森にある亜人のアジトの椅子に座っていた。

 

 亜人解放組織のアジトにしていた洞窟は変わらず、嗅ぎなれた草と水の匂いがしている。

 気配に気付いて目を上げれば、同じ年頃の数人の亜人達が立っていた。


『また寝ていたのか?』

 

『全く、お前はたまに来たと思ったら、寝てばかりだな!』

 

『寝すぎると夜が眠れなくなるよ』

 

 からかいながら笑う亜人の少年達は、驚いているハツを見ると顔を見合わせ頷き合い、それぞれが床に置いていた荷物を背負う。

 

「どこに行くんだ?」


 ハツは嫌な予感がし声をかける。

 彼らがどこに行こうとしているのかわかってしまったのだ。忘れるわけがない。

 だって、間違えようがないのだ。


 彼らは……彼らは、間違いなくあの夜のガリアンルースで死んでいるのだから。


「待ってくれ! 行くな、行かないでくれ……!」

 

 止めようと椅子を蹴り走る。一人が振り返り、たれ目がちな(ひと)つ眼を細めて言う。

 

 『お前は、何もかも一人で背負ってしまっていると思っていたけれど、仲間がいて安心したよ。これで、心配することなく逝ける。ありがとう』

 

 そう言うと、振り返った残りの亜人達もハツに笑いかけた。

 ハツは強く首を振り、震える声で否定する。


「違う……違う! 何も、出来ていない……俺は自分の復讐を果たす為、人間に情報を流した……また裏切った! レオンドールだって殺せなかった、お前達をお前らの仇を討てなかった……この森も守れなかった……」

 

 ガリアンルースの亜人区画で、襲撃があると人間に情報を流したのはハーヴェンだ。

 亜人の王と人間の反逆者をレオンドールの前へ突き出し、対価として森を守ろうとした。

 

 なぜ、この事を解放組織の亜人達に話さなかったのかは自分でもわからない。

 

 死んでいった仲間の為にレオンドールへ刃を振り下ろした。なのに、所詮は奴隷だと烙印を押され返り討ちにあってしまった。


 その現実が罪悪感となって、黒い波のようにハーヴェンの心を飲み込む。

 

「は……っ、そうさ、刺し違えてでも殺さなきゃならなかった……絶対に俺がやらないといけなかったのに邪魔された……!」


 胸に残る憎悪が燃え上がり、醜く引きつった表情を隠す為に両手で顔を覆う。


「――……は?」

 

 刹那に、自分を助けようとしたジークの顔が浮かび、ハツは正気に戻る。

 亜人達はそっとハツの肩に手を置き、やんわりと首を振った。


『違うさ、結果はそうでも後悔はないんだ』


『でも、戦うと決めたのは自分自身だ。だからどうか自分を追い詰めないでくれ』


『ありがとう、ハーヴェン。お前はどうか生きてくれ』


 立ち尽くすハツに、晴れ空のように笑ってそう言った亜人達はアジトの外に広がる暗闇へと向かう。


「待って……置いて行かないでくれ、一緒に死なせてくれよ…………」

 

 ハツは涙交じりに訴え手を伸ばす。けれど、消えて行った仲間の欠片を掴もうとした手は空を切った。


 暗闇に包まれた世界の中でひとりきり。


 胸を引き裂く喪失感と絶望で涙があふれ、瞳に留まれきれず零れ落ちた時、遠い記憶の中で聞こえた。


『ハーヴェン? どうしたんだい?』


 柔らかい秋風のように落ち着いた眼鏡の男が、赤毛の亜人の女と並んで立っていた。


「!」 

 

 ハツは弾かれたように顔を上げ、涙を拭う事も忘れて食い入るように夫婦を見る。


「父さん、母さん……?」

『そうだよ』

『ずいぶん久しぶりになったなぁ』


 名前を呼べば二人は頷いた。

 ずっと会いたかった両親は、あの頃のまま何一つ変わらない姿をしていた。

 

『それより、男は滅多に泣かないもんだ、どうした?』


 昔から男勝りな母は笑うと眉間に皺が寄る。この笑顔を見ればどんな悩み事も飛んでいったのを思い出す。


「なんで、二人とも死んだのに……」


 ハツは信じられないと自分の目を疑う。自分の最後で両親に会えるなんて思ってもみなかったからだ。

 とうの昔に捨てた恋しい思いが溢れ、子供のように表情が崩れる。


 いつの間にか、体は幼いの頃の姿に戻っていた。

 

『もしや、お前が泣いてやしないか心配になってね?』


 そう言った父は、分厚い眼鏡レンズの奥で優しく微笑みハツをそっと抱きしめた。


『お前には復讐なんて忘れて、どんな形でも生きていて欲しかった……』

 

「なんで、なんで父さんまでそんなことを言う! 二人を殺した奴が幸せになっていいはずがない! そうだろう⁉」


 父の(うれ)い沈む声を聞いたハツは、歯を食いしばり訴えた。

 まるで、生き残ったことが罰なのだと、自分を追い詰めていく我が子を母親が抱きしめて言う。

 

『やめな、もうあたしらは死んだんだ。復讐はおしまい。あんたは、あんたのまま生き抜きなさい』

 

 昔と変わらないぶっきらぼうな物言いだが、決して揺るがない母の愛情が込められていた。


『憎しみに囚われて生きないで、怖がらずに目の前の絆を信じなさい』


 頷いた父は、ハツと自分の背を手で測って比べ、はは……と寂しげに笑う。


『大きくなったな、ハーヴェン。お前は、私達の大切な息子だよ。自慢の子さ』


『生きなさい、生きて自分の人生を進みなさい。あんたは、あたしが産んだんだ。出来るだろう?』


 力強く豪快に笑った母は、言葉と裏腹に離れたくないとハツを強く抱きしめる。

 ずっと会いたかった両親の愛を胸いっぱいに受け、ハツは目を閉じた。

 わかっている、これは走馬灯で幻覚だ。


 死んだ仲間も、両親ももういない、会えるわけがない。

 それでも、幻覚だとわかっていても心は束の間の幸せを選んだ。

 

『愛しているよ、ずっとどこにいても……』


 寄り添い、幸せそうに笑う二人の姿が闇の中に薄れていく。

 ハツは暗闇に溶け込んで消えていく両親を追わず、涙を拭って無言で見送る。

 

 本当は心の中でわかっていた。両親が復讐を望んでなんかいない事を。

 二人は死の間際、ただハーヴェンさえ生きていてくれたらそれでいいと、それだけを願っていたことを知っていた。


 知っていて、蓋をしてなかったことにしていたのだ。


 弱い混血の亜人が一人で生きるには、世界は無関心で残酷だ。

 幼いハーヴェンが生き残るには、他人を利用し切り捨て、自分の身を優先させるしかなかった。

 

 昔、人間に飼われた亜人奴隷である母と、その家で働いていた父は恋に落ちた。

 手を取り合って逃げ、誰にも見つからない森の中で暮らし、遠くの星に平穏な願いをかけた。


 襲撃の日も森へ果物を採りに出ていた。何のことはない、いつもの一日だ。

 その日が、両親をいっぺんに亡くす事になるなんて誰が予想出来ただろうか。

 

 ただ、復讐を生きる理由にしなければ、つらくてしかたがなかったのだ。


 元の暗闇に戻り、静寂が訪れた時。

 今度は汚れた毛布に頭から包まり、嗚咽をもらす子供の姿が浮かび上がった。

 

 歳は十歳にも満たないくらいだろうか、毛布からはみ出ている濁った青く長い髪と傷跡だらけの手足。

 不衛生でみすぼらしく、虐待を受けているのだと一目でわかった。

 

 ただひたすら、うわ言のように「ごめんなさい」と繰り返す姿を見下ろし、毛布をはがそうと手を伸ばした所で、子供の潤んだ両眼が向けられた。


 

 次の瞬間、目の前に一面の夕陽に染まる赤い空が飛び込んできた。

 

 それと、こちらを見下ろすリズの顔が映り、感情のない二つの青が見つめていた。

 


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