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ELYSION  作者: 秋風スノン
第4章 正義の境界
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第61話『正義の境界』

「……」 

 

 ハツは、目の前で起こった事に目を見開いたまま、口の端を吊り上げていた。

 

 フューリーが死んでしまうのは想定外だったが、たいして興味はない。


 それよりも思い巡らせていた事が全て順調に進んでいるのだ。

 目の前に立つ嵐龍王は、まさしく待ち望んだ存在。


「ロディオール……」


 その名を噛みしめるように呼べば、かの王は振り返り、切ない表情で俯く。


「ハツ……そうだよ。今まで黙ってて、ごめん……」


 そう言って口を引き結ぶ姿は、先ほどの威風堂々とした姿とは変わり、背負う運命に潰れてしまいそうなほど弱々しい。

 ハツは何も言わず首を横に振る。


「僕、キミが解放組織を率いてくれていて嬉しかったんだ……」


 今にも消え入りそうな声を絞り出すシャオロンは、重々しい表情を崩さないようにと我慢していたが、ぐっと固く結んでいた口を解くと、ぎこちなく微笑んだ。


「亜人が全員この状況を受け入れたわけじゃない、一緒に戦えるんだって……! だから、こんな不完全な力しかなくても立ち上がれたんだ……!」

 

 息継ぎをするのも忘れる勢いでそう言ったシャオロンは、亜人の王ではなく友人としてハツと話していた。

 感情の波に揺られる声は柔らかく、変わりのない彼の本心だ。


「そうさな……」

 

 微かに口角を上げたハツは、それ以上は答えない。

 ただ、真っ直ぐに前を向き、同胞の(かたき)である人間へ意識を向けた。


 その時、スペル部隊の一人が杖を掲げて詠唱を読み上げ叫んだ。

 

「こ、このっ……亜人の分際で、よくもフューリー様を……! 魂の罪を清める光よ!」

 

 男の杖の先から放たれた球体が弾け、辺りに白い魔法の粒子が頭上を舞う。


「女神の白き星の輝きとなれ!」


 最後の一節を合図に、無数の光が矢のように曲線を描き二人に降り注いだ。


「下がって!」

 

 そう叫んだシャオロンはハツを庇って光の矢を受けると、圧縮された魔力が皮膚を焼いて嫌な音を立てる。

 

「邪魔を……するなァッ!」


 黄金眼に怒りの炎を灯すシャオロンは、腕の痛みを振り払い、力任せに反撃の突風を起こし奴らの体を切り裂いた。

 

 辺りに悲鳴と動揺が広がり、シャオロンは感情の高ぶり抑えるように白い息を吐く。

 同胞の仇である人間を前にし、冷静ながらも確実に息の根を止めようと足を踏み出した。

 

 だがその時、彼の体は支えを失ってふらりと体勢を崩し、地面に膝をついてしまった。


「……ッ!」

 

 苦し気なシャオロンは強く目を擦り、意識を保とうと拳を強く握った。

 衝動的に腕を龍体に変化させた反動なのか、顔色が悪く息も上がっている。


 ハツはゆっくりと歩みを進め、何も言わず手を差し出した。

 

「ありがとう、キミが一緒なら戦えるよ……」

 

 顔を上げたシャオロンは、迷わずその手を強く掴む。

 込み上げる脱力感と疲労を気力で耐えながら、きっかけをくれた仲間に希望を語る。

 

 これから一緒に戦える喜びと、勇気をもらえたことが純粋に嬉しかった。


「なぁに、いいさ」


 ハツはこんな状況でもいつものように、明るくニヒヒと笑う。

 

「俺様は亜人さからな。本当は初めて会った時におめぇが何者かなんて知ってたんさ」


「そう、だったの……?」


 シャオロンは驚いて目を丸くする。ハツはそんな彼の肩を軽く叩くと頷いた。


「そうさ。それでも亜人の前で名乗り出ねぇってのは、きっと何かの理由があるんだろうなって思ってたさよ」


 だから……と続け、顔を伏せたハツは貼り付けたような笑みを深めた。


「ここで、この場で正体を明かしてもらえて本当に感謝してるさ?」

 

「……ハツ? どういう……」


 言いようのない違和感にシャオロンが顔を曇らせたその時、二人を取り囲んでいたスペル部隊は負傷者を後ろに下げ、一斉に杖を持ち上げた。

 

 ――次の攻撃が降りかかる。


「ハツ! まずはここを突破しよう、援護を頼みたい!」


 向けられる殺気に表情を引き締めたシャオロンは、立ち上がりハツを背に庇った。


「……そうさなァ…………」

 

 深い息を吐き出したハツは、自分を守ろうと前に立つシャオロンの背中を見据え、一度だけ目を伏せると、何かを決意したように深緑色の瞳を開く。

 

 傷だらけの右手で固く握るのは、猛毒を塗り込めた刃。

 そっと自身の首元を指でなぞれば、『敗北者の証』が屈辱と痛みを呼び起こす。


 正義の境界は、いつも曖昧(あいまい)なものだ。

 だからこそ人は迷い、自身の正しさを証明したがるのだろう。

 

 

「正義……か……」


 ハーヴェン・ツヴァイは、一度だけ空を仰ぐと(くら)く虚ろな瞳を細める。

 もし、この願いが叶うのなら、どうなったっていいとさえ思えていた。

 

 忘れられない記憶の奥底で、木漏れ日の中で両親に囲まれ、幸せそうに笑う少年がいた。


「なぁ、もう全部……壊してくれよ…………」

 

 

 誰にあてたものでもなく静かにそう呟いた時には、既に刃は振り下ろされていた。

 


 風は止み空気が震え、張り詰めた空間でシャオロンは金色の瞳を大きく開く。

 

「――……え?」


 何が起きたのかわからずに視線は彷徨い、酸素を求めて呼吸は早くなる。


 ハーヴェンが恨みと憎しみを込めて突き立てた刃は、彼の肩甲骨の間に深く沈みこんでいた。


 決して抜けないよう、刃の根本まで押し込んだ傷口からは、命の証である赤い鮮血が流れている。

 

 シャオロンが後ろから刺された事を理解するより先に、刃に塗り込められていた猛毒が瞬時に血流を駆け巡り、内臓が(むしば)まれていく。


「ッ……あ、ぐッ……!」

 

 彼の小柄な体がぶるりと震え、焼かれるような痛みと息苦しさで咳き込み、どろりと粘度のある血を吐き出した。


「うあぁぁっ!」

 

 体が激痛に耐えかねて叫ぶ。

 大きく見開いた目や鼻、耳からも赤い血が流れ出ていき、すぐに毒だとわかった。


「ハ、ツ……」

 

 振り返ったシャオロンの目に浮かんでいたのは、困惑と悲しみだ。

 激痛に耐えきれず地面へ横たわれば、仲間であるはずのハツが見下ろしていた。


「はは……無様さなァ……この刃は魔力を込めて作られたものさ」

 

 静かで冷たい二つの瞳は、冷酷に細められる。


「どうし、て……こんな……こと……」


 シャオロンは、頭の中をかき回される感覚と、体中を走る痛みに苦しみながら声を絞り出す。

 そんな彼を見下ろすハツは、眉ひとつ動かさず答える。


「どうして? そうさなァ、ひとつ面白(おもし)れぇ事を話してやろうさな」


 徐々に弱っていく亜人の王を満足げに見つめるハツは、彼の龍体化した右手をブーツの(かかと)で踏みつけ、かがんで体重をかけた。

 

「ある、孤児の話さ」

 

 そう呟くと、血と砂で汚れたハニーブラウンの髪を乱雑に掴み、力づくで持ち上げた。


「昔ある街で、一般民の人間の男が雇い主の亜人奴隷の女に惚れちまったそうさ。事もあろうに、男はすぐに女を連れて逃げ、奴隷としてではなく一人の亜人として接していった」


 思い出を語るハツの声は淡々としている。


「すると、男の優しさに触れた女は、相手が人間だと知りながらも愛した。そうして、互いに愛し合った二人は人里離れた森の中で隠れ住むようになったそうさ」


「……」

「二人の間には子供も生まれ、それは幸せな日々が続いた……」


 痛みと息苦しさで顔を歪めたシャオロンは何も言わない。抵抗もせずただ、黙って話を聞いていた。


「だがな、女の持ち主が逃亡奴隷の追跡を依頼し、白狼(はくろう)が家族を襲った。逃げ惑った末に戦う(すべ)のない両親は食い殺され、生き残った幼い子供も瀕死の重傷を負ってしまった」


 この話は、人間と亜人のハーフの行く末を語るものだ。


「子供は死んじまった両親が恋しくて離れられず、泥水や虫、それこそ何でも食って生き延びた。そうして何日か経った頃、やせ細り死にかけた状態で通りがかった人間に拾われた」


 ハツは、シャオロンの顔を無表情で見つめたまま、物語の続きを話していく。


「人間との暮らしは幸せとはほど遠く、深い恨みと後悔……どうしようもない無力感に子供は絶望した。亜人でもなく、人間でもない混血児は誰にも受け入れられず孤独に過ごしたさ」


 気付けば、人間達は二人を包囲したまま動きを止めていた。

 異様な空気は充満していき、まるで獲物の最期を見届ける捕食者のようだ。

 

「どれだけ泣いても抱きしめてくれる腕はない。ただひとつ、両親が愛してくれた薄い記憶だけが、あの子が存在していた証明なんさ」


 幼い亜人の子の話をするハツは、最後の締めくくりにシャオロンへ問いかける。

 

「その子供がどうなったか……お前にわかるか?」

 

 そこまで話しきったハツは、シャオロンに顔を近付けると制服の首元に指を引っかけ、あるものを見せつけた。

 

「……!」


 彼の首に刻まれた四大貴族の金の紋章を目にした時、シャオロンはそこで初めて何が起きていたのか気付く。

 悪趣味な金の紋章は、人間の王であるレオンドールが所有物に刻むものだ。


 その意味がわからないほど馬鹿じゃない。


 裏切られた……罠にはめられていたと気付いても、もう遅い。

 シャオロンは声を出す事も出来ずに、視線は一点を見つめたまま動かせなかった。

 

「生きて来た中で、地獄なんざ何度も見ている。最後までロディオールが助けてくれると信じながら死んでいったやつもたくさんいる。故郷に帰りたいと泣いたやつらも!」


 ハツは、自身の首元にある『敗北者の証』である奴隷印を撫でながら言う。

 

「だから、お前に会えた時……本当に嬉しかったさ。これで、願いが果たせるってな! 亜人を見捨て、馬鹿な人間共のマネゴトをして幸せそうに笑う姿に、何度吐きそうになったか!」


 彼の中にあるのは黒い感情の果てなのだろう。

 亜人を捨て、両親を亡くすきっかけを作ったロディオールに対する憎悪と恨みだ。

 

「これが間違っていようが……俺様は、亜人を見捨てたお前をぶっ殺せるなら、どうなったってかまわねぇ……それが、俺様の正義だ!」


 激しく感情を叩きつけたハツは、憎しみが渦巻く胸の内をぶちまけ、シャオロンの背に刺さる凶器を引き抜いた。


「うあぁっ……!」


 背中から流れ出る血の量はさらに増し、殺気立った黄金眼がハツを捉える。

 血塗れの黒い刃を下ろしたハツは、恐れず真っ向から見返す。


「簡単には死なせねぇ、お前は苦しんで苦しみ抜いて……無様に這いながら死ね……!」


 胸に溜めた憎しみごと吐き捨てたハツは、シャオロンの血で汚れた顔を地面に叩きつけた。

 そうしてゆっくりと立ち上がり、種族特有の牙を見せて(あざけ)わらった。

 

「――……」


 猛毒が体中に回り、何も言えず浅い呼吸を繰り返していたシャオロンは、ハツに何かを伝えようと手を伸ばしていたが、限界が来てしまう。

 

 気力だけで繋ぎとめていた意識を手放してしまい、力なく下ろされた右腕は龍体が解けて元の人型に戻っていく。


「……遅いんさ……もう、何もかもよ…………」

 

 毛量の多い金の前髪を後ろへ流したハツは、シャオロンの体を持ち上げ肩に担ぐと、亡くなった同胞(ネイス)たちを見下ろし、そっと目を伏せた。

 


 一方その頃。


「はぁ、はぁ……ここどこだい⁉」

 

 途中でガリアンルースの傭兵に見つかってしまい、追いかけられていたジークは、自分でもどこを走っているのかわからない状態になりながらも逃げていた。


「いたぞー! あの特徴的なショッカク頭……捕まえろッ!」

「どわぁあ! こっちからも来たーッ!」


 挟み撃ちにされるたび道を変えるのだが、結局先回りされている為、結果として追手がどんどん増えている謎な状況。


 もはやジーク自身にも、彼に寄り添うフィアにもわけがわからない。

 適当に曲がり、行き止まりに差し掛かってしまった所で、ジークは信じられないものを見てしまう。

 

 火の手が上がり、倒壊しそうな建物の間を進むガリアンルースのスペル部隊のあとに続く後ろ姿は、仲間であるはずのハツだった。

 

 そして、彼の肩に担がれているのはシャオロンだ。


「ハツ!」


 ジークは驚いて立ち止まり、彼の名を呼ぶ。

 もしかすると、作戦が失敗して捕虜になってしまったのだろうか。

 だが、その声はハツには届かず振り返る事はない。


「ハツ、シャオロン! 今たすけ……ぐ!」

 

 追いかけようとした所で、マフラーの端を掴まれてしまい首が締まった。

 背後から兵士の腕が伸び、抵抗する間も与えられずに手錠がかけられてしまう。


「クソッ! やめろ、放せ!」

 

 それでも逃れようと暴れるが数で押さえつけられてしまい、何かで頭を殴りつけられてしまった所で、ジークはようやく抵抗を止めた。


 何が起きているのかわからずに、シャオロンを連れて去っていくハツの背中を見ている事しか出来なかった。


「何で……どういう事なんだい……?」


 ジークは、言いようのない不安と焦りで奥歯を噛みしめる。

 連行されながら辺りを見渡せば、戦いを終えて静まり返ったこの地にはただ、焦げた鉄と土に混じった血の臭いだけが残っていた。



 一夜明けた朝。

 

 レオンドールの街はいつも通り賑やかで、壁を隔てた向こう側の亜人区画も、昨日の亜人解放作戦の騒動が嘘のように収束し復旧作業が始まろうとしていた。


 何も変わる事がない、亜人奴隷の収容所として使われていくのだ。


 この戦いで息子を失ったセリオン・ミラナは、怒りと悲しみに暮れているという。


 たくさんの犠牲を払った亜人解放作戦は、たしかに成功した。

 けれど、これは根本的な解決にはならない。


 数日後、ホワイトランドの南……エリュシオン傭兵団の本部があるレオンドール城にて。

 

 国家に対する反逆を犯した三名の裁判が始まろうとしていた。


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