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ELYSION  作者: スノーマン
第一章 はじまりの日
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第6話『今から奇襲する!』

 次の日、暖かい陽の光を顔に浴びたジークは目を覚ました。

 瞼は軽く、我ながらこの状況でよく熟睡したものだと思う。

 それでも、堅い石の上で寝ていたので疲れの取れ具合はイマイチだ。


「ふわ~ぁ……」

 それはともかく、よく寝たなぁ、とあくびをしているとシャオロンがいなくなっている事に気付いた。

「……あれ?」

 ジークはまだ完全に起きていない頭で考える。


 昨日はあんな友好的に握手までして、よく覚えていないが長い名前も教えてくれたにも関わらずいないという事。

 それはつまり……。


「そうか、わかった……」

 ジークはフフッと自嘲気味に笑うと、立ち上がり金色の前髪をかき上げた。

 

「さては、トイ……」

「ヤメテくれナイ?」

 すかさずシャオロンがものすごい速さで草むらから顔を出した。


「え、何やってるんだい?」

 思わぬ所から出てきた事に驚いたジーク。

 シャオロンはニコリと笑うと、両手に握ったモノを見せる。


「じゃーん! 食べられるキノコを探してたんだヨー」

 そう言って彼が見せたのは、何やら赤と白の毒々しいキノコだった……。


「それ、多分食べられないと思うんだぞ……」

 多分、いや、絶対……と腰を落としたジークは、石像にもたれて腹の底から低い声を吐き出す。

 思えば、昨日から飲まず食わずだったので何か食べる物がないか鞄を漁ってみるが、何も持っていないのだった。


「食べル?」

「いいのかい?」

 おいしいヨ、と差し出されたものを見た瞬間、真顔になるジーク。


「なんだい、これ……」

「その辺にアッタ葉っぱ」

 淡々とそう言ったシャオロンは、本当にその辺に生えていた草をむしると、むしゃむしゃと食べていた。


「……シャオロン、頭は大丈夫かい?」

 ジークは疲れのせいか、遠慮というものを投げ捨てていた。


 けれど、その辺の葉っぱでもが何だろうが口に入れておかないと体が持たないとわかっているので、おとなしく口に含む。

 独特の風味はあれど、思ったよりもエグみはない。それどころか、これは……。


「お、おいしい……!」

 なぜだかわからないが、不思議な味がクセになり噛めば噛むほど甘さがあふれてくる。


「デショ。これに果物があればモット工夫が出来たんだよ、甘酸っぱく煮たらモット美味しいネ」

「確かに! もしかして君は料理が出来るのかい?」

 シャオロンはジークが食べ物の話題に食いつくと思わなかったのか、少し驚いたような顔をしていたが、すぐに話に戻った。


「そうだヨ。ほんのちょっとダケド、僕の故郷では自然に感謝しながら食べるンダ」

 そう言ったシャオロンは嬉しそうに鼻を鳴らした。


「ふんふん、材料がそろったらぜひ作ってくれよ。美味しいものが食べたいんだぞ!」


 想像の中の豪華で美味しい料理を思い浮かべながら、ジークは噛んでいた葉っぱを飲み込んだ。

 そして、ほんのちょっとだけシャオロンを疑った事を恥じたのだった。


 食事もほどほどに、ジークはこれからの事をシャオロンに話した。


「さて、ここまで何とかなっていた俺達だけど、そろそろ仕掛けようと思う」

「ウン、まずはどうするノ?」

 シャオロンは真剣な顔で頷く。

 ジークは辺りを見渡し、自分達の他に誰もいない事を確認すると声のボリュームを落としてこう言った。


「今から、この遺跡で休んでいたチームを奇襲する」

「奇襲!こんな朝から奇襲!?」

 

 ジークからのまさかの提案によほど驚いたのか、シャオロンは大げさなほど仰け反る。


 それも、くしゃみをする寸前のような独特の顔で。実に斬新かつ素直な反応である。


 だが、ジークは本気だ。


「もちろん、策は用意している。罠をしかけてかかった所をうまく気絶させるんだ。もちろん、試験官が見つけやすいところに寝かせるんだぞ!」

 ジークとしては、ここが殺し殺されの場だとしても自分の目的の為に人の命を奪いたくない。


「相手が殺しに来るって言うノニ、甘いネェ」

 シャオロンは呆れたように、けれど楽しそうに笑う。


 人を殺める事に積極的じゃないのはシャオロンも同じだのだろう。

 こんな太陽も上り切った朝から奇襲をかけるという突拍子もない作戦に驚いていただけで、こちらから仕掛けるという事には賛成しているようだ。


「よし、じゃあ俺に任せてくれよ。頼りっぱなしにはならないんだぞ!」

 そう言うとジークは得意げにニヨン、と笑った。


 そうして、数時間後。

 草むらに潜んだジークとシャオロンは、目の前に作った落とし穴へ誰かが落ちるのを待っていた。


 穴の底には先端が軽く尖った枝が敷いてあり、落ちれば尻にグサリといった仕組みになっている。

 この遺跡の周りの土は意外にも固かったが、協力すれば何とかなった。


 地面に集めた落ち葉をご丁寧にかぶせ、罠だとわからないようにしているが、そもそも明るくなったこの時間に、わざわざ人目につく遺跡に来る事はないだろう。


 人影どころか、動物や魔物すらも現れない。ついでに、かれこれ二時間は経っている。

 ジークは流れてもいない汗を手の甲で拭い、やり遂げた漢おとこの顔で遠くを見つめた。


「……ふぅ、失敗があるから成功があるんだ」

「ウン、次は僕の提案で行かナイ?」

 なんと無駄な時間だったのだろうか……。

 二人は早々に諦めて次の作戦へと移った。


 第二の作戦は、シャオロンがじっくり考えたものだ。

 シャオロンは野草や自然の事に詳しく、草むらからとある物ブツを探し出していた。


 ポイポイ草と呼ばれるそれは、とても甘い匂いがし、嗅げば三日は眠ってしまう睡眠作用があるのだという。

 シャオロンはそれを細かく粉になるまですり潰し、石の上に置いて日光で乾燥させた。


 次に白く変色した粉を、持っていた小さな白い袋に一つひとつ丁寧に詰めて匂い袋を作っていく。

 最後に自分達は間違ってもポイポイ草の匂いを嗅いでしまわないよう、残りの布を使って用意した覆面を被る。


「ヨシ、これで眠った人達は目が覚めたら試験も終わってる状態だヨ!」

「そうだな、これをうまく渡せばあとは待つだけだな!」


 目の部分だけ穴を開けた真っ白な覆面を頭からかぶっている姿は、どこからどう見ても不審者でそれ以外の何者でもない。

 だが、大真面目な二人は早速ポイポイ草を通りがかるライバルに渡そうと、人が集まるであろう森の中にある湖の草陰に隠れる。


 数分後、目の前を狙い通り水を飲もうと男女のチームがやってきた。


「サテ、問題はどうやって渡すかダケド……」

 ぼそぼそと小さな声で話すシャオロン。


 ここまでやっておいて、渡す手段はノープランなのだった。


「よし、行ってくるぞ!」

 ジークはすかさず草むらから踊り出ると、ポイポイ草で作った匂い袋を女の子の目の前に、まるで思いを込めたラブレターを渡すかのように綺麗な姿勢で突き出した。


 そして、反射的に受け取った相手の反応が返ってくる前に素早く身を隠す。

 通りがかる人に唐突に草むらから出てきて、匂いのする白い袋を握らせて逃げる様は、どこからどうみても危ない薬を渡そうとしてくる不審者のソレ。


 そうして数人に渡した所でジークは正気に戻り、真顔でシャオロンの肩を強く掴んだ。


「違う。シャオロン、違うぞ! これ、普通の不審者だ!」

 普通の不審者とは何なのだろうか……。ジークは恥ずかしさで覆面を投げ捨てた。


「アレ? 違うノ? 北の領地にいた時、こういうの見たンだけどナァ……」

 そう言って反省したように頭を抱えるシャオロンだが、顔は伏せても口は笑い、肩も小刻みに震えていた。


「北は治安が悪いから……」

 ジークは溜息をつくと、顔を洗おうと湖の水面へ身を乗り出した。


「……俺は君みたいに力があるわけでもないし、うまくいかないなぁ」

 ぼんやりと水面に浮かぶ木の葉を見つめるジーク。


 記憶の大半を失くしてしまったジークは、自分がどうやって戦い、何が得意で生計を立てていたのかすらも思い出せない。エリュシオン傭兵団に入るのも、特に理由はなかったりもする。

 シャオロンはそんなジークの隣に座り、くしゃくしゃの覆面を背負っていた鞄の中にしまう。


「……うーん、僕は力が強ければイイっていうものじゃないと思うヨ」

 ぽつりとそう言ったシャオロンの横顔は、どこか寂しそうに見えた。

 ひとまず渾身の奇襲?作戦も失敗に終わった所で、少し休憩する事にした。


 正直、こうしてほとんど戦わずして生き残っている事が奇跡なのだが、ジークもわかっているように逃げ回っていてもいずれは戦う事になるのだ。

 その時、仲間に頼ったまま何も出来ないままでいるのは嫌だった。

 

 湖の側にある石の上に座っていたジークは何かに気付き、突然立ち上がって走り出した。


「ジーク⁉」


 慌てたシャオロンも後を追う。湖のぬかるんだ土を勢いよく蹴り進んだジークは、ある場所で立ち止まり木の陰に身を隠した。


 追いついたシャオロンも何が起こっているのか気付く。


「さっき、こっちで争う二チームが見えたんだ」

 息を整えながらそう言ったジークは、きらきらと目を輝かせていた。

「こっちは二人なんだから、この戦いで勝った方を倒せばいいんだぞ!そうしたら、最小限の力でも倒せる!」

 そもそも、通常は数人で挑むこの試験を二人で突破するなんて正攻法では無理なのだ。


 基本的に切り替えが早く、自分が間違っていると思う事はきっぱり拒絶するジークだが、何もしないまま終わるという事はしないのだ。


「間違ってはないケド、なんかフクザツ……」

 シャオロンは顔を引きつらせているが、実際そうするのが一番手っ取り早いのはわかっていた。


 全力でぶつかり合うどちらのチームにも魔法使いがいるようで、鮮やかな色の光が混じり弾ける様子はきれいだ。

 前衛を務める盾は強固で、光の矢が降り注ぎ、黒い雨が光を塗りつくす。


 チームのそれぞれが自分の持てる力を合わせて戦う姿は美しく、目が離せない。

 戦いは互角かに思えた。


 だが、徐々にひとり、ふたりと人数が減り劣勢になり、瀕死の仲間を肩に抱えた少年が自身も負傷しながら森へと逃げ込んでいく。

 ほぼ絶望的な状況でも、助かる可能性にかけての逃亡だろうか。


「あれ?」

 ジークは少年の姿を目にした時、目を見開いた。

 決着がつきそうなら奇襲する機会を伺わなければ、とシャオロンはジークを見上げた。


「行く?」

「いや、狙うのはやめよう」


 即答し、緩んでいたマフラーを巻きなおすジーク。


「どうしたノ?今じゃナイノ?」


 不思議そうに聞き返すシャオロン。


 ジークは、肩からかけている鞄の紐を固く握る。

 落ち着こうと息を吐き出し、はやる気持ちを抑えて森に足を向けた。


「森に逃げ込んだやつ……友達なんだ。このまま見過ごせないし、だからその……」

「アー、そういうコトなら知らない顔できないネェ」

 不安そうに視線を合わせたジークがそう言うと、シャオロンは困ったように笑いながら頷いた。


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