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ELYSION  作者: 秋風スノン
第4章 正義の境界
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第56話『アインローズの混血児』

「……え? 何だって?」

 

 ハツが亜人……? 何を言っているのだろうか。

 このタイミングでの爆弾発言に、ジークは半笑いの表情のまま固まってしまう。

 

「そうさ。俺様、亜人」


 驚いている仲間達を見渡したハツは、ウンウンと頷き、一人で勝手に納得している。

 

「だ、だって……いや君、どうみても人間じゃないかい? 耳だって俺と同じ形じゃないか……冗談にしてはあんまり面白くないんだぞ?」


 はは……、と苦笑い交じりのジークは、半信半疑で自分の耳を触って見せる。


「なんさ? 俺様が亜人なのはそんなに意外さか?」

 

 ジークだけじゃなく、レイズやシャオロンまで驚いているのを目にしたハツは、モッサモサの髪を持ち上げたまま耳を見せつける。

 人間の耳は、音の方向を聞き取りやすくする為に丸い形をしているものだ。

 ハツのものも一見すると何も変わらない。


「おっと、このままじゃわからんさな……」


 仲間達の疑う視線に気付いたハツは、目を閉じると大きく息を吸い、意識を集中させる。

 そして、ゆっくりと胸にためた息を吐き出す。

 

 すると吐いた息から白い(もや)が上がり、すぐに彼の雑に手入れされた髪の間から覗く丸い耳がグンと伸びて、黒と金色の毛に覆われていく。

 耳だけじゃない、肩の辺りまでしかなかった後ろ髪は腰の辺りまで伸びていた。


「ま、こんなもんさな!」


 長い獣耳にかかる髪をかき上げたハツは、胸の前で腕を組むと、したり顔でニヤリと笑う。


「そ、それ……耳が伸びた? いや、髪もこんなに長かったかい? どういう……」


「ネ、ネェ!」


 信じられないと瞬きを繰り返すジークを遮り、驚いたシャオロンは食い気味に身を乗り出した。


「その変化(へんげ)能力……もしかして、アインローズ⁉」


 思いもよらない種族との再会に、シャオロンは興奮して目を輝かせている。


「ア、アイン……?」


 何が何だかわかっていないジークは困惑している。


「アインローズ族は、変化(へんげ)と狩猟を得意とする種族で、亜人戦争の時には王族の護衛についてくれた勇敢な一族なんだヨ。まさかまだ生きていたなんテ……! でも、僕は何でわからなかったんだロウ?」


 声を弾ませてそう言ったシャオロンは表情を曇らせる。

 亜人は相手が同じ亜人であれば見ただけでわかる。それなのに、シャオロンはハツが亜人だとわからなかったのだ。

 

「おん? そうさな。死んだ母ちゃんがアインローズとか言ってた気がするさが……まぁ、俺様はハーフさからな!」


 嬉しさと期待で目を輝かせているシャオロンを見下ろしたハツは、そう言ってニヨンと笑う。

 ハーフとは、人間と亜人の間に生まれた混血児の事だ。

 差別を受け生きづらさを抱える彼らだが、ハツは運よく人に溶け込んで生きていたのだろう。


「人間の俺らがわからねぇのはまだしも……」

 

 そこへ、意地悪気に目を細めたレイズがシャオロンを揶揄(からか)う。

 

「お強い白ヘビ様と言えど、ハーフの亜人はわからねぇもんなのかよ」


 フフン、と鼻を鳴らすレイズを横目に、リズはハツに近付くと上から下までジロジロと観察する。


「……なんさ、気持ち(わり)ぃ……」


 リズは人との距離感と空気が読めない。

 感情のこもっていない空色の眼に見られ、居心地が悪いハツは目を逸らす。


「亜人でもリズは驚かない。おかしいとは思っていた」


 リズはそう言うと、ハツの肩に左手の指をあてると、大きく(なな)め線を引くようになぞった。

 ちょうど、あの夜にリズがハツを斬り捨てた所、同じ位置と同じ長さだ。


「あの時、リズは絶対にこいつだけは殺した。手ごたえもあった。なのに、生きていたのは本当に驚いたし、肉体が頑丈な亜人の血が混じっていたのなら納得する」


 いつもと同じく表情を変えないリズだが、以前の事を話す時は目の中に影が落ちる。


「リズ……」

 

 ジークは、それに気付いてリズの頭をポンポンと軽く撫でてあげた。


「そういえば、言われてみれば納得だぞ! だって、あの状況で傷口を縫って回復するなんて人間じゃ無理だもんな!」

 

 これ以上、この子にとっての消えない暗い過去を思い出さないよう、さりげなく話を進めていく。


「確かに。僕よりズタボロだったのに、次の日にはピンピンしてたもんネ。アインローズは自己治癒力も高いカラ、納得できちゃうヨネ!」


 それに重ねたシャオロンは、クスクスと笑って続ける。


「ゲルダさんの時もそうだったケド、ハーフの亜人は人間の血が混じっているから分かりづらいのカモ……」


 そう話すシャオロンは、ゲルダさんの事を思い浮かべて悲しそうに笑った。

 普段から、明るく笑顔でいる事が多いシャオロンは、絶望まみれの現実を前にしても決して倒れない。

 

 ひとりの亜人として世界と向き合おうとする彼は、笑顔の裏にどれほどの苦しみを隠しているのだろうか。

 

 ジークは、そんなシャオロンの力になりたい。

 それと同時に、亜人でありながら人間の自分を支えてくれるハツの気持ちが胸に染みる。

 自らが亜人であると告白するには、それ相応の勇気が必要だったのだろうに。

 

「ちょっと驚いたけど……ハツ、正直に教えてくれてありがとうな! でも、どうして今自分の正体を明かしたんだい?」


 嬉しさと、改めて聞く照れくささに指で頬を掻いたジーク。

 

「はん? なんさ⁉」

 

 ハツは、もう一度傷跡をなぞろうとするリズを蹴り剥がそうとしていた。

 見かねたレイズが片割れを引き離していく。

 

「いや、本当に距離感がイカれてるさ……また傷口を抉られるかと思ったさな……」


「君、リズに何をしたんだい……」


 真顔で苛立ちと焦りが混ざる息を吐き出したハツだが、『また』という事は以前にもあったのだろうか。

 それにしても、あのリズならやりかねないと思うジークだった。


「まぁ、正体を明かした理由さなァ……」

 

 気を取り直したハツは、自身の長い耳を器用に上下へ揺らしながらおどけて答える。


「大したことねぇ。おめぇに賭けてもいいと思った、それだけさな」


「俺にかい?」


 意外な答えにジークは聞き返す。

 

「フフーン?」


 ニヤリと笑ったままのハツははぐらかすと、仲間たちへ向けて両手を広げた。


「さぁ、そんなわけで辛気臭い話はオシマイにして! 本題にはいるさな!」


 ご機嫌な彼の声に応えるように周りの木々がざわめき、森の間を抜ける風に乗って獣の臭いが流れて来た。


「!」


 ――こちらの様子を窺って向けられる視線と気配。一番に気付いたのは亜人のシャオロンだ。

 

「何かいる……!」


 身を低くし、辺りを見回すシャオロンは風の中に混じる臭いを警戒している。


「え、何だい? 猛獣が出たのかい⁉」

 

 ジークは何が起きているのかわからずに焦っている。


「猛獣どころか魔物も出てくるかもな」


 顔には出さないが、レイズも内心冷や汗をかいて魔銃を取り出した。


「……あ!」

 

 キョロキョロと林を見ていたリズは、草陰に隠れたあるモノを見つけて声を上げる。


「どうしたんだ⁉」

「下がれ! 魔物が飛び出してくるかもしれねぇんだぞ!」


 ジークとレイズの二人は、リズが指さす方へ向き直るとそれぞれ武器を構えた。

 ドクン、と緊張で心臓が跳ねる。


「……!」


「行くぞ……」


 シャオロンも固唾を飲んで見守る中、意を決したジークは林の中へと足を踏み入れていく。

 緊張が広がるこの場で、何故かハツだけが余裕そうに鼻歌を歌っている。


 ゆっくりと忍び寄って行ったジークは、すぐ近くに何かの気配を感じて声を上げた。


「……今だ!」

 

 気合を込め、思い切ってジークが草をかき分けると、そこにはモフモフの可愛らしい耳があった。

 頭から二つ伸びている、柔らかな毛に覆われた耳……それは、ウサギの耳だった。

 

 モコモコふかふかの耳は、例えるなら成人男性くらいの大きさな気もする。

 ジークたちもよく知る動物のウサギにしては、少し大きい気がしたが……確かにウサギの耳だ。


「う、ウサギ⁉」


 ジークの顔に明るみが射す。ウサギと言えば、可愛らしい見た目は当然ながら食料としても見られている。

 もう何時間もマトモに飲み食いしていないAHOU隊にとって、とてつもなく魅力的な姿だった。


「ウサギだ……ウサギだぞ!」


「ホントだ、でもなんか変かも……大きく、ナイ?」


 喜びのあまり大声で仲間に知らせるジークだが、シャオロンは浮かない顔で止める。


「みんな! ウサギだぞー!」

 

 だが、興奮しているジークには聞こえていない。

 

 リズは大きなウサギの全体を思い浮かべる、焦っているレイズは「バカ! 大声を出したらウサギさんが可哀想だろ!」などと言い出す。

 違う、そうじゃない。

 

「見てみなって、ほら! 可愛いウサギさんだ……」


 ジークはそんな仲間たちに苦笑すると、ふかふかモフモフのウサギの耳を優しく掴んだ……瞬間、林の中から出て来た二本の太い腕にガシッと掴み返されてしまう。


「ぞ……」


 一瞬の事で驚き、固まってしまったジークは、恐る恐るウサギの耳から下を見た。

 

 ゴゴゴ……と効果音がついていそうなくらいにゆっくりと頭を上げたのは、全身から盛り上がる逞しい筋肉を持ち、スキンヘッドの(いただき)からモフモフのウサ耳を生やした、顎髭が特徴の半裸男だった。


 月明かりに照らされたツルツルの頭が可愛らしいウサ耳と人相の悪い顔と相まって、より迫力を増している。

 いや、まったくもって可愛くないし、カワイイどころかゴツゴツである。


 ウサ耳半裸男は、ジークの顔をじっと見つめると、その顔にふさわしくない鳴き声を上げる。

 

「ぴょん……!」

 

「――ッ! ウワァァアーッ!」


 男のくどい顔を見た瞬間、恐怖で大絶叫したジークは逃げ出そうとしたが、悲鳴を上げている間に物凄い早さでウサ耳男に引き寄せられてしまう。

 あっという間に、取り出した縄で縛り上げられてしまった。


「ウオァァ! オ、オッサンが可愛くてウサギでモフモフで……ッ!」


 情報量が多すぎてジークは混乱している。

 

 仕上げに布で目隠しをされてしまう間際、同じように捕まってしまった仲間達が見えた。

 なんと、謎のウサ耳男たちは集団で襲い掛かっていたのだ。


 抵抗しながらも筋肉の力に押さえつけられているレイズと、ぐるぐるに縛られて肩に担がれても、ウサ耳を触ろうとしているリズ。


 その横で、ハツが腕を組んで何かを指示していた。


 シャオロンの悲痛な「マッソォラビ族!」という声が聞こえたが、もう遅い。

 そのままどうすることも出来ず、体に巻かれた縄を引かれたジークたちは、どこかへ連れていかれてしまったのだった。


 しばらく歩けど、目隠しをされているので道がわからない。

 途中で何度も石に(つまづ)いて転びそうになりながらも、ジークはひたすら歩き進む。


 ――――


 深い森の奥のさらに奥、大きな木々に隠れた岩の洞窟から、淡い光がもれていた。

 

 小さな光る石を囲み、険しい表情をした数人の亜人は、招かれざる客を前に押し黙っている。


 うっすらと布越しに明かりが見えた所で、ジークは足を止めた。

 

 どこか目的地に着いたのだろうか……体感、かなり長い時間だった。歩き疲れて足が痛い。


 目を覆い隠していた布が解かれ、久しぶりに視界が開けていく。


「うっ……」


 ジークが眩しさできつく目を細めていると、獣の臭いに混じる甘い香りが鼻についた。

 ゆるりと瞼を上げれば、まず目に入ったのは岩肌に青白く光る鉱石と手書きの地図。


 次に、数人の亜人がこちらを睨みつけていることに気づいたジークは、慌てて辺りを見回す。

 

「こ、あ、ここどこだい!?」


 焦るあまり舌を噛んでしまったが、痛がっている場合じゃない。

 

 人間であるジークが動く度に、警戒し訝しげに観察する亜人。

 その中にはウサ耳のくどい顔の半裸男も混じっていた。


「ココは……? ナニ?」


「シャオロン!」


 後ろから聞き覚えのある声がして振り返れば、シャオロンが信じられないと目を見開いていた。

 それはそうだ。彼にしてみれば、目の前に同胞がいるのだ。

 

 見たところ、彼らに手枷などは着けられていないので、奴隷ではないのだろう。

 亜人たちは、人間であるジークやレイズ、リズ、同じ亜人のシャオロンまでも疑っているようだ。

 

 その証拠に、身動きが取れないように縄で縛られている。

 

「むぐー!」

「むぐぐ……」


 レイズとリズに至っては、ぐるぐる巻きにされて口も塞がれている。


「ここはどこなんだい……? 何が何だかわからないんだぞ」


 そう言って、ジークが体に巻き付けられた縄を解こうともがけば、亜人たちがザワつき始めた。


「――――!」


 その中の一人、背中に翼の生えた青年が、厳しい表情で立て掛けられていた槍を手に取りジークへ向ける。


「うわっ! 違う、違うぞ! えーとえーと……チ・ガウゾ……チガウンダ!」


 驚いたジークは、髪を振り乱し謎のカタコトで訴え、全身をくねらせながら必死に敵意が無いことを示そうとする。

 やっている本人は真剣だが、どうにもこれは……。


「エッ、気持ち悪ッ」


 ドン引きしているシャオロンは、さりげなくジークから離れた。

 ジークの奇行により、さらに騒然とする洞窟内、亜人の集団に捕まってしまった四人は背中を預け合う。


「野良の亜人がこんなにいるなんテ……」


 同胞から武器を向けられ、シャオロンは戸惑っている。

 彼にしてみれば、同じ亜人だとわかっているのに何故? というものだ。

 

 亜人はシャオロンに槍先を突きつけたまま、人間にはわからない言葉で何かを言っていた。

 

 彼らの言葉を聞いたシャオロンの顔に影が落ちる。

 同じ亜人だが、シャオロンを不審げに観察し、匂いを嗅ぐ者までいる。


「え? なんて言ってるんだい⁉」


 この状況に耐えきれなかったジークは、余裕がなく険しい表情でシャオロンに聞いてしまった。

 途端に、それを威嚇と受け取った亜人が興奮し、槍を振り上げた。


 向けられるのは先端が黒い刃。


「――!」


 ジークが咄嗟に顔を伏せたその時、辺りを鋭く制する声が聞こえた。

 人間の言葉ではない、亜人同士が使う言葉だ。


「やれやれ……なんとか間に合ったさな……」

 

 痛みを覚悟していたジークが顔を上げると、そこには槍を振り上げた亜人の腕を掴むハツがいた。

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