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ELYSION  作者: 秋風スノン
第4章 正義の境界
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第53話『交渉決裂!』

 きれいな放物線を描いで殴り飛ばされたジークは、地面に叩きつけられるとすぐに起き上がった。


「何でだい⁉ こっちは平和的解決をしようとしてるのに殴られたぞ!」


 ひりひりと痛む頬を撫でながら、ジークは困惑する。


「いや、当然さろ……亜人は商品。その商品を逃がせっていう方が無理さ……」


 珍しくハツがツッコミを入れている。

 こういう時のツッコミ担当のレイズは、自分がしでかした事へのショックが大きいのか固まっている。


「……デモ、これからどうするノ?」


 不安げに周りを見回すシャオロン。

 あっという間に囲まれてしまい、エリュシオン傭兵団ミラナ支部の兵士は、身構える五人に武器を向けている。

 

 亜人をわざと逃がしたうえに、まったく反省していない態度から反逆者とみなされたようだ。


「人数は多いさが大剣、弓矢、槍……コールかガード部隊ばかりさな」


 一通りの制服と武器を見ていたハツは、「スペルが居ないのは救いさ」と口の端を吊り上げた。


「どうするって、先に手を出したのはあっちだぞ!」

 

 ジークは立ち上がり、牢屋から出してあげた亜人を守ろうと背負っていた大鎌(フィア)を握った。

 もう、以前の弱いままの自分じゃない、そう自分に言い聞かせる。


「今すぐ投降しろ! 反抗するなら容赦はしない!」

 

 誰が叫んだのか怒号が響き、それを合図にベテラン兵達は一気に押し寄せて来た。

 倍ほどの人数を相手に迎え撃つ。

 

「ここで戦って、今度こそ囚われた亜人を助けるんだ!」


 そう叫び、単身で飛び込んでいったジークは、横薙ぎの剣撃を受け止め、体重をかけて押し返す。

 

 ジークが次の相手へ向かおうとした意識の外、正面後方から弓が向けられる。

 

「ジーク!」


 向かって来た相手を蹴り飛ばしたシャオロンが、それに気付いて叫ぶ。


「!」 

 

 ジークが降り注ぐ矢の雨に気付き顔を上げた瞬間、目の前に青い魔法陣が浮かび上がった。


 次いで、術者によって放たれた氷塊(ひょうかい)が矢を打ち落とし、ジークはパッと顔を明るくする。


「……リズ! 助かったぞ!」


 後ろを振り向かずそう言い、次に向かって来る相手を受け止めた。

 

 魔力を集めて作り出した氷の双剣を振るうリズは、頭を狙って振り下ろされた大剣を躱し、大軍の中へ飛び込んだ。

 

 囲まれ、傷だらけになろうとも止まらず、両手に握る刃で自分よりも体格のいい兵士の腕や足を切りつけていく。

 

 どんなに切りつけられ、矢が刺さろうが痛覚がないので決して怯まない。

 負傷した箇所から翠緑(すいりょく)の炎が上がり、すぐに傷が癒えていくからだ。

 

清廉(せいれん)なる水の流れと、女神の名に()いて粛正(しゅくせい)する!」


 剣を振るい冷気を散らせ、短い魔法の詠唱を終わらせる。

 すぅ、と息を吸い込むと体中に通う高濃度の魔力を剣に集め、勢いよく地面に突き刺した。


「凍れ!」

 

 術者であるリズの声に反応した魔力は青白い冷気に変わり、たちまち足元を氷の世界に変えてしまった。

 

「あっ、足が動かねぇ……!」

 

 足首から下が凍り付いてしまった兵たちは悲鳴を上げてもがく。

 だが、動くほどに氷が足を侵食していき、鋭い痛みが走る。

 

 正直、エリュシオン傭兵団の一般兵などリズの相手にはならない。

 けれど、リズは人を殺さないと決めているので、わざと急所を外していた。

 

「動くと痛いと思う。リズにはわからないけど」


 冷たくそう言い捨てたリズは、腕に突き刺さる矢を引き抜いて捨てると、次の相手へと向かって行った。


「クソ……何でこうなる……!」

 

 我に返ったレイズは、舌打ちをすると防御魔法で攻撃を弾いた。

 

 相手はレイズが四大貴族だと気付いていないのか、容赦のない一撃が降りかかる。

 

 防戦一方のレイズだが、貴族は一般民を守るものだと教え込まれている為、こんな所で魔銃を扱うわけにもいかず、耐えるしかないのだ。

 

 一方、ジークは人数の差で圧され、じりじりと後ろに下がっていた。

 周りを見れば、シャオロンの動きが鈍い。

 なんとか踏みとどまってはいるが、精神的なダメージが大きいのだろう。


「くそっ! やっぱりオッサンでも強いものは強いぞ!」


 焦りと悔しさで顔を険しくするジークに、緊張感のない声がかかる。

 

「まー、腐ってもおっさんさからな」


 隣に立っているのはハツだ。

 ナイフを手にしているが、彼も少し息が上がっている。

 

 『腐ってもおっさん』という謎な発言は置いておき、ハツは自身に向けて放たれた矢を避けると額に流れる汗を拭った。

 

 善戦しているが、やはりたった五人で訓練された手練れの傭兵達を相手にするのは厳しい。

 

「このままじゃまずい。はやく彼らを逃がそう」

 

 焦ったジークが視線を送れば、ハツは「そうさな」と顎を引いた。

 互いに背を預け合い、周りを取り囲む兵を睨み返す。

 

 眼光は鋭く、諦めないという意志は消えない。


「行くぞ! 彼らの自由を手に入れるんだ!」


 もう一度、大鎌(フィア)を強く握ったジークが敵陣に飛び込んでいこうとしたその時、突如として辺りに生ぬるい風が吹いた。


「……⁉」 

 

 人間であるジークにとっては、なんてことない風だ。

 なのにその直後、牢屋に囚われていた亜人達が苦しみ出した。


 亜人達は、逃げ場のない牢屋の中で胸をおさえ、息を吸おうと口を大きく開ける。

 意識を失う者も少なくない。


「これは……ッ!」

 

 ハツは目を見開き、咄嗟(とっさ)に身構える。

 まさか、とジークは飛び出した。


「シャオロン!」


 慌てて駆け寄る彼の声が、悲鳴や呻き声で騒然とする亜人区画に鋭く響く。

 シャオロンは地面に膝をつき、虚ろな瞳で空を見つめたまま荒い呼吸を繰り返している。


 その頭上に振り下ろされた凶刃を大鎌の刃で弾き、苦しむシャオロンを背にかばう。

 

「大丈夫かい⁉」

「ゆっくり息を吸うさ」


 原因がわからず、ジークは心配することしか出来なかった。

 同じく駆け寄って来たハツがシャオロンに肩を貸し、呼吸がしやすいような体勢にする。

 

「なんか……いきが、苦しイ……」


 ハァハァと胸を押さえ、息を整えようとするシャオロンは、自分よりも酷い状況に追い込まれている同胞を見ると、さらに苦し気に顔を歪めた。

 

「これは、亜人用の結界魔法。スペルが来た……」

「……やっぱ、こうなるよな」


 風に髪を流し、リズはそう言った。レイズも予想通りと顔を上げる。


 辺りに流れた生ぬるい風は通り過ぎていき、五人を取り囲む傭兵団のコール、ガード部隊は整列し通路を開く。その間を、優雅な足取りで進む白い制服の集団が現れた。


 先頭を行くのは、この街の副隊長であり、四大貴族のひとつミラナ家のフューリー・ミラナ。

 

 騒ぎの知らせを受けてやってきたフューリーは、ハンカチを取り出すと口元にあて、さも悪趣味だと溜息をついた。


「この私を汚らしい亜人区画に呼ぶとは……一体、これは何の騒ぎだ?」

「フューリー!」


 亜人に対し侮蔑の眼差しを向ける男に、ジークは敬称も忘れて言い返す。

 

「亜人奴隷をやめろ! 彼らを解放するんだ!」

 

「口の利き方がなっていないな。亜人を解放? なぜ? 奴らは我ら人間の道具だろう。それが、女神が示したあるべき姿だ」


 当然の事だ、と怪訝そうに返すフューリー。ジークは首を振った。

 

「違う! そんなの間違っている!」


 強い口調でそう言い、牢の中の亜人へ手を伸ばした。


「さぁ、逃げよう! 君達は奴隷なんかじゃないんだ!」

「……」

 

 差し出された手を見ていた亜人は、怯えた目でジークの顔を見ると自ら牢を閉じ、外に出る事を拒んだ。


 ジークが最初に連れ出した亜人の子でさえ、目を合わせようとしなかった。

 

「なんで……どうしたんだい?」

 

 伸ばされた手は握り返されない。ジークは表情を曇らせる。

 彼らに何かしてしまったのか? 違う、ジークは思い違いをしていたのだ。

 

「……亜人にとって、俺達もこのクソ糸目も変わらねぇ。人間だからな」

 

 眼鏡のブリッジを指で持ち上げたレイズは、そう言って顔を伏せた。

 亜人にとって、人間は言葉の通じない恐怖の対象だ。

 

 どんなに相手を思って行動したとしても、言語や文化も違う種族だ。

 気持ちが通じるとは限らない。

 

 彼ら亜人にとって、目の前にいるジークは自分達を苦しめる人間の一人でしかなかった。

 

 その人間を信じてついて行っても助かる保証はなく、そしてなにより、ガリアンルースの兵に囲まれたこの状態で逃げ出せば確実に命はない。


 長い間、過酷な環境にいた彼らにとって、自由を手に入れる勇気よりも、今日一日を生き延びる事の方が貴重なものになっていたのだ。


「そんな……」

 

 ジークは、そう呟くと大鎌を握る腕を下ろした。

 目を閉じれば、差し伸べた手を拒んだ亜人の怯えた顔が浮かんでしまう。


「……一旦、退くしかねぇさ」

 

 ハツはシャオロンを背負うと視線を落とし、決意したように顔を上げた。


「でっ、でも……!」


 なおも食い下がるジークに、レイズは魔銃の弾数を確認しながら言う。

 

「ここまでだ。これが、お前がやろうとした独りよがりな行動の結果だ」


 ジークの方を見もせず冷酷に告げるレイズは、眼鏡の奥の焔眼(えんがん)を険しく細める。

 

「レイズ……!」


 彼の言葉にジークは何も言えなかった。その通りだったからだ。

 失意に落ちた肩を、リズがそっと叩いた。


「ふん? ルークも同罪か? それとも、そこの汚らしい一般民に金で雇われたか?」


 フューリーは、自身に向けられたレイズの視線に気付いてそう言った。

 うすら笑いを浮かべる上司に、レイズはフッと自嘲気味に笑う。

 

「金か? 金ならもっとあと腐れなくてよかったんだがな?」

 

 言葉遣いをありのままに戻し、真っ向からフューリーを見たレイズは、なんてことないと肩をすくめる。

 突然態度を変えたレイズに、フューリーの眉間に皺が寄る。


「……どうした? 本当の事だろう? この一般民がした事は無駄だった。結局、場を搔き乱しただけの何の意味もない、価値のないお遊びだ。お前もそう思わないか?」


 ジークを嘲笑うフューリーは、亜人の事を『命』ではなく『物』として扱っている。

 それは、このホワイトランドでは常識で、反対する者は異端だ。


「亜人を解放? 間違っている? それらは全てあの一般民のくだらない妄想だ!」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべたフューリーは、黙りこくったジークに鋭い言葉を続ける。


「……だからって、命をそんな……ッ!」

 

 ジークは俯き、言い返せない悔しさで歯を食いしばった。


「……」


 レイズはそんなジークを見て口を引き結ぶと数秒考え、やがて観念したように眉を下げ、小さく笑った。


 ジークは、誰もが無駄だと言っても諦めない。

 堂々と、恥ずかしげもなく自分の正義を語った。

 

 例え、それが理想だらけでどうしようもないものだとわかっていても、あの真っ直ぐな目を見てしまったのだ。

 

 もういいだろう、とレイズは自分の中で答えを落とし口を開く。

 

「確かにそうかもな。アイツは馬鹿だし、理想しか見てねぇ……けどな……」


 喉の奥から笑ったレイズは、ゆっくりと右腕を上げ、引き金に指を掛けた魔銃をフューリーに向けた。

 そうして、肩の力を抜くように息を吐き出し、失意の仲間の為にとびきり不敵に笑ってやった。


「そんな所も承知でツレなんだわ」

 

 フューリーは、咄嗟に突きつけられた魔銃へと視線をやる。

 

「それは何だ⁉ こんなことをして正気か! 私はミラナ家の……!」

 

 その言葉に答える声はなく、レイズの魔力に反応した魔弾が放たれる。


 すぐに宙に浮かんだ赤い魔法陣から炎が上がり、辺りを包み込む濃い白煙(はくえん)をまき起こした。

 

「こんなもの、すぐに消してやる!」


 あちらこちらから煙を吸い、咳き込む声が聞こえる。

 フューリーは、家系魔法である風で煙を飛ばそうとするが、風を起こすほど煙は広がっていく。

 

 レイズは、ニヤリと毒を含んだ笑みを浮かべる。

 これは、いざという時の為に自分の属性の炎と、リズの魔力を合わせて作った広範囲の煙幕弾。

 特製も特製だ。そう簡単には消えない。

 

「走れ、早くしろ!」


 レイズはそう叫び、仲間を誘導するように手を振る。


「煙幕……今さな、行くぞ!」


 辺りに煙が広がり、視界が覆われたタイミングでハツが走り出し、ジークも腕を引かれていく。


「で、でも……このまま逃げるだなんて……!」


 真っ白な煙で視界が悪い中、ジークは足を止める。


「最初から亜人を殺すつもりなら、結界魔法なんて回りくどい事はしねぇ。だから、今は行くさ!」


 ハツはそう言うと、持っていた火薬玉を取り出し、火をつけて投げ捨てた。

 軽い爆発と煙は、こけおどし程度にしかならないが、今はそれで充分だ。


「ジーク! 走れ!」


 煙の中でジークを呼んだレイズは、自分を守るように立ったリズに気付き、(まなじり)を下げた。

 青の片割れは氷の双剣を低く構え、一点に狙いを定めている。


 「……」 

 

 先を行く仲間の影を追うジークは、もう一度亜人達の方を振り返り、取り残された彼らに背を向けて逃げ出した。

 

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