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ELYSION  作者: 秋風スノン
第4章 正義の境界
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第49話『魔法は気合い!』

 薄暗い森の中を流れる荒れた川を、一隻の丸太船が流されていく。

 船底に岩がぶつかるたびに船は方向を変え、前が後ろに後ろが前にとクルクルと回っていた。


「みんなーっ! 絶対落ちるんじゃないぞ!」


 先頭に乗っていたジークは振り落とされないように船にしがみつき、襲い掛かる波から目をそらさずに歯を食いしばった。


 自然のまま急流に押し流されているので、生きるか死ぬかは運しだい。

 こうなってしまえば人の力など無意味だ。

 

 岩にぶつかっては全体に衝撃が走り、波に揺られては浮遊感と遠心力で背中がゾワリとする。


 仲間がガタガタと上下左右に忙しく揺れる船で頭を打ちながら耐えている中、シャオロンはひとり楽しそうに揺られていた。

 

「これは、すごい、ネ! 楽しいヨ!」


 どうにも、亜人の彼にとって浮遊感や遠心力は大したことじゃないらしい。

 慣れているのか、まるで軽いアトラクションを楽しむように両手を上げている。

 

「正気かい⁉ 君、前々から感覚が変だぞ!」


 信じられないモノをみるようにジークは声を出し、頭を打った痛みで顎をしゃくれさせた。

 前からの風圧で頬がブルブルと揺れて、より笑いを誘う。


「そりゃ……こんなもん、ロディオール様はたいしたことねぇだろうよ……」


 こんな時でも皮肉をぶちかますレイズだが、船酔いしているのか顔が真っ青だ。

 ただでさえ、体が弱いのだ。今にも虹を生み出しそうなのが痛々しい。

 

「だから、それ誰なんだって……!」


 ジークがそう叫ぶと、さらに急な流れが船を襲い、首がグキッと嫌な音を立てた。

 

「首が(いた)たた……これ、オールがなくなったのマズかった気がするぞ……」


 もはや、クリティカルヒットどころかオーバーキルになりかけているジークだが、こんな状況じゃオールがあっても変わらないだろう。


「せめて、この船だけでも自由に動かせたら生存率は上がるさ……!」

 

 それは一番後ろに乗っているハツも考えていたようで、彼は眉間に(しわ)を寄せて唸っていた。

 

「このままじゃ死ぬみたいなこと言わないでくれよ!」


 恐怖を(あお)るような話にジークはますます不安になってしまう。

 そうこうしているうちに、水面に出ている岩にぶつかり船は傾いてしまった。


 大きな横波を頭からかぶってしまい、浸水が始まる。


「沈む! しずむ……ん?」


 急いで水をかき出そうとしたジークの脳裏に、船に乗った時のリズの言葉が浮かんだ。

 後ろを振り返ると、いつものように無表情のリズと目が合った。


「……?」


 この状況で眉ひとつ動かさず座っているリズは、目を丸くしてきょとんとしている。

 その後ろに座るレイズが声を上げる。


「そうだ! 水だ! リズ、この船を運んでいる水を操ってみんなを助けるんだ!」


 確かに! とジークは顔を明るくする。だが、リズの答えは仲間たちを打ちのめすものだった。

 

「さっきからやってる。でも、自然の流れには勝てない……」


 淡々と答えるリズ。

 

「……大丈夫だ、お前なら出来る!」

 

 レイズはそう言って、自身の眼鏡を外しながら勇気づけていく。


「できれば、安らかに眠らせてやりたかったんだが……」


 レイズは少し複雑な顔でそう言うと、自身の青いフレームの眼鏡をリズの目にかけさせた。

 

「すまん、リズ!」

「――ッ!」

 

 瞬間、リズの眼鏡がギラリと光り、船の周りの水しぶきが一層(いっそう)高く舞うと、あんなに揺れていた丸太船の揺れが穏やかになった。

 

 だが、水の流れは変わらず激しいのでスピードはそのままに。

 岩にぶつかりかけると勝手に流れが変わって避けきり、この船だけが安定して流れていく。


「す、すごいぞ! でも、今の光は……?」


 揺れが減り、不思議に思ったジークが振り返ると、船の上で仁王立(におうだ)ちをする『奴』がいた。


「またこの姿になるとは、これも女神さまのご加護ですな……」


 いつの間に変形したのか、丸い瓶底メガネの模様はうずまき、愛する女神の聖典を胸に抱くアイツは間違いなくリズ……のはずだ。


 強風にあおられ、髪がオールバックになってしまった女神の信者、『ネクラーノン』がそこにはいた。


 普段は大人しいリズだが、どういうわけか眼鏡をかけるとテンションが高い女神オタクに変身してしまうという事が最近わかっていた。


 ちなみに、ネクラーノンになっていた時の記憶はあるらしい。


「リ……いや、ネクラーノン!」


 名を呼ばれ、ネクラーノンは髪を結っていたリボンを解いて懐かしさに目を細めた。


「うひょーっ! 小生(しょうせい)、このような祭りに参加するとは思いもよりませんでしたぞ! 水の扱いなら任せてくだされ、テンションマーックス!」


 そして喋ると、とてつもなく残念な奴になってしまう。

 やたらテンションの高いネクラーノンは、女神の聖典を空に掲げ雄たけびを上げる。

 

「なんか、うるさいの出て来ちゃったヨ……」


「……状況的には助かったさが、助かってねぇさな……」

 

 シャオロンは死んだ魚のような目でそう呟き、ハツもネクラーノンから目を逸らしていた。

 

「小生が来たからには、もう安全ですぞ! 魔法は気合い!」


 ネクラーノンがそう言って腕を振ると、水が張り付いたように船の周りだけ揺れがなくなった。

 

「すごい! けど、どういうことだい?」


 ジークは顔をパッと明るくするとレイズに訊ねた。

 

「魔法の威力は術者の状態……つまりテンションに深く関係する!」


 眼鏡がないので周りがよく見えていないレイズは、険しい顔で完結的に答えた。


「リズがふわふわワクワク状態になれば、本来の実力が出せるから安心しろ!」


 そう続けた彼は「えらいぞ、リズ!」と満面の笑みを浮かべ、何もない所を誇らしげに撫でている。

 繰り返すが、レイズは眼鏡がないとマトモに物が見えない。


「……まぁ、ウン」


 ジークは何とも言えない気持ちになりながら、真顔で頷いたのだった。


 ともあれ、これでぶつかる心配はなさそうだ。

 スピードは落ちていないが、安心したのもつかの間。


 目の前に黒い物体が水面から顔を出しているのに気付いた。

 魚の頭が見えるが、魚にしては大きく複数だ。それに、こちらに対して避けようともしない。


「あ、あれは……っ! 魔物⁉」

「魔物ですな、成敗!」


 ジークとネクラーノンの声が重なり、猛スピードの丸太船はそれらを無視して盛大にひき逃げしていった。

 

 躊躇(ためら)いなど、いっっっさいない。


 いっそ清々しいまでに痛快なひき逃げである。


「りっ倫理観(りんりかん)がないのはそのまんまなのかい!」


 これにはさすがのジークもツッコミに回る。

 ネクラーノンは、倫理観のないリズがさらにぶっ飛んだような性格をしていた。

 ある意味、最強である。


「デモ、何か怒って追ってくるヨ!」


 水音(みずおと)がうるさい中、シャオロンが声を張り上げる。振り返れば、たった今ひき逃げしたはずの魚の魔物が泳いで追いかけてきていた。


 奴らは鋭い牙で邪魔な岩を削り、しなやかな肉体で急流をものともせずに泳ぐ。


「この急流を追ってくるなんて……! ネクラーノン、何とかならないかい!」


 水上戦になれば魔物が有利だ。

 ジークはネクラーノンにそう訊ねると、意外な答えが返ってきた。

 

「えー、ではここで女神の聖典、第一章にある女神エリュシオンの御心(みこころ)を……」


「聖書読んでる場合じゃないんだぞ! レイズ、リズをもとに戻してくれないかい!」


「……」


「レイズ? どうしたんだい⁉」

 

 ジークは返事のないレイズを見た。

 

「……おぇぇっぷ……」


 (うつむ)いて動かないレイズは、船酔いの限界がきて虹を生み出していた。


「いや! 君たち、めんどくさいんだぞ!」

 

 カオスな状況に白目をむいているジークだが、いつもは自分がボケているのでおあいこだろう。

 

 ルークの双子、もろもろの事情により戦闘不能! 普段のクールさのかけらもない大暴走である。

 

「あぁ……収拾がつかないんだぞ……」

 

 ジークは、聖書の音読に熱が入っているネクラーノンと、虹の製造機となってしまったレイズを放っておいて考える。


 こんな狭い所を大鎌で立ち回れば、仲間を傷つけてしまう恐れがあるし足場も悪い。

 ハツやシャオロンもどうしようかと考えているようだ。

 

 その時、丸太船が前のめりに傾いた。

 急に川の水が途切れ、体が宙を浮く感覚がして目を見開く。


「……なっ」


 船から身を乗り出して「何が……?」と言いかけた所でジークは顔を引きつらせた。

 すぐ下には、上から落ちてくる激しい流れを叩きつける水面が迫っていた。


 とめどなく流れ落ちていく水は大量のしぶきとなって波を作る。

 

 そう、いつの間にか滝に差し掛かっていたのだ。


「……落ちるさ……」

 

 風がヒュッと吹き、次の瞬間にはハツの呟きをかき消しながら、ほぼ直角に落下していた。


「だぁあああぁああああーッ!」

 

 全員そろって風圧で顔がすごい事になり、腹の底から悲鳴を上げながら落ちていく。


 ただでさえ空気抵抗が少ない丸太だ。そのスピードは急流下りの比じゃなかった。

 

「お゛わあぁーっ!」

 

 真っ逆さまに着水する間際、ジークはオッサンのような野太い声を上げながら滝つぼへと飛び込んでいった。


 それでも船から振り落とされまいと懸命にしがみつく。

 水底の流れは速く、死にもの狂いでもがいてサラシ場を抜け水面に上がる。


「ぶはっ! みんな、大丈夫かい⁉」


「なんとかさな」

「コッチも……!」

 

 ようやく水面に顔を出し、仲間の無事を確かめようとするが、丸太船は真っ二つに割れてしまっていた。

 辛うじて同じものに掴まっているのは、ハツとシャオロンだ。


「二人はっ!」


 急いでレイズとリズを探せば、二人は割れたもう片方に掴まって流されていた。

 

 ジークのいるところと流れの速さが違うのか、二人はどんどん遠くなっていく。

 レイズもこちらに気付いたのか、大声で呼びかける。


「こっちは無事だ! このままガリアンルースで会おうぜ!」

 

 相変わらず真っ青な顔で手を上げたレイズは、ネクラーノンに支えられ流れて行った。

 あっちはうまく水の流れを操れているので大丈夫だろう。


「ああ、必ず会おう!」


 ジークも手を振り返すと、折れて船とは呼べなくなった丸太に掴まりなおすが、自然の流れは強く恐ろしく、うまくバランスが取れない。

 

 分かれてしまった二人より問題はこちらだ。


「ジーク、しっかりして!」

 

 ずり落ちそうになった所でシャオロンが腕を掴んでくれた。

 亜人は人間よりも力が強いので、二人分を支えるくらいわけないのだろう。

 

「この流れを渡るには、丸太じゃ無理さ!」


 ハツは顔にかかった金髪をかきあげ、行く先を睨みつけた。

 

 こうしている間にも冷たい水にさらされた体は弱っていき、急な疲労感と眠気が襲ってくる。

 

「シャオロン……なんか、疲れたな……」

「ジーク! しっかりして! 寝ちゃダメだヨ!」


 名前を呼ばれても瞼が重く、ジークはそのまま目を閉じてしまう。

 直後、大きな波が三人を飲み込み、ジークは意識を手放してしまった。


「……どうしよウ、ジークが危ないヨ」


 最悪の状況を想像してしまったシャオロンは、ジークを荷物のように片腕で持ち上げると、残骸となってしまった丸太船の上に乗せた。


「そうさな……とにかくここにいたら、また滝に巻き込まれちまうさ」


 ハツはそう言うと、嫌な気配がして辺りを見渡した。

 こういった人間の住んでいない場所には魔物が潜んでいて、さっきの奴らが追ってきているのかもしれないのだ。


 その証拠に、さっきから足元に何かの気配がある。今は様子見をしているようだが、足を掴まれて引きずり込まれてしまえばひとたまりもない。


 だがなにを思ったのか、ハツは水の中に腕を突っ込むと足元を泳いでいた何かを掴んで引き上げた。


 その『何か』を見たシャオロンは驚いて目を見開く。


「マーマン族!」

「やっぱ亜人さか! 何故かいつまでも足を掴まれんと思ったさな!」


 そう言ったハツが捕まえていたのは、西の森に隠れ住む亜人のマーマン族だった。


 マーマン族は、亜人の中でも整った美しい顔立ちをした大人しい種族であり、腰から下が魚のように鱗とヒレに覆われている。

 

 喉が退化しているので喋ることは出来ないが、真っ黒な瞳からは大粒の涙が零れていた。


「放してあげてヨ。僕の同胞(はらから)なんダ。彼に湖まで運んでもらえないか頼んでみるネ」

 

 ハツにそう言ったシャオロンは、自分を見て泣いているマーマン族の男を安心させるように微笑みかけ、亜人にしかわからない言葉で語り掛けた。

 

 亜人は亜人同士の種族がわかるようになっており、彼もまたシャオロンが自分と同じ亜人だと分かっているようだ。


「……!」

 

 話を聞いたマーマン族の男は、シャオロンが人間であるジークを支えている姿に驚いて後ずさる。

 

 無理もない。彼らは観賞用として人間に狙われてこんな所に追いやられていた。


 亜人にとって人間は恐怖でしかなく、ましてや同じ亜人のシャオロンがジークやハツと居るのが信じられないのだ。


「……」 


 ゆるく首を振ったシャオロンは、冷静に亜人だけが使う言葉で彼に話を続けた。



 ――――――

 

 …………。


 どのくらいの時間が経っただろうか、心地のいい浮遊感に体を預けていたジークは顔に冷たい感触がして意識を取り戻した。


「……ん……」


 やたら頭痛がしながら目を開けると、ぽちゃりと丸くあどけない少女の顔が目に入った。

 

「……!」

「あ、ちょっと……」

 

 急に動き出したジークに驚いた少女は、草の蔓で結った髪を振り乱して近くの水中に飛び込む。

 水面を覗き込むと、水は澄んでいるのに彼女の姿は見えなくなっていた。


 慌てたジークが起き上がり、彼女を探していると聞き覚えのある二人の声が聞こえた。

 

「頭を打ったんだから、動くなさ」

 

 顔を上げれば薬草を持ったハツと、心配そうに眉を下げるシャオロンが立っていた。


「やっと起きたネ! もう大丈夫ナノ?」


 シャオロンはそう言って、いつものようにニッコリと笑っていた。

 傍には持ってきていた荷物と、手作りの鞘に収まる相棒の大鎌(フィア)が置かれていた。


「薬も濡れちまったから、ろくな治療も出来てねぇさがな」


 そう言ってハツは薬草をすり潰したものを腕や足に塗ってくれた。


「ここは……俺、途中で寝ちゃったのかい? それに、いま女の子が水の中に……!」


 ジークは、ぼんやりとした頭で周りを見渡す。


「あれから、たまたま通りがかった亜人に力を借りて、このセニア湖まで送ってもらったンダ。さっきまで居たあの子も水の中で生きるマーマン族ダヨ」


 シャオロンはそう言うとジークに手を貸してくれた。


「そうだったのかい、かっこ悪いところを見せたな……お礼くらい言いたかったぞ!」

 

 ばつの悪さに苦笑いを浮かべたジークは、立ち上がり周囲を見渡した。

 

 目の前には見渡す限りの湖が広がり、のどかながらも都会の喧騒が聞こえる。

 

 気付けば空は夕暮れ。通って来た森が遠くに見えていた。


「……もしかして、ここって……」


 少し先には大きな壁と、レオンドール王の紋章の描かれた大きな水門が見えた。

 壁の向こうには、金属の臭いと共に黒い煙がもうもうとあがっている。

 街よりもさらに発展した、ホワイトランドで一番の産業の土台。


 機工都市ガリアンルースに到着したのだった。


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