第46話『ウェイプリルフールの話』
その日の夜は、冷えた隙間風がボロい宿舎に不法侵入するわけでもない、ちょうどよく暖かい夜だった。
今夜の夜間警備はシャオロンとハツだ。
一日の仕事を終えたジーク・リトルヴィレッジは洗いたての寝具に顔を埋め、相棒の大鎌であるフィアに挨拶をし、スリスリと枕に顔をこすりつけると仰向けに横たわった。
ベレット村での仕事は今日も肉体労働が中心。朝から働きづめでクタクタだったのだ。
だから、ものの数分で夢の世界へ旅立ってしまう。
ジークが寝息を立て始めて数分後、隣のベッドに寝ていた仲間の二人が身を起こす。
「……コイツ、マジでよく寝てるぜ」
「ん。レイ、決行は明日の朝」
同じような顔立ちで色違いのレイズとリズは顔を見合わせると頷き合った。
月の光に照らされた彼らの横顔は、何か不穏なものを感じさせるものだった。
――翌朝、ひと晩ぐっすり眠ったジークは朝の支度を済ませてキッチンに立っていた。
夜間警備に就いていたハツとシャオロンも戻って来て、軽く休んでいるようだ。
彼らもこの後はいつものように仕事が待っているので、実は夜間警備の当番はしんどい。
「ふわぁー……まだ眠いんだぞっと」
寝ぼけてパンを鍋に入れてしまった所で気付いて取り出す。
ちょっと浸かってしまったが、まあいいだろう。
残り物のスープを温めようと、鍋を持ってボロ小屋の外へ出ていく。
昨夜はシャオロンが仕事の当番だったので、せめて朝ごはんくらいは用意してあげようと思ってのことだ。
家の外で草を食んでいるウマと、亜人たちに軽く挨拶をすると煮炊き場へ進む。
石で囲んだだけの簡素な煮炊き場に着けば、火をつけようとマッチを取り出す。
箱についている摩擦用紙で一回、二回とマッチ棒を擦るも湿気のせいか火は点かない。
「……あれ、仕方ないな。レイズ、レイズー! 火をつけておくれよ!」
ジークは早々に諦めると火魔法使いの仲間を呼んだ。
マッチ代わりにするなと文句を言われるだろうが、仕事前のこの時間にのんびりしている場合じゃないのだ。
すると、返事代わりの舌打ちは意外にも近くから聞こえて来た。
「うぜぇな、この俺を道具代わりに使おうなんざ。ふざけてんのか?」
なぜかシャオロンがそう言って、とてつもなく人相の悪い極悪顔をしていた。
シャオロンといえば、カタコトで人間の言葉を話す亜人だが、人当たりはよく穏やかな性格をしていたはず。間違っても、ジークは彼がこんな顔をしているのを見たことがない。
「……あー、とシャオロン? レイズを呼んできてくれよ。火をつけたいんだぞ」
ジークは一瞬フリーズしていたが、一旦スルーした。
「お前、バチクソ〇〇〇(自主規制)、俺が白ヘビに見えんのか?」
「はぁ?」と凄んでくるが、紛れもなくシャオロンの見た目でシャオロンの声だ。
「……」
この時点で、ジークは嫌な予感がして顔を引きつらせた。
一旦、鍋を煮炊き場に置いて来るとボロ小屋に戻り、他の仲間を見やる。
「みんな! シャオロンがレイズみたいな事を言ってるんだぞ!」
面倒ごとになりそうな予感がしながらもそう叫ぶと、テーブルで紅茶を飲んでいたハツが振り返った。
「ジーク、リズはとても大変なことが起きている気がす……さオッフォゴッホ!」
無表情でそう言ったハツの手元には砂糖の瓶が置いてあり、紅茶を飲むたび咽ている。
「だ、大丈夫かい? ハツ、君そんなに砂糖を入れる派だったのかい? 不健康だぞ……」
「だいじょ、甘いはおいし、ゴッホゴホ……!」
どう見ても大丈夫ではないし、咽すぎてもはや会話になっていない。
「無理しないでくれよ。リズじゃないとそんな砂糖茶飲めないんだぞ……」
ジークはドン引きしながらも気遣ってあげた。
気を取り直して残りの二人に声を掛けようとすると、キッチンで作業をしていたレイズがナイフを手に振り返った。
「アーン、パンがうまく切れないヨー! なんかよくわかんない被り物みたいになっちゃたヨー!」
カタコトで喋る泣きそうな顔のレイズは、無駄に体をクネクネとさせて丸いパンをナイフで削っていた。
中身をくり抜いて表面がツルツルのハゲカツラのようなパンを生み出していた。
あまりにも完成度が高いのでパンというよりも、ただのハゲカツラである。
「レ、レイズ……」
「違うヨ、僕は白ヘ……シャオロンだヨ!」
これにはさすがのジークも本気で引いている。
「ジーク、僕ハゲカツラ作るの上手いカモしれないネー! 〇〇〇(自主規制)も作れるかもしれないヨ!」
レイズはシャオロンのようにニッコリと笑うとハゲカツラパンをジークに押し付けて来た。
「イイィ……⁉」
困惑を越えて恐怖を覚えて来たジークが助けを求めようと視線を奥に流すと、薬草庫に頭を突っ込んで葉っぱを直食いしているリズがいた。
「リ、リズ! みんながおかしいんだぞ!」
ハゲカツラパンを抱えたまま駆けよれば、リズは薬草をモシャモシャと食べながら空色の眼を細めて睨み返してきた。
「うるせぇさな、いま薬草食ってる! 俺様には関係ねぇさ」
「いや、それは今しなくてもいいんじゃないかい⁉」
ごもっともなツッコミであるが、リズは無視して薬草を食べている。
「……こ、これは大変なことが起こっているかもしれないんだぞ……」
ただならぬ仲間達の様子にジークは緊張で喉を鳴らす。
「おい、この俺が帰ったんだから出迎えろ愚民ども!」
そこへ、シャオロンのようなレイズ? も戻って来てカオスな状況が加速していく。
「チョット! 僕はそんなにオーボーじゃないネ! 胡散くさいことしないでヨ!」
レイズの見た目のシャオロン? が言い返す。
「テメェの方こそ、ハゲカツラパンとかどういうセンスしてんだよ!」
ギャアギャアと言い合いを始めてしまった二人を前に、ジークは壁にかけていたフィアを手に取った。
リズのようなハツ? は白目をむきながら砂糖茶を飲んでいるし、ハツのようなリズ? は無表情で薬草を食べ続けている。
「……そうか、これは魔物のせいなんだな? 魔物がみんなに化けてるんだぞ?」
濁った眼をしたジークは、相棒のフィアの刃を手でなぞり半笑いの表情を浮かべる。
シャオロンの中身がレイズで、レイズの中身がシャオロン。
ハツの中身がリズで、リズの中身がハツ。
もはやわけがわからない状況に、ジークの頭は考えるのをやめていた。
「フィア、今日も一緒に戦って欲しいんだ……」
薄ら笑いを浮かべるジークがそう言えば、それに応えるように大鎌が震える。
「みんな、今タスケテあげるんだぞ……!」
本気と書いてマジ、恐ろしいほどの真顔で鎌を振り上げるジークにレイズは声を上げる。
「おい、何かアイツ勘違いしてるぜ!」
慌てて逃げ道を探そうと後ずさるが、生憎ここは狭いボロ小屋だ。
「レイズがウェイプリルフールでジークをからかおうって言ったカラだヨ!」
シャオロンはジークの両手を掴み、面倒くさそうにレイズを睨む。
「いいから、とにかくやめさせるさ!」
そう言った顔色の悪いハツが素早く足払いを仕掛ける。
「うわっ!」
思わぬ反撃にジークは短い悲鳴を上げた。
「ジーク、寝て?」
ジークがバランスを崩したと同時にリズが剣の柄で後頭部を殴り飛ばした。
見事な連携でジークをノックアウトさせた四人は、彼の両足を引きずりながらソファへと寝かせる。
「ったく、中身が入れ替わったドッキリを仕掛けようにも、こいつがバカ正直だったのを忘れてたわ……」
ソファの端に腰かけ、胸の前で腕を組んだレイズはバツが悪そうに呟いた。
ウェイプリルフールとは、ホワイトランドでの一年に一度のイベントで、この日だけは嘘をついて親しい相手を騙してもいいというもの。
騙された方はネタばらしをされた後に、「ウェイ!」と高らかに叫びながら決めポーズをとって締めくくる。
いわゆる、ドッキリ大作戦を仕掛けていい日なのだ。
今回はレイズの提案でジークに『仲間の体が入れ替わったドッキリ』を仕掛けようとしたのだ。
シャオロンとレイズが入れ替わり、ハツとリズが入れ替わったフリをするというものだが、この通り失敗に終わってしまった。
「そもそも、ジークは記憶喪失なんさ。ウェイプリルフールのことも覚えとるかわからんさぞ」
胃を押さえながらハツが言う。
ジークはエリュシオン傭兵団へ入る前に記憶の大半を失っており、こういう一年の風物詩まで覚えているかわからないのだ。
「まぁ、起きたら今日がウェイプリルフールだって教えてあげヨウ」
シャオロンはそう言うと、「ガラの悪いレイズのフリは疲れたヨ」とコップに水を汲んで飲み始めた。
「……リズは、草が好きじゃないかもしれない」
リズもそれに続いて水を飲む。味覚がないとはいえ、延々と草を食べ続けるのは嫌だったようだ。
「いや、俺様の印象が薬草の直食いとか何なんさ……」
そしてハツもリズのように、これでもかというほど紅茶に砂糖を入れていたので胃が気持ち悪い。
「いや、俺だって疲れたわ」
それぞれが立ち去っていく中、ジークはうなされていた。
「……うう、みんなが魔物にすり替わってたんだぞ……」
その後、目を覚ましたジークはネタばらしをされることとなる。
仲間たちによって無理やり「ウェイ!」の掛け声とポーズを取らされることとなったのは、また別のお話だ。
『ウェイプリルフールの話』 fin.




