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ELYSION  作者: 秋風スノン
第3章 ナイトパレードは終わらない
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第44話『ウェディング・ジーク』

 ある晴れた日の夕暮れ。

 拠点にしているベレット村から少し離れたところにある草原で、ジーク・リトルヴィレッジは今までの人生で一番の勝負に出ていた。


 純白のレースが夕風に流れ、長いドレスが骨ばった男の体を優しく包む。

 夕焼けの草葉を踏みしめるハツは、黙ってジークの雄姿を見守っている。

 

 祈るように目を閉じたジークの顔は真剣そのもので、ゆっくりと口を開いた。

 

「レイズ……今度こそ、頼む……!」

 

 長い睫毛を震わせ目を開けたジークは、目の前に立つ仲間の一人にリボンで結ばれた花束を差し出し、腹の底から太い声を張り上げた。

 

「俺と、結婚してくれ!」


 差し出された花束が勢いにつられてバサッと花弁を散らす。

 目の前に立つレイズは腕を組み、汚物を見るようにジークを睨むと、たった一言答えた。

 

 「却下だ」

 「なっ……これでもダメだっていうのかい⁉」

 

 純白のウェディングドレスに、濃いメイク姿のジークはショックを受けて後ずさる。

 勢いあまって、つけまつげが片方ポロリと取れてしまった。


「ああ、無理だな。どう考えても無理すぎるわ。つか、そのメイクは何なんだ? 怖すぎるだろ」


 呆れたと自身の赤い短髪をかいたレイズは、形のいい吊り目を伏せると、これ見よがしに大きな溜息を吐き出した。


「くっ、これだから顔がいい奴は嫌いだぞ」

 

 ジークはムッとしてジト目になる。

 レイズ自身が整った顔立ちをしているので、それもあって腹立たしいのだ。

 

 ジークは残った片方のつけまつげも剥がすと、極太眉と真っ青なアイシャドウを手の甲で擦った。

 それにより、メイクがさらにとんでもないものになってしまったが、もうお構いなしだ。


「顔はハツに言ってくれよ。だいたい、そう言うなら君がやればいいだろ?」


 そう言って荒んだ目をしたジークは大股で歩くが、ハイヒールが傾いてしまい、足をくじいて転んでしまう。

 

 草原をこれでもかと言うくらいに転がり、最後に『パキョッ』という嫌な音が辺りに響いた後、ジークは「もう嫌だぞ!」と泣きそうな声で叫ぶ。

 

「痛い……もう、これ以上は無理なんだぞ!」

 

 ジークが情けなく恨めし気にレイズを睨めば、彼は眼鏡のフレームの端を指で持ち上げ、眉をきつく寄せて笑いをこらえている。


「ハツはともかく、大貴族のこの俺が……ふっ、ふふ……っ! だいたい、演技がわざとらしいんだよ」


 本人としては笑いをこらえているのだろうが、あまりにも残念な光景に我慢が出来ていない。

 大爆笑しているレイズを横目に、ハツは持っていたメイク道具をチラリと見て唸る。

 

「俺様の腕は確かなはずなんさが、なんせ素材が(わり)いさな」

「いや、どういうセンスしてんだ」

 

 一瞬にして笑いを消したレイズは間髪入れずにつっこんだ。

 効果音をつけるならそう、『スン』である。これはこれで怖い。

 

 ジークがこんなに痛い思いをしてまで何をしているのかと言うと、エリュシオン傭兵団の任務の最中なのだ。

 

 今回の任務は、草原に現れて人を襲う魔物を倒すというもの。


 至ってシンプルな内容ではあるが、夜に現れる魔物には高度な知能を持つモノもいる。

 中には、人間とそっくりな声で助けを呼んで獲物をおびき寄せるモノがいて、今回はこのテの魔物の討伐となる。


 だが、問題は魔物のセリフなのだ。

 今回の討伐対象である『フェアリーゴレイヌ』という魔物は、名前に反してとても狂暴な魔物であり、見た目は人間と変わらないが、本体は土の下に埋まっている球根。


 美しい女性か男性の姿をしていて、襲う相手の性別によって姿を変え、人間の腕に見せかけた触手で獲物を捕まえると、顔を縦に裂いて出てくる大きな口で食べてしまう。

 

 なお、出会った時のセリフは、「ぼくとけっこんしてくれませんか?」または「わたしとけっこんしてくれませんか?」であり、独特の発音と不気味さが特徴だ。


 つまり、ジークたちはフェアリーゴレイヌをおびき寄せる為に、あえて草原のど真ん中で女装しているというわけだ。

 ウェディングドレスでいる意味は不明だが、男女がいれば、きっとどちらかに反応するだろうというもの。

 

 ちなみに、このウェディングドレスはベレット村で隣に住む親切なおばさんがくれたもので、サイズ的にジークかレイズがちょうどよかったのだが、レイズが断固拒否したのでジークが囮になったというわけだ。


 そこへ、ハツが借りたメイク道具で何とか女性に見えるように仕立てたというわけだが、どうにも酷すぎたようだ。


 さらに、一向にフェアリーゴレイヌは現れない。むしろ、避けられている気さえする。

 

 そもそも、自分から「結婚してくれ」と叫ぶのもどうかと思うが、これが一番確実だと言うジークの作戦だった。


 繰り返すが、ウェディングドレスを着る意味はない。

 

「くそー……フィアが着てくれたら似合うし一発で出てくるのに……」


 凄まじい顔面でジークは嘆く。一刻も早く解決してあげたいのに焦りだけが増す。


「イマジナリー彼女はもういいさ……そういや、亜人も何人か被害にあってるみたいさな」

 

 少し離れたところで、仕事を終えた主人に連れられた亜人奴隷が並んで歩いているのが見え、ハツは風で乱れるモッサモサの髪をかき上げる。


「亜人か……彼らも安心出来るように一声かけてあげたいな」


 ジークがそう言った所で、レイズが不満げに鼻を鳴らす。


「だいたい、こんな大変な任務を三人でやるのは無理があるんじゃねぇのか?」


 苛立っている彼にジークは緩く首を振る。

 

「仕方ないんだ。シャオロンとリズは、昨日は夜の警備だったから寝かせてあげたいじゃないか」

 

「ああ、そうだったな」

 

 人のいい笑みを浮かべるジークがそう言えば、レイズは舌打ちをして腕を組む。


「リズは休んでもいいが、白ヘビは何日か寝なくても死なねぇだろ」

 

 レイズは何気にシャオロンの扱いが雑だったりする。あまり相性が良くないのだろうか。


「ダメだ、休みは平等にとるものだ。囮なら俺がやるぞ!」


 そんな仲間の態度にすら、ジークは嫌な顔せず上手く流す。


「でも、シャオロンが居れば亜人の言葉もわかるし助かるよな!」

 

 ジークがそう言うと、レイズは「そうだな」と肩をすくめた。

 結局は何だかんだ言って、ジークは人が良いのだ。

 だからこそ、仲間達も彼をリーダーとして認めているわけだが、今回の任務は話が別だ。


 

「……にしても、どうしたらいいんだ……」

 

 一旦、ボロボロになったメイクを落としたジークは、ウェディングドレスの裾を踏まないように岩に腰かけ真剣に考える。

 もうすぐ日が沈み、魔物が活発になる夜が来る。


「そうさなぁ……何か、こう囮の存在を広範囲に知らせる方法があれば、そのうち寄って来そうな気もしそうさがな」


 ハツはそう言ってメイク道具を持ち上げ、勝手にジークの顔にファンデーションを塗りたくる。

 眉とアイシャドウをベタベタに描き、もう一度とんでもないクオリティの花嫁(男)を誕生させた。


「広範囲か……すぐに手に入るとしたら、あれしかねぇな」


 頭脳担当のレイズは少しばかり考えた後、遠くなっていく亜人奴隷たちを見て口の端を吊り上げた。



 ――――――


 数分後……。ガラガラと木製の車輪が回り、荷車が草原を駆け抜けていく。

 

 引いているのは亜人ではなく、純白のウェディングドレスを身にまとうゴツい花嫁……もといジーク・リトルヴィレッジとメイク担当のハーヴェン・ツヴァイ。


 先ほど亜人奴隷が使っていた荷車を借りて来たのだ。

持てる力を使い、荷車を引く二人の顔は()そのもの。

 荷台には、真顔のレイズウェル・ルークが仁王立ちしている。

 ジークは、このカオスな状況を打破する為に必殺の一声を張り上げる。

 

「……誰か、結婚してくれ! できれば今すぐに!」


 もはや心の底からの叫びである。ジークの声に続き、荷台のレイズも声を出す。

 

「誰か、コイツと結婚してくれ!」

「そうさ! 損しかねぇさが、食ったらうめぇかもしれんさ! 味見も可!」


 ハツはヤケクソになっているようで、ジークが食われる前提の話をしている。


「どうした? 声が(ちい)せぇ! もっと気合入れろや!」

 

「もう何でもいいから、結婚して欲しいんだぞ!」


 鬼コーチとなったレイズがそう言えば、ジークは理不尽さを飲み込みながら声を大きくする。

 レイズは体が弱いので荷台が引けないのだとわかってはいるが、不公平感が拭えない。


 だが、いくら叫ぼうともフェアリーゴレイヌの影は無く、疲労感が増すばかりだ。

 

「きみ、ハァハァ……いい事を思いつくじゃないか!」

「だろ? この俺に任せときな!」


 ジークが嫌味を言ってみるが、自己肯定感が高いレイズには通じない。


 この作戦は、二人が叫びながら荷車を走って引き、出来るだけ存在を広範囲に知らしめることが目的だ。


 ウェディングドレス姿の男が、二人の仲間と荷車で草原を爆走するのは不審極まりない。

 

 しかも、結婚してくれと叫びながら荷車を引いているのもさらにカオス。


「ん? あれ見るさ!」


 完全に日が落ちる前に、何かに気付いたハツが草原の向こうを指さす。

 ジークが目を凝らせば、離れた丘の上に金髪の美しい女性が立っていた。


「……なんだ、女の人じゃないかい」


 と、ジークが無視しようとすれば、ハツが足を止める。

 

「いや、こんな時間に一人はおかしいさろ。それに、人間の臭いがせんさ!」

 

「お風呂に入ってないんじゃないかい?」


「んなわけねぇだろっ! ボケッ!」


 レイズは、のんびりとした口調で答えたジークの後頭部を愛用の魔銃で殴った。


「魔物だ!」

 

 そう叫び、すぐさま弾の残数を確認すると、草原に佇む女へ向け発砲する。

 一発目は威嚇、避けるそぶりがないので二発目は頭を狙う。

 

 引き金を弾こうとした所で、女の両手が植物の蔓のようにウネウネと気持ちの悪い動きをし、ジークもようやく気が付く。


「そうか、魔物だったんだな! ハツ、行こう!」

「おうさ!」


 それを見たジークはハツと協力して方向を変え、この機会を逃すまいと必死の形相で魔物に迫った。


「待ってくれ、俺と! 結婚してくれぇぇぇ!」

「!」


 あまりの迫力に魔物は土に下半身を埋めたまま逃げ出し、それをウェディングドレスを振り乱したジークが追いかける。

 

「今だ! 回り込むぞ!」


 ジークは息を切らせ、フェアリーゴレイヌの前に立ちふさがった。

 もう、何が何だかわからない状況となっている。


「……はぁ、はぁ! もう逃げられないんだぞ!」


 血走った眼でジークがそう言えば、フェアリーゴレイヌは覚悟を決めたようにを擬態の鳴き声を上げる。


「わたしとけっこんしてくれませ」

「だから、さっきから結婚してくれって言ってるだろおおぉお!」


 汗まみれでメイクも崩れ放題のジークは、フェアリーゴレイヌのセリフに被せてまで必死に結婚を迫っている。


「たとえ君が女性でも、俺には関係ない! 俺も今は女性だけど、関係ないんだっ!」

 

 我を忘れて力説しているジークだが、何を言っているのだろうか。

 違う、そうじゃない。

 ちなみに、ジークが背負っている大鎌に宿る少女、フィアはドン引きしている。


(ちげ)ぇだろ! このっ、ボケカスが!」

 

 このままでは混乱を極めてしまう状況で、レイズがその後頭部を殴って目を覚まさせた。


「結婚がどうとか言ってる場合じゃないさ!」


 荷車を捨て、薬品を調合しているハツもツッコミを入れる。


「この状況、まずいさな」

 

 ハツは、薬液と二種類の粉が入った瓶に蓋をし、振ってよく混ぜ合わせると色を確認した。


「ああ、クソだな」


 いつになく厳しい表情のレイズも何かに気付いていた。

 ジークも辺りを見渡せば、土の中に足が埋まっている人影が見えた。

 まったく同じ顔の男女がわらわらと近づいて来ている。言うまでもない、全てフェアリーゴレイヌだ。


「ほーん? 良かったさな? おめぇと結婚してぇ奴がいっぱいいるさな?」

 

 完全に囲まれてしまった状況で皮肉を言ったハツは、瓶をジークへと投げると、飲めとジェスチャーで伝えてきた。


「えぇ……これ、なんだい?」


 受け取った瓶には紫色の泡が浮いて、明らかにアブナイ液体にジークは嫌な顔をする。

 

「な、なぁレイズ、君の魔法で一気に燃やしたり出来ないかい?」


 フェアリーゴレイヌが土をかき分けて近付いて来る音がし、ジークは苦笑い交じりにレイズを頼る。

 

「無理だな」


 即答したレイズは、魔銃の弾丸を打ち尽くすと舌打ちをして次の弾を装填していく。

 レイズは魔法使いだが、魔力が少なく家系魔法の炎がうまく扱えない。

 だから、特殊な魔銃を使っている。


「俺様もレイズおぼっちゃんも、距離を詰められたらキツイさ!」


 さらに、ナイフを構えたハツがジークを追い詰める。

 ジーク達AHOU隊の戦闘スタイルは、シャオロンとリズ、ジークが前衛なのだ。

 今は二人がいないので、迷っている場合じゃない事はジークにだってわかっていた。


「……これ、何の薬だい?」

「……」


 一応の確認でそう訊ねれば、ハツは無言で輝かしい笑顔を返してきた。

ジークの中に、わずかに残っていた余裕が爆速で消える。

 

「絶対ムリ! イヤすぎるんだぞ!」


 滅多に笑わないハツの笑顔に恐れおののいたジークは、瓶を持ったまま高速で首を振った。


「ジーク!」


 レイズの焦る声が聞こえる。

 気付けば、じりじりと距離を詰められ、荷車はフェアリーゴレイヌの群れに囲まれてしまっていた。


「うじゃうじゃと気持ち悪いさな!」


 次々と伸びてくる触手をナイフで切り裂くハツだが、数が多い。やられてしまうのも時間の問題だろう。


 迷っている時間はない。

 

「くっ……こうなったら、なるようになるぞ!」


 苦戦する仲間達を見ていられず、ジークはアブナイ薬の蓋を開け、一気に喉の奥へ流し込んだ。

 途中、むせてしまいそうになったが、薬の成分が体内に染み込んでいく。


 何が起こるのだろうか……ジークは覚悟を決めて目を見開いた。


 ……。

 

「……あれ?」


 何も起きない。


 そう思った瞬間、ドクンと心臓の音が鳴った。

 体中が熱くなり、ジークは瓶を落とすと両腕で肩を抱く。

 

 どうしようもなく息も苦しい、腕や足が爆発しそうなほどに腫れてきている。


 ハツが寄越してきたのは毒だったのだろうか……。


「うぅ……あぁ……」


 地面に膝をつき、苦しみ呻いたジークの額に大粒の汗が浮かぶ。

 それでも倒れまいと力を振り絞って足を踏み出せば、妙に太いふくらはぎが目に入った。


 そういえば、腕もボコンと太くなった気がし、ジークは、無性に叫びたい衝動に駆られてしまう。


「う……うおぉぉお!」


 思うままに腹の奥底から込み上げてきた声を張り上げれば、ビリビリと音を立ててウェディングドレスが裂けていく。


 雄たけびを上げるジークの太くたくましい二の腕が、夕空へ高々と突き上げられた。


 薬のドーピングにより、鍛え抜かれた歴戦の勇士のように筋骨隆々になった両手足は鋼のよう。

 

 何故か、体に合わせるように顔までも渋く引き締まっており、ここにゴツい体躯の剛腕の花嫁が爆誕してしまった。


「……力が、みなぎる! みんな、行くぞ!」


 自身の鍛え抜かれた肉体を実感したジークは、背負っていたフィアを手に取ると仲間達の前に躍り出ていった。

 

「ウダーッ! 誰だてめぇは!」

「ここは任せるんだぞ!」

 

 突如現れたウェディングドレスのムキムキジーク。

 あまりの衝撃にレイズが白目でツッコむが、今のジークには無敵だ。


「おかしい……少しばかり筋力が増すだけだったはずさ……」


 当のハツまで困惑しているが、予想以上の効果を発揮しているようだ。

 

「体が、羽のように軽いぃ! あ、よいしょーっ!」


 大男となったジークが相棒である大鎌を軽く振ると、フェアリーゴレイヌの群れが吹き飛んでいく。


 箒ではくように魔物を蹴散らしていくのは、ウェディングドレスをまとった、筋骨隆々の白き花嫁(ジーク)

 

 あっという間に包囲を突破した所で、ハツとレイズが止めを刺していけば事の収束は早かった。


 アブナイ薬のドーピングによりナイスガイになったジークは、フェアリーゴレイヌの最後の一体を倒すと、大鎌を軽々と振り、専用の鞘で刃を保護して元のように背負う。


「……ふっ、解決ってやつ、だな」

 

 ジークはキザな笑みを浮かべ、ただ一言そう言うと、まるで何事もなかったかのように金色の前髪をかき分けた。


 格好つけているが、破れたウェディングドレスはどうするのだろうか。

 

 ジークが沈む夕日を背に黄昏れていると、フェアリーゴレイヌを片付けたレイズとハツがやってきた。

 

「ジーク!」

「すまんさな、分量を間違えたみたいさ」

 

 二人が筋骨隆々のジークを見ると、彼は遠くを見るような目をして答える。


「……太陽が、俺を呼んでいる。漆黒の天使……エターナルクロス……!」

 

「……」

「マジかよ。ついに中身までぶっ飛んじまってるわコレ……」


 ハツはすぐに目を逸らし、レイズは面倒くさそうに右手で顔を覆った。

 どうやら、薬の副作用で正気を失っているらしい。

 

 

 そのまま、ひたすら何とも言えない独り言をこぼすジークを荷台に押し込み、ハツとレイズの二人は暗い夜を進むのだった。


「堕ちた片翼の翼!」


「わけわかんねぇし、一緒じゃねぇか!」


 仰向けで夜空に手を伸ばし、感極まって涙を流すジークにレイズはツッコむ。


「おい、この効果はいつ切れるんだ? うるさくてたまんねぇわ」


 明かり代わりの炎を手元に浮かせたレイズは、うんざりしたように首を振る。

 

「俺様もわからんさが、今日中には切れるだろうさな」

 

 疲れた顔のハツは、荷車を力いっぱい引きながら乾いた笑い声を上げた。

 

 ハツが調合したのは、自身が強いと錯覚させて一時的に闘争心を高めるだけのものだったのだが、どうやらうっかり筋肉増強作用のあるものまで混ぜてしまっていた。


 そこに、ジークの真っ直ぐで素直な性格が加わる。

 どういうわけか、本人の思い込みも重なって一時的に筋肉が異常発達してしまったというわけだ。


「まぁ、多分。明日はものすごい筋肉痛さろうな」

「うぅ……うーん……」

 

 薬の成分を思い出しながらハツがそう言うと、荷台に寝ていたジークがおもむろに起き上がる。

 みるみるうちに筋肉がしぼんでいき、いつもの姿に戻っていく。


「……あれ? 俺、何してたんだっけ……あいっだぁ!」


 そう言って、正気に戻ったジークが二人の間から顔をのぞかせると、体中に激痛が走った。


「痛っ! なんか筋肉痛なんだぞ、何でだい?」


 困惑して目を白黒させている様子から、どうやら先ほどの事は覚えていないようだ。

 

「……お前、今日の晩飯のメインやるよ」

「疲れてんさな……」


 レイズはそんなジークを憐れむように頷き返し、ハツもまた、労わるように出来るだけ荷車を揺らさず引き続けていく。


 筋肉痛に苦しむジークの隣には、剣の乙女と呼ばれた少女が寄り添っていた。

 何はともあれ、任務完了のAHOU隊は仲間が待つベレット村へと帰って行くのだった。



 『ウェディング・ジーク』 fin.

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