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ELYSION  作者: 秋風スノン
第3章 ナイトパレードは終わらない
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第43話『モッチリ村の奇病③』

 モッチリ村の奇病は、あらゆるものを胴上げしてしまうというものだった。

 

 村人の話によると、魔法使いはある日、突然やってきて仕掛けてきたのだという。

 エリュシオン傭兵団の制服を着ているジーク達は、話をする前に敵対されて胴上げの呪いをかけられてしまう可能性がある。


 だったら、警戒されないように魔法にかかったフリをすればいい。ジークはそう提案していた。


「……いいかい? みんな、この村の人の為に恥ずかしさは捨てるんだ」

 

 原因の魔法使いが閉じこもる小屋の前で、ジークは持っていた『アンノウンイモ』を握りしめる。

 青々とした『キャベシ』を腕に抱えるシャオロン、白く丸い『カブル』を握るハツ。

 

 鮮やかな赤みの『トメェイト』を食べているリズと、目と鼻の部分をくり抜いた『カボッチャ』を頭にかぶっているレイズも準備は出来ている。


「チャンスは一度きりだ! 行くぞ!」

 

 借りて来た野菜で武装したAHOU隊は、ジークの掛け声に合わせて一斉に動き出す。


「スハアァー……!」


 大きく息を吸い込み、腰を落として両手に気合を溜めたジークは、握ったアンノウンイモを足元へと振り下ろし――。


「ァワッショーイッ!」


 キレのある掛け声と共に頭上に投げた。

 風を切り、夕空に舞う、まるまると大きく甘いアンノウンイモは、実はふかすと美味しい。

 

 滑らかな円を描きながら落ちて来たイモをキャッチしたジークは、勝利を確信するように笑った。


「フッ……決まった!」

 

 何が決まったのだろうか。やっている事はただの胴上げだが、なんという堂々とした振る舞い。

 

 小屋の前で先陣を切ったジークに続き、シャオロンやハツ、リズも我を忘れたように野菜を胴上げし続ける。

 大きく声を出しながら「ワッショイ!」の掛け声を切らさないよう、互いの呼吸を見てタイミングを合わせていく。


「……いや、これ何がしてぇんだよ……」


 ただ一人、正気を保っているレイズは、謎のチームワークに置いていかれている。

 ほどなくして、小屋の中から物音がしてきた。

 

 カチャリ、と鍵の開く音が聞こえ、ジークは弾かれたように顔を向ける。


「なっ……誰だっ!」

「誰だ、じゃねぇよ! 普通に呼べよ! だいたい、お前らは怪しすぎるわっ!」


 相変わらずのボケにつっこむレイズだが、頭にカボッチャを被っているお前が一番の不審者である。


 AHOU隊が見守る中、軋みを上げたドアが開いた。

 隙間が開くたびに薬品の臭いが漏れ出ていく。

 

 中から顔をのぞかせたのは、まるで木の枝のように痩せ、細い糸目の下に濃いクマがある陰気な男だった。

 ジークは表情を引き締めると、アンノウンイモの胴上げを続けたまま口を開く。


「突然、すみまッショイ。俺達はエリュシオンワッショイの、ショイショイで野菜が」

 

 ――バタン。

 まだ本題に入っていないというのに、ドアを閉められてしまった。

 ついでに、厳重に鍵までかけられてしまっている。


「な、なんでだい……? 胴上げはカンペキだったはず……」


 ショックを受けて立ち尽くすジークは、己の何が間違っていたのかと頭を抱える。


「胴上げのクオリティとかの問題じゃないヨネ」

「俺様もそう思うさな」


 シャオロンだけならまだしも、ハツにまで白い目で見られている。


「バカだろ! もう、こんなクソみたいな事してられるかっ!」


 舌打ちをしたレイズはそう言うと、頭にかぶっていたカボッチャを脱ぎ捨て、小屋のドアを丁寧に叩く。

 一定の間隔で三度ノックするのは、貴族式の礼儀だ。

 

 中から「はい……」と男の返事がし、レイズは咳ばらいをすると口を開いた。


「……四大貴族、東のルーク家の名において命令する。わかるな? ドアを開けなければ、強制的に刑を執行する」


 悪どい顔をしたレイズがそう言うと、中から慌てて鍵を開ける音がした。

 彼とリズの実家であるルーク家は、ホワイトランドの中でもちょっとした黒い話がある怖い家なのだ。

 

「……脅すなんて卑怯だぞ」

「俺は、目的の為なら手段は選ばん」


 ジト目で見るジークをよそに、レイズは実家の権力を使う事に躊躇いがなかった。

 軋みを上げて開いたドアから、また陰気な男が顔を見せる。


「あの! この村に奇病を流行らせた理由を教えてくださいショイ!」

 

 ジークは、再び仲間と野菜の胴上げをしながら話を試みる。すると、男の糸のように細い目が薄く開いた。

 話を聞いてくれそうな雰囲気に、ジークはもう一押しだと踏み込む。

 

「皆さん、高齢の方もいて困っているッショイです。止める方法を教えてッショイ!」

 

 男に懇願するジーク。すると隊のリーダーである彼の真摯な態度が伝わったのか、男はグッと息を飲む。

 ようやく観念したのか、魔法使いの男は話をし始めた。

 

「……こ、この魔法は実は……」


 陰気な男は視線を彷徨わせながら、何故かその先の話を躊躇う。

 ジークは、その様子に事情があるのだと気付き、胴上げをする手を止めた。


「何か、事情があるのですか?」


 彼を刺激しないよう、慎重に話を進める……つもりだが……。

 

「ワッショイ! ワッショイ!」

「はい、この魔法は本当は……」

「ワッショイ! ワッショイ!」


 また男の唇が動き、ジークは怪訝な表情になった。 


「え? 何て言ってるのか聞こえないんだぞ?」

「……」


 何とかして事情を聞き出そうとするが、後ろのワッショイがやかましい。

 あまりの騒がしさに、魔法使いの男は再びドアを閉めて引っ込もうとしていた。


「あっ! ちょっと……!」

 

 ドアが完全に閉じる前に、ジークは隙間に足をねじ込む。

 全力で閉じようとするドアを、気合と根性でこじ開ける力づくの戦いが始まる。


 絶対に逃がしたくないジークVS絶対にドアを閉めたい男。

 あの痩せた男のどこにこんな力があるのか……挟まれたジークの足が、ミシミシと変な音を上げた。


「あだだだっ! もう何でもいいから、村のワッショイ病を治して欲しいんだぞ!」

「ち、違うんです! これは病気なんかじゃなくて……!」


 腹の底からそう叫んだ男は、何かに気付いたように顔を強張らせる。


「……?」


 ジークが男の様子に気付いたその時、何かが地中を這う気配と、静かな地鳴りが聞こえてきた。


「な、なんだい……?」

 

 揺れる地面に驚いたジークは仲間達を振り返った。見れば、ハツやシャオロン、レイズも何が起こっているのかわからず戸惑っている。

 ただひとり、今まで静かだったリズがポツリと呟いた。


「野菜が歩いている」と。


 いつものように無表情のリズが指さす先には、埋まっていた畑から両手をついて抜け出している野菜の姿があった。

 ぬいぐるみのように先が丸い手足はちょっと可愛い。

 

「なんで、腕……」

 

 信じられない光景に、ジークは背負っていた大鎌を手に取る。無意識だが、収穫しようとしていた。


「それだけじゃないヨ。ちゃんと、足もあるネ」

 

 シャオロンは死んだ魚のような目で瞬きをした。


 あたかも「いい湯でした」というように満足げに両手両足を使って土から出てきたキャベシは、茫然としているAHOU隊を無視して歩き始める。


 それに続くように、小屋の周りにあった畑からは食べごろの野菜たちが脱走し始めたのだ。

 イモ類なんかは、「よく寝た」と腕を伸ばしていた。


「……は?」

「俺様は夢を見てるんさか……」


 どんどん畑の土から自力で出てくる奇妙な野菜を前に、半笑いのまま言葉を失うレイズと、自分の目を疑うハツ。

 


「じっ、実は、あの魔法は食べごろになった野菜が自ら収穫されていくようにしたかったのですが、誤って村の人に魔法をかけてしまったのです……!」

 

 魔法使いの男は両手で顔を覆うと情けない声でそう言った。


「この畑では成功だったのですが、村の人が高齢だったものでつい、何かできないかと……!」


 つまり、モッチリ村の奇病とは、村人の農作業を助けたい男の善意による失敗だったというわけだ。

 このタイミングで明かされた真実だが、今それどころではない。


「あの野菜はどこに行くんだ?」


 我に返ったレイズが冷静に訊ねたが、男はゆるく首を振った。

 

「わかりません。術の詠唱中に自由を求めて旅をする私の願望も加えましたので……ですが、我が子を見送るようで素晴らしい……!」

 

 居心地のいい故郷を旅立ち、颯爽と歩いていく野菜たちを見送る男は感動の涙を拭う。


「いや、感動してる場合じゃないヨ!」

「これが、どっか人の目についたら大問題さな!」


 シャオロンは、目の前を歩いていくイモの蔓を掴んで連れ戻し、ハツも次々と逃げ出している野菜を捕まえて糸で繋いでいる。

 

 そうなのだ。歩く野菜など見逃してしまえば、この事を知らない人達に新種の魔物と間違われて大問題になる。


 最悪、モッチリ村が魔物を生み出したのだと思われるだろう。

 そうなれば、当然AHOU隊の責任である。


「逃がしちゃおけない! みんな、行くぞ!」

 

 一匹残らず捕まえる為に、ジークはすぐに動き出した。

 相棒のフィアを振るい、怯んだ野菜たちを掴んでは小屋へ放り込んでいく。

 かなり手荒いが、こうでもしないと間に合わないのだ。


 ただ、野菜たちが簡単に捕まるわけもなく、AHOU隊ひとりに対して集団で殴りかかってくる。

 一匹捕まえたと思えば、死角からトメェイトの蹴りが飛んでくるのは、もはやカオス。


「大丈夫、怖くない。みんな一緒、スープになるだけ」

 

 無表情のままのリズは、四方から飛んでくる野菜の猛攻を受けながら淡々と回収していく。

 ガラス玉のような瞳で暴れる野菜を見つめ、うっすらと口角が上がっているのは気のせいだろうか。

 

「クッソ! 大人しくしろっつの!」


 戦いが得意じゃないレイズは、小屋から逃げ出そうと抵抗する野菜を根性で押し込んでいる。


「はぁ、はぁ……これで最後だな!」


 息を切らせ声高々にそう叫んだジークは、小脇に抱えたキャベシを小屋に投げ入れ、勢いよくドアを閉めた。

 辺りを見渡せば、疲れ切って座り込んでいる仲間と、穴の開いた畑が広がっていた。


「あぁ……野菜たちがぁ……」


 複雑そうに小屋を見つめる魔法使いの男。

 小屋の中に押し込めた野菜が動き回り、ガサガサと気持ちの悪い音を立てているが、ジークは聞かなかったことにした。

 

「だいたい、魔法に失敗したのなら村の人にすぐ説明したらよかったんじゃないかい?」


 疲れによる溜息を吐き出したジークが男にそう言うと、表情を曇らせた彼は俯いて答えた。


「何て言われるか怖くて、失敗したなんて言えなかったんです……」

「そんな理由で、かい?」


 そのあまりにも幼稚で勝手な理由に、ジークは片眉を吊り上げ、後ろで見ている仲間に視線を投げた。


「今すぐに、村人に謝罪をするんだな。それが魔法を扱う者の正しい姿だ!」


 彼と同じ魔法使いのレイズは、頭が固いながらも正論を言う。


「俺様はアンタやこの村もどうでもいいさが、早く帰りてぇさな」


 他人のことはどうでもいいハツは、いつも通りである。


「大丈夫だヨ。きっと、怒りの横ワッショイをされるだけだと思うヨ?」


 フォローになっていないが、シャオロンは右手親指を立てニッコリと笑いかけた。


「リズは、よくわからない」


 とことん自分に素直なリズは、それだけ言うと手の中で狼の氷像を作って遊んでいる。


「うん、決まりだな! どうあっても、村の人にちゃんと謝るんだぞ!」


 ジークはそれぞれの意見を聞き終わると、項垂れている魔法使い服の襟を掴んで引きずっていく。

 思えば、最初からこの男が正直に謝って魔法を解いていれば話はこじれなかったのだ。

 

 

 ――その後、村人たちに平謝りした魔法使いは、結論から言うと許された。

 幸い、魔法自体は放っておけば解けるとのこと。


 手足が生えた野菜は、何となく情が湧いて食べづらいので村の名物として飾るのだそうだ。

 

 元々、村人の為を思って使われた魔法であったのもあり、男は横ワッショイの刑は免れたようだ。


 何にせよ、任務を完了させたAHOU隊が帰ろうとしていると、村長はすっかり暗くなってしまった帰り道を心配し、村に泊まるようにとすすめてくれた。


「……いいえ、どこかで俺達を待っている人がいるので!」


 仲間と共に松明を持ったジークは、村の看板の前でそう言って穏やかに微笑んだ。

 これ以上、世話になるのは申し訳ないと断るジークだが、本音は違った。


 解決はしたが、魔法の効果はまだ解けておらず、ワッショイの掛け声を上げながら野菜の胴上げをする村人は何だかその、暑苦しい。

 

 村人としては体が勝手に動いてしまうのでどうしようもないのだが、一晩中これを聞いているのはキツイものがある。


「そうですか……では、せめてこちらをお持ちくださいッショイ」

 

 真剣な顔つきで村長が差し出してきたのは、村の特産になっている野菜。

 当然のごとく胴上げしながら渡される。


「あ、ありがとうございます……」


 手足が生えた奇妙なアンノウンイモを受け取ったジークは、嫌な予感がしながらも鞄に押し込んだ。

 これは、隣の家のおばさんへお土産として渡す、そう心に決めていた。

 

「あ、あとこれは村の職人が焼いた壺でして……」

「お、お気持ちだけで大丈夫です!」


 その後も村長が厄介なものを押し付けてくる前に、文字通り逃げるように夜の帰り道へ走り出す。


 ――――

 

「……ネェ、やっぱり泊まってもよかった気がしなイ?」


 村の明かりが見えなくなった頃、シャオロンがそう言った。

 ジークは、鞄の中で動いているアンノウンイモを押さえ込みながら首を振る。


「いや、あそこで帰らないと、また胴上げされかねないんだぞ」


 脳裏に、横ワッショイの悲劇が蘇る。往復ビンタからの投げは本当に痛いのだ。


「俺様も、面倒ごとは勘弁して欲しいさな」

「まぁ、確かに。仕事分の働きはしたからな。あとは自分らで解決してもらおうぜ」


 そこにハツとレイズも加わり、何も言わずとも意見は同じだった。


「それもそうだネ! アトはまた崖から落ちないようにネ!」


 などと言って、軽い足取りのシャオロンは、崖の向こう側にかかる倒木を渡って行く。

 人間とは違い、身体能力が高い亜人の彼にとって、こんなもの普通の道を歩いているのと変わらないのだ。

 鼻歌を歌いながら、身軽なハツとリズも続いていく。


「……」 


 スイスイ渡って行く三人を見ていたジークは、同じく顔をこわばらせたレイズを一瞥する。

 来る時はまだ明るかったので気にしなかったが、今の足元は真っ暗闇で、落ちたら間違いなく終わる。


「へ、へへ……怖くないんだぞ……!」


 ジークは、恐怖のあまり気持ち悪い顔で笑い、倒木を渡ろうと足を乗せた。

 その瞬間。ギシ、という音と傷んだ木の柔らかい感触が足の裏に走り、ジークは思わず真顔になる。


「……いいかい? レイズ。そっとだ、そっとだぞ?」


 頭に浮かんだ最悪な状況を冷静に受け入れ、後ろにいるレイズへ伝える。


「は? 何言ってんだ、早く行け」

 

 何も知らないレイズが舌打ちをし、豪快に足を掛けたその時――。

 AHOU隊が渡っていた倒木が、バキバキと大きな音を立て始めた。


 揺れる足場、恐怖で歪む視界。

 

「うわぁあっ! 早く、早く行ってくれ!」

「このままじゃ木が折れるんだぞ! 誰か降りてくれよ!」

 

「先にジークが降りるといい。あれ? 降りたらダメ?」

「何でもいいさから、早く渡り切るさ!」

 

「ちょっと! 押さないでヨ! 落ちる、落ちるっテ!」


 後ろからレイズ、ジーク、リズ、ハツ、そしてシャオロンの順に喚き散らしながら、大混乱の末に限界足場を走り抜けていく。

 我先に渡り切ろうとする容赦のなさは、よく言えば信頼の証。


 最後の最後に恰好が付かないのは、いつもの事だ。


 ちょっぴりマヌケで、だけど勢いだけは負けていない彼ら、エリュシオン傭兵団のミラノ領所属、AHOU隊の日常はまだまだ続く。


 余談だが、モッチリ村の奇病は数日後には治まり、村は野菜の生産量で話題になったらしい。


 『モッチリ村の奇病』 fin.


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