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ELYSION  作者: 秋風スノン
第3章 ナイトパレードは終わらない
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第41話『モッチリ村の奇病①』

 人間、本当に危なくなると恐怖どころではなく『無』になるというのは、どうやら本当の事のようだ。


 とある午後のこと。

 青空と鮮やかな緑が広がる平和な世界、ホワイトランドで傭兵として働く少年、ジーク・リトルヴィレッジは頭の上にある真っ暗闇の谷底を見つめて冷静にそう思った。


 何故かそれ以外で頭に浮かぶのは、朝食に出て来た固いパンで顎を痛めた原因は何だ? というしょうもないもの。

 あまりにも非常識かつ、信じられない状態にジークの思考はマヒしていた。

 

 今の状況は一言でいえば、最低最悪。この身ひとつ、深い谷底へ頭から落ちかけている。


「今の状態をそうだな、デス・スカイダイビングと名付けてみよう」

 

 この危機的状況でも、感覚がマヒしているジークはどうでもいい事を考えていた。

 そうこうしている間にも、眼前の谷底へと吹き込む風の悲鳴ともとれる音が耳をついては流れていく。

 

 ――ガクン。支えを失った体がまた一つ、ジークを谷底へと近付けていく。

 

 真顔のままのジークは『あ、死ぬかもしれない』と冷静に思った。だが、思ったところで今のジークにはどうすることも出来ないのだ。ジークがまた今朝のパンの事を考えようとしていた時、足元から少年のうめき声が聞こえてきた。

 

「ジーク、しっかりしてヨ! デス・スカイダイビングしたラ即死だヨ!」


 この晴れた太陽のようにハッキリした声の主は、同じ隊で前衛と壁役を一手に引き受ける『ガード』のシャオロンだ。

 彼はブラウンの大きな目を固く閉じ、谷底を見ないようにしてジークの足を掴んでいる。

 時折見せる腹黒さはあるものの、亜人特有の高い身体能力と思いやりが深い彼は、一番にジークの足を掴んでくれた。


「落ちたらまぁ、助からんさな……」

 

 声代わりをした少年特有の低い声が苛立ちを込めて言う。

 シャオロンの後ろ足を右手一本で掴んでいるのは、あちらこちら好き放題にハネた金髪と大きなアホ毛が特徴で、右頬に痣のある少年、ハツだ。

  彼は薬師であり病気や怪我の手当てをしてくれる『トリート』であるが、他人にあまり興味がない。

 だが、なんだかんだと協力してくれる心強い味方だ。


「ん。リズも生きてるかわからない」

 

 さらにハツの左腕を両手で掴んでいるのは青いガラス玉のような目をした無表情のリズ。

 宝物の青いリボンで左の横髪をまとめ、耳にかけている。大人しい子で性格は素直で純粋。

 ホワイトランドの中でも大貴族であるルーク家の魔法使いであり、本人も魔法の才能に恵まれている『スペル』だが、過去の事情から倫理観が育たず、幼い精神のまま体が大きくなってしまったというもの。


 そして、以上の四人を一人で支える事になってしまったのが、リズと同じく『スペル』の魔法使いであり、双子の兄のレイズ。

 短い赤髪と青いフレームの眼鏡が特徴の彼は、子供の頃から病弱で魔法が使えない代わりに豊富な知識でサポートを得意としている。

 だが、そう。今回の一番の問題は筋力のキの字もない彼が、このデス・スカイダイビング(ジーク命名)の命綱となってしまったことにある。


「お、お前ら……なんで、あとさきっ、考えねぇで飛び込んで行くんだ!? バカだろ!」


 ごもっともである。

 レイズは一人で下の四人分の体重を支えようと、見るからに心細い木に両足を回し、整った美形が台無しになるのも構わず必死に耐えていた。



 ――事の発端は、ジーク率いるAHOU隊がエリュシオン傭兵団の任務として、このミラノ領の森の奥にあるモッチリ村で流行っている病気の調査に来たところから始まっている。

 

 霧が立ち込める森の中を襲って来た魔物を倒しながら進み、村を目指す。

 その途中、ジークが野生のアシスベリキノコを踏んでしまい、崖から足を踏み外したのが最初だ。

 アシスベリキノコは、衝撃が加わるとヌメヌメとした特殊な粘液を出してしまうため、取り扱いが難しい。

 

 当然、踏んでしまったジークは体のバランスを崩してしまい、転ばないようにと両手足を忙しく動かしているうちに、制御が効かなくなってしまったのだ。

 

 それに気付いた仲間達が助けようとしたが、すでに体勢を崩し慌ててしまいパニックになったジークは、集まってきた仲間達に高速の張り手を繰り出してしまい、結果、自ら助けを拒んでしまった。


 まさに、ジークにバッドステータスが全部かかった状態で起きた事故。

 もっとも、手足を振り回して悲鳴を上げながら舞い、まるで怪しい踊りを披露しながら谷底へ滑って行く様は、なかなかにシュールだった。


 落ちていくジークの足を最初に掴んだのはシャオロン。その足を掴んだのはハツで、リズ、レイズと続いた結果。

 いま五人は、仲良く谷底に突っ込みかけていた。

 


「ふっ、ぐぉおおおお!」


 もはや限界を超えているレイズは、仲間を谷底へ落とすまいと必死になるあまり、生まれたての小鹿のように震えている。

 辛うじてだが、耐えられているだけ奇跡だ。

 

「ほら! 頑張れ、レイズ! 君なら出来るんだぞ!」


 状況がわからないなりに明るく応援するジークだが、元の原因はお前である。


「……ふ、ふぐっ!」


 レイズは怒り返す余裕もなく耐えていたのだが、先に限界が来たのは足をかけていた細い木の方だった。

 パキン、と何とも軽い音を立て、最後の頼みだった木が折れてしまう。


「え……」

 

 ジークは半笑いの表情のまま固まってしまい、次の言葉を発する前に重力の恐ろしさを思い知る事となる。

 何が起きたのかと考えたのは、時間にして一瞬。


「いやだぁあああぁあああっ!」


 風圧で顔の肉がすごい事になりながら、ジークは心の底から悲鳴を上げて落ちていき、今まであったことが次々と頭に浮かんでは消えていく。

 途中、何かのはずみで体勢が変わってしまい、谷底に背を向ける形となり同じように落ちていく仲間と目が合う。

 

「ネェ、デス・スカイダイビングってこれのコト? 誰ノせい? 楽しいネェエ!」


 普段は下ろしている長めの横髪が乱れ、亜人特有の長い耳があらわになったシャオロンは、金色の瞳をギラギラと向けて笑う。笑っているが目が本気だ。間違いなく怒っている。


「こんなことなら、もっとイイことしとくんだったさぁ!」


 ハツはただでさえ毛量が多いので、毛玉がものすごい早さで落ちているように見える。イイこと、とは何のことだ。


「女神エリュシオン様、人はみんなあなたの子であり恩寵を与えられて……」


 悲鳴どころか、こんな時でも顔色一つ変えないリズは女神エリュシオンに祈りを捧げている。

 後半は何と言っているのかわからず、ジークには念仏を唱えているように聞こえていた。


「…………」


 体力を使い果たしたレイズは、白目になって無言で落ちていた。


 エリュシオン傭兵団のAHOU隊は何ともマヌケな理由が原因で、霧深い谷底へと飲み込まれてしまった。

 拠点となるベレット村を出て、五時間後のことである。

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