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ELYSION  作者: 秋風スノン
第2章 フェアリーテイルの雫
35/69

第35話『対決』

 互いに向かい合う視線は交わらず――。


「リズ……! よかった……」

 

 無事だったんだな? そう言おうとしたジークは対面したリズの様子がおかしい事に気付いていた。

 魂が抜けてしまったような虚ろな瞳は、ジークの目ではなく急所である首や腹を見ている。

 まるで、命を奪う事だけが存在意義だというように。

 

 再会したリズは、少年とも少女ともつかない華奢な体に不釣り合いな二本の黒い刃の剣を両手に握り、命令があるまでじっと動かない。


「はは、ひゃはは! 驚きに驚きを重ねるようですがねぇ、それはもう心の支えにしていた事を片割れに騙され、何年も生きてきた結果……」


 唐突に大声を上げたフラクタは、テーブルの上を劇役者のように大振りの演技をしながら歩く。

 憐れむような顔で燭台を持ち上げ、眼下のレイズに向けた。


「よりによって、自分を騙していたクソに大事にだいじにしていた仲間も奪われてしまい、可哀想にもう空っぽになってしまいましたと!」


 そう言って、くるりと回って踊るフラクタは、花瓶にさしてあったセイランの花を掴み、乱暴に床に投げ捨てる。


「アイツに何を吹き込んだ!」

 

 レイズは自分を見下ろすフラクタを睨み返し、銃口を向け引き金に指をかけた。


「ああ、怖い! そのおかしな道具で我こそに何をするのですかね? アレに吹き込んだも何も事実デショウニ? それに、アレは自分から望んで人形に戻ったのです。自分の存在意義は、人を殺すことだと、理解したのでしょう!」


 大げさな仕草で両手の平を合わせたフラクタの出番は終わらない。むしろ舞台へ上がった自分に酔ってさえいる。


「黙れ……テメェが押し付けた理由を正当化するんじゃねぇ。反吐が出るわ!」


 苛立ちを押し殺したレイズは、魔銃に装填されている弾数を思い出す。

 

 ジゼルから渡された魔銃には、彼女の水の魔力を込めた弾が二発と自分の火の魔弾が一発入っていた。

 すでに水の魔弾を一発使ってしまい、残りは一発ずつ。

 

 つまり、これを外してしまえば後がない……撃たないのではない、撃てないのだ。


「そんな……リズ! 俺だ、ジークだよ!」

 

 ジークはフラクタを無視してリズに駆け寄った。


「わからないのかい!? 君に会いに来たんだ」


 呼びかけに微かに反応したリズは、彷徨わせていた視線を合わせて呟いた。


「……ジーク?」

「そうだよ! 俺だ、シャオロンやハツも来てるんだ!」


 亡霊のようにふらりと近付いてきたリズは、薬の作用で意識が薄く自我を失っている。

 もしかしたら、記憶まで失くしてしまったのかもしれない……ジークの脳裏にそれがよぎっていた。

 

 だからこそ、思い出させたくて呼びかける。


「人形じゃない、君は人間だよ、人間なんだ! 戻ってこい!」

「ジーク……? ジーク、ジーク……!」


 濁った眼のリズは、ジークの名前を噛み砕くように繰り返していた後、突然何かを思い出したように目を見開き悲鳴を上げた。


「リズ!」


 咄嗟に振り返ったレイズの前に佇むフラクタは、愉快そうに微笑む。


「なんで、なんで? 知らない、知らない! うるさい……!」


 混乱した記憶が頭の中で混ざり取り乱したリズは耳を塞ぎ、周りの雑音をかき消すように大声で叫ぶ。

 

「嘘! 違う! 違う、ちガう、チガウ、ちがう! ジークは死んだ! リズのせいでみんな死んだ!」


 両手で顔を覆い刃が頬を傷つけて血が滲む。けれど、身に宿した癒しの魔力が後悔の傷をもなかったことにしてしまう。

 それでもなお、声を張り上げ叫ぶリズの足元からは制御できなかった青い魔力が溢れ、辺りに白い冷気が広がっていく。

 

 暴走した魔力がグラスを割り、近付く相手を拒む氷の棘が食堂の壁を覆う。


「どういうことだい……!?」


 ジークはわけもわからず凍っていく床や椅子から離れた。

 フラクタはテーブルから軽いステップで飛び降り、冷徹な管理者の権限をもって指示を出す。

 

「リズウェル、命令デス。そのクソを殺しなさいな!」


「――ッ!」


 管理者の声に弾かれたように反応したリズは、氷の結晶を蹴り上げ、驚いて動けないでいるジークに襲い掛かる。

 何の感情もない傀儡となってしまったココロは空っぽで、悲しいまでに従順だった。


 身構える暇もなかったジークはフィアで防ごうとするが、暗殺者として訓練されたリズには追い付けない。

 一瞬のうちに背後を取られてしまい、底冷えするような殺気が背中をはしる。


 黒い剣の刃がジークの首へと斬り込むその瞬間、一発の銃声が響いた。


「な……!」


 ジークはすぐにリズから離れ、銃声の方を見る。

 

 撃ったのはレイズ。彼の放った氷の魔弾はリズの左腕を撃ち抜いていた。

 辛うじて繋がっているだけの腕を見たリズは、ここで初めて片割れに視線を流す。


「……どこ見てんだ? お前の相手は俺しかいねぇだろ……」

 

 反動による煙が上がる魔銃を下ろしたレイズは、息を整えながらそう言った。


「かかってこいよ! なぁ、リズ! 俺が憎いんだろ。次は心臓をぶち抜いてやるよ!」

 

 そして、震える腕を押さえつけ、出来る限り不敵に笑って見せた。

 

 だが、利き腕を撃ち抜かれても痛みを感じないリズは動じない。眉ひとつ動かさず、流れ出る血を眺めている。

 そこへ、パチパチと軽薄な拍手音が聞こえた。


「お見事! 他の人間をかばう為なら大事な片割れを殺すことも厭わない覚悟、面白そうですかねぇ?」


 醜悪に嗤うフラクタは、これを最高のショーだと言う。


「黙れ! このクソ野郎がッ」


 レイズは舌打ちを返し虚勢を張る。本心はリズと戦うなんて嫌に決まっている。

 

 だが、フラクタとリズの二人を同時に相手するには、ここはあまりにも不利なのだ。ここで戦力を分断させておきたいのが本音だった。


 リズは本来、物陰に隠れながら奇襲を仕掛ける暗殺者であり、フラクタは正面から全てを破壊する力業の戦い方をする。


 椅子やテーブルなどの障害物を巻き込んで戦うとなれば、戦いに慣れていないこちらに勝ち目はない。

 いや、もとより、勝てない戦いなのだ。


 レイズウェルは勝てない戦いをしない主義だ。それは、幼い頃から染みついたもので、自分に期待をして、失敗し失望しない為のもの。


 それなのに、この無謀な戦いに挑もうとしている理由はひとつ。


「俺は、今度こそリズと向き合う!」


 レイズは、こちらを見つめる片割れに向け、力強くそう言った。


 あの性格のフラクタだ。ほぼ、間違いなくリズを差し向けると考えていた。

 そして、レイズの狙い通りとなる。


「……いいですかねぇ。では、そこのレイを始末してきなさいな!」


 面白いと手を叩いたフラクタは、幼い頃から仲が良かったレイズとリズの二人を殺し合わせる為にそう命じた。

 管理者である彼の従順な人形であるリズは、すぐにターゲットを変えレイズに襲い掛かる。

 

「レイズ!」

「ジーク! 死ぬんじゃねぇぞ!」


 ジークは、片割れと戦う選択をしたレイズを案じて呼び、彼もまたフラクタを相手にするジークへ言葉を残して出て行った。

 


 命令に従い、レイズを追うリズの気配も消え、食堂にはジークとフラクタの二人が残っていた。

 

 荒れた心を落ち着かせたジークは、フィアの剣先をフラクタへ向け貴族である彼に問う。


「……あなたは、自分で望んでそうなったのですか?」

「なんでしょうか? 同情? 愛情? どちらにせよ、我こそに傷をつけたお前を逃がしはしないでしょう!」


 そう言って余裕の笑みさえ浮かべるフラクタ。


「……俺は仲間を傷つけるアンタを許さない。だから、負けない!」

 

 答えを聞いたジークは、少し安心したように笑うと自慢のマフラーを解き、一気に駆け出した。


 正直、仲間の家族と戦うのは気が引けていた。だから、フラクタが本当にどうしようもなく狂っていてよかった……そう思った。

 

 一対一の戦いといっても、ここはルークの館で実力的にも大きく差がある事はわかっている。

 フラクタにしてみれば、今の状況は庭に逃げ込んだ動物を狩るのと変わりはない。

 

 ジークは、まずテーブルの上に並べられた燭台や銀のナイフ、フォークを投げて距離を取る。

 

 前に戦った時はハツやシャオロンのサポートがあったからうまく立ち回れたけれど、今はひとりで何とかしなければならない。

 

「どうしたのでしょう!? 逃げてばかりでは、どうにもならないでしょう?」


 ひたすら距離を取ろうとするジークを追うフラクタは、愉快そうに投げられた食器を自身の炎で溶かしていく。

 

 辺りに灯っていた炎が消え、食堂は再び月明かりしかない暗闇に包まれる。

 闇の中でフラクタの指先の赤い炎は、彼の瞳と同じように怪しく揺らいでいた。


「これでもくらえ!」

 

 次第に追い付かれてしまい、ジークはテーブルクロスを引き剥がし、追って来たフラクタへと投げつけた。


「それで? 何がしたいので?」


 失笑するフラクタは、鋭い刃がついた鞭で目の前に広がる白いテーブルクロスを切り裂く。


「面白みがないというのも悩ましい!」


 鞭がしなり、確かな手ごたえがあった。

 フラクタは、獲物の血しぶきが上がるのを見ようと手のひらに炎を召喚する。

 

 ――その時、視界が開ける瞬間、後ろで物音がし振り返った。

 あまりにも短絡的で浅はかな作戦だ、とフラクタは鼻で笑う。

 だが、目の前に落ちていたのは燭台に巻き付けたコール部隊の上着であり、獲物の姿はない。


 油断した狩人が背中を向ける、わずかなその隙をジークは待っていた。

 最初にテーブルクロスの陰に隠れて床に這いつくばり、上着を燭台に巻いて囮に使ったのだ。

 もし、鞭の軌道が悪ければ死んでいたかもしれないギリギリの作戦だった。

 

 まともに戦っても勝てないことはわかっている。

 だからこそ、大した小細工はせずにあえて真っ向勝負を仕掛けた。

 

「当たれッ!」

 

 起き上がる際の瞬発力を利用し、フラクタの背中へ渾身の突きを繰り出す。

 あと少し、あと少しで勝負が決まろうとしていた。

 

 その刹那、ジークの目の前に炎の柱が立ち上がる。


「クソの分際で……!」

 

 やがて炎は形を変え、怒りに染まるフラクタの手の中に収まっていく。

 火の粉を散らせ振るわれた巨大な鈍器を目にした時――。

 

「は……?」


 頭に衝撃を受けたジークは声を上げる間もなく吹き飛ばされ、辺りに落ちていた残骸を巻き込みながら床に叩きつけられた。


 頭から流れ落ちる液体が口に入り、鉄の味がした。体中が熱く、息が出来ない。

 ジークは空気を吸おうと口を開けるが、体がいう事を聞いてくれない。


「ゴミクソが調子に乗るなんて、許されないでしょう?」


 奇抜な道化師のような笑みを消したフラクタは、炎を纏わせた巨大な槌を片手に担ぎ、大股で近付く。

 空いた方の手で宙に文字を描きながら、高位の魔法の詠唱を始める。

 

 魔力で描かれた文字が淡く光り出すのを見ているしか出来ないジークは、フィアだけは離さなかった。

 諦めたくない、その思いだけがジークの意識を保っていた。

 

 その時、意地で固く握られた手に『彼女』の白い手が重ねられる。


 朦朧とする意識の中で、ジークの目にフィアの姿が映る。

 薄桃色の蝶たちを共に連れて現れた彼女は、ジークの姿を見て大きな目に涙を浮かべていた。

 フィアはめったに泣いたりしない。いつだってジークを励まして力を貸してくれる存在だ。


 その彼女が涙を流すということは、ジークの状態は本人が思うよりも悪いということ。

 現に、槌で殴られた部分は潰れてしまい、言葉で表せないほどに酷い。

 

「フィ……ア……?」

「酷い怪我だわ……」


 ジークは彼女の涙を拭ってあげようと手を伸ばすが、指を持ち上げることすら叶わない。

 フィアは浮かんだ涙を拭うとジークの右手を両手で包み込み、決意をしたように話を始めた。


「ジークは、人間と亜人が幸せに暮らせる世界を作りたいのよね?」

「……」


 無言の肯定を受け取ったフィアは、言葉を続ける。


「私を受け入れて。あなたの力になりたいの……力が欲しいでしょう?」

「ほ、しいよ……」


 ジークは乾いた口を動かし、悔しさを織り込ませフィアに伝える。もっと自分に力があれば、あの時だって亜人の女の子を助けてあげる事が出来た。

 入団試験で怨嗟に飲まれて命を落とした人達だって助けられた。


 きっと、気付かないうちに助けられた人達も見捨ててしまっていたのかもしれない。

 いつも、非力な自分を支えてくれたのは仲間だ。

 仲間との約束すら守れないのなら、再会する資格はない。


 これが、ジークの心の中にあった自分自身に対する苛立ちと問いかけだ。


 ――力が欲しい? その問いにもう一度ジークが頷いた時。

 フィアの柔らかな唇が、歪な弧を描いた。

 

「大丈夫、私はいつもあなたの傍にいるわ、ジーク」


 そう言って慈愛の女神のように微笑むフィアは、ジークの右手の甲へと唇を落とした。

 最愛の誓いを結んだ彼女の体は、薄桃色の蝶と同化して光の粒子となり、ジークの周りを舞う。

 祝福を与える鱗粉は傷を癒し、心に温もりを与えてくれる。


 まるで、フィアの意識が体の中に入っていくような不思議な感覚。最後に柔らかい風が通り過ぎ、ジークは目を開いた。

 それとほぼ同時に、フラクタの放った火魔法がジークとフィアを飲み込んだ。

 

 黒煙を上げる炎は家具や壁に燃え移り、氷の茨を溶かしていく。

 自身の使える魔法の中でも上位の術を叩き込んだフラクタは、額に浮かんだ汗を拭う。


「あは、あはははははは! あれだけ威勢がよかったわりには、これでおしまいでしょうかね!」


 狂ったように体を捻り、獲物の死を確信したフラクタの嗤い声は、すぐに驚愕の表情へと変わる。

 

 確かに炎はジークへと直撃し、頭部への傷で動けるはずもなかった。

 だが、気配を感じるのだ。

 持ち前のパワープレイでねじ伏せたはずの獲物が、自分よりも遥かに弱者であるはずの人間が……。

 

「まだだ! まだ終わってない!」


 体中を巡る力は抑えきれず、ジークは踏み出した左足に重心をかけ、一振りの風圧で炎をかき消した。


 「うおっとと……」

 

 大振りの勢いで足をもつれさせたジークは、なんとか踏みとどまると血で固まった金の前髪をぐしゃりと握り解いた。


 剣の乙女であるフィアの力をもらい、ジークが両の手で握るのは以前の細剣ではなく、長い柄の先にカーブした刃のある銀色の大鎌。

 

「な……! 確かに我こそが頭を潰して殺したはず……お前も癒しの魔力を……!?」


 殺したはずのジークがこうして生きている――動揺するフラクタを正面から見据えたジークは、大鎌を肩に担ぎニンマリと笑った。

 

「知らないぞ! なんせ俺は、ちょっと記憶喪失でお茶目な一般民だからね!」


 威勢よく再戦の合図を叩きつけたジークは駆け出し、一気に敵であるフラクタとの距離を詰める。

 体が軽く、腹の底から何かを壊したい衝動が湧き上がって止められない。

 頭の中で誰かが、目の前の相手を「殺せ」と囁いている。


「クッ……クソの分際でェェエ!!」


 もはや余裕を崩し捨てたフラクタの怒声が響く。打ち下ろされた炎の一撃を躱し、ジークは命を刈り取るのが役割のソレを振るう。

 今、初めて使ったはずの大鎌は、ジーク自身も驚くほど手になじんでいた。


「俺は、アンタを倒して仲間との約束を守る!」

 

 ジークはとてつもない万能感と破壊衝動をエネルギーにし、虚ろのフラクタへと深い一撃を食らわせた。

 

「あ、がァ……」


 腹を横に切り裂かれたフラクタは白目を剥いて膝を折り、悲惨な現場となってしまった食堂の床に倒れ伏す。

 ジークも疲労により肩で息をしながら大鎌を下ろし、動かないフラクタを見下ろす。


「……」


 深呼吸をしたジークは拳を握る。

 この男に、リズやレイズはどれほど苦しめられていたのだろう。

 

 相手が誰であろうと、許されない人間は必ずいるというものだ。

 考えれば考えるほど、心の中にどす黒いモヤがかかっていくような気がしていた。

 

 ジークは、歯を食いしばり固く握った拳を振り上げた。


「あぃ……ッ!」

 

 ガツン、と自分でも驚いてしまう衝撃と痛みに思わずマヌケな声が出てしまう。おまけにこの石頭のせいで殴った手の方が痛い。


 ――ジークは、自分の頬を殴ったのだ。


 痛みにより、頭の中で渦巻いていたものが消えてすっきりしていた。

 じわじわと実感していく痛みを固く目を閉じて堪えていたジークは、鼻息荒く顔を上げ、フラクタに近付く。

 やや乱暴な手つきで肩を貸して起こし、さらに重い体を引きずりながら歩き出した。

 

「あっ! マフラーとフィアを忘れてたんだぞ!」


 食堂の扉を開く寸前で一番大事なことを忘れていたジークは、慌てて外していたマフラーと剣の乙女であり相棒の彼女を迎えに行く。

 その際にフラクタが床で頭を打っていたが、これでおあいこだろう。


「……さて、レイズを助けに行かないとだな!」

 

 口ではそう言っているが、ジーク自身もボロボロだ。正直言って、こうしてフラクタを助けるのが正解なのかもわからない。

 それでも、ただのバカ正直でお茶目な一般民であるジークは人殺しをしない。


 この一線だけが、彼の人間性によるものであり、彼自身の誇りだ。

 ずるずるとフラクタを引きずりながら進むジークの顔は、清々しいほどに明るかった。


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