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ELYSION  作者: 秋風スノン
第2章 フェアリーテイルの雫
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第22話『西の魔女』

 ひとまずシャオロンをベッドに寝かせ、ジゼルと呼ばれた女は忙しく世話をしてくれる。

 男はハツやネクラーノンにタオルを貸してくれ、自分の着替えの服を出してきてくれていた。

 着ていた制服を、暖炉の火で乾かしてもらう。


 ジークは何をしたらいいのかわからず、無邪気な子供たちに肩の上に乗られたり、フィアを取られそうになったりと居心地が悪い。


 子供服をいくつか持ってきた女は、近くにいた十歳くらいの子供たちに声をかける。


「ピート、エルミナ。この服を寝室のあの子に届けて。まだ小さいのにあんなに弱って可哀想だから、手伝ってあげてね」

「はい、ジゼルママ」


 元気よく返事をする男の子と女の子が、クマの刺繍のセーターを持ってぱたぱたと寝室へ入っていく。

 

「えっ! 子供⁉」

 ジークは咄嗟にハツを見たが、何も言うまい、というように何度か頷くだけだった。

 

 

 雨音はより激しく、まだ止みそうにないが、部屋を包む暖炉の灯は温かい。

 

 テーブルに案内され、横に並んで座るジークとハツ、ネクラーノン。

 ジークは、自分を助けてくれた女の名前が気になり、緊張で目が泳いでしまうのを堪えていた。

 まさかの、今回の目的と同じ名前なのだ。

 討伐する相手に助けられた上、何らかの見返りを求められるとしたら、腕の一本や二本は覚悟しなくてはならない気がする。


 ジゼルと呼ばれた女は、魔法でポットを動かしてお茶を注ぐ。

 彼女の指の動きに合わせて、こんがり焼けたスコーンも泳ぐように舞い、皿の上に落ち着く。


「私は、ジゼル。こちらは夫のオルムと子供たちよ」

 

 ジゼルは、ひとつずつ丁寧に注がれたお茶を魔法で三人の前に移動させると、探るように顎に手をあて話の口火を切った。


 彼女の傍らに座る男は、少し照れたように会釈をし、五人の子供たちは今から始まる話に不思議そうな顔をしている。


「助けてくださって、本当にありがとうございます。俺は、ジークで……こっちがハツと、ネクラーノンと言います。今、寝かせてもらっているのが、シャオロンです」


 しっかりとジゼルに視線を合わせたジークは、怯みそうになりながらも答えた。

 

「それで? エリュシオン傭兵団が、わざわざこの雨の中、どうしてこの森にいるのかしら?」

「なっ……!」


 いきなり直球の質問に、言葉に詰まってしまったジークをまっすぐに見つめるジゼルは、聞くまでもないというように唇を緩めた。


「わかっているわ。レオンドールからの命令で私を始末しに来たんでしょう?」


 身構えるジークにジゼルは穏やかに笑い、すぐそばにいる夫と子供たちを見た。

 何もわからない子供たちはジゼルを慕い、夫のオルムも彼女を愛しているのがわかる。

 

 レオンドール本部からの情報では、このジゼルという女は魔物の研究をしていた魔法使いだったが、ある時から反逆の魔女として指名手配されていた。


 魔物のことは、どこからか生まれて人間だけを襲うものとしか情報がない為、本当のことはわからない。

レオンドールにある本部は、魔物を生み出す元凶がこの穏やかな女性だという。


 ジークは固く結んでいた口を開く。


「……そうです。俺達はエリュシオン傭兵団、ミラナ領に所属しています。魔物を生み出す反逆の魔女とある、あなたを討伐する任務が与えられてここまで来ました」


「悪く思うなさ」

 

 そう、はっきりと告げると、腕を組んで話を聞いていたハツが繋げる。


「俺や仲間を助けてくれたことは、本当に感謝しています。でも、俺達があなたの命を狙うとわかっていながら、どうして助けたんですか?」


 全てが知られてしまっているなら、誤魔化すことはしたくない。

 ジークに出来るのは、噓偽りなく本当の気持ちを伝えることだ。


「私はただ、あなた達が私の敵であっても、まずはこうして話をしたかったのよ」


 カップに口をつけたジゼルは眉を顰める。


「魔物を生み出す魔女……ね。私は、あなた達の言うように魔女なのかもしれないわ」

 

 ジゼルは、項垂れて黙り込んだジークを優しく呼ぶと、顔を上げるのを待ってから言葉を続けた。


「私は、魔法使いの中でも特殊な魔法が使える家系の出なの。この力を使えば、人間をけして死なない魔物に作り替えることも可能よ」


「人間を魔物に?」

「ええ……私は、魔物の研究をする傍ら、どんなに傷ついても死なない兵士を作る計画に加担していたの」

 

 信じられない、とジークは呟く。静かな口調でそう話すジゼルは、どこか寂し気に見えた。


「死なない人間は、もうヒトとは呼べないわ。あの子は、魔物だった……」


 そう言って、自身の子供たちを愛おしげに抱きしめる。

 

「七年前、姉の亡骸を使って一人の子を生み出した時、本当に後悔した……これ以上、こんな残酷な事を続けられないと研究資料も全部、燃やして逃げたの」


 当時のことを思い出し、愛しい子供を強く抱いたジゼルを見つめていた夫のオルムは、膝の上で拳を握り、意を決したように顔を上げた。


「……私は、本来は高貴な身分である彼女と結ばれることはない、ただの一般民でした。けれど、罪悪感で潰れそうな彼女を守る為に、ここにいます。女神様へ誓って彼女は間違っていません、お願いします! 私の命はどうなってもいい! 妻を見逃してください……」


「オルム、私は自分の意志でここにいるの」


 自分よりも年下のジーク達に頭を下げるオルムに、頬を寄せたジゼル。

 

 きっと、家や両親も捨ててここに辿り着いた二人には、言葉では表せないくらいに辛い日々もあったのだろう。それでも互いに愛し合い、こうして絆を編み上げている姿は、濁りなく純粋に美しいと思えた。

 

 少なくとも、愛情に満ちた子供たちの笑顔は作り物なんかじゃない。


「……俺は、レオンドール王がそんな研究をしていたなんて聞いたことがありません」

 

 どこまで本当のことを言っているのかわからず、返す言葉が見つからないジークは、ジゼルとオルムの夫婦から視線を外した。


「だから、あなたが悪人なのか正直わかりません。今だって、直接話してみてどうすればいいのか迷っています……」

 

 本音を言うと、いま目の前にいる魔女ジゼルは悪人には見えなかった。

 レオンドールが彼女を討伐対象にしたのは、研究の秘密を知ってしまっているからだろう。

 

 たとえ、死なない人間を作る研究が本当のことだとしても、自分の命を狙うエリュシオン傭兵団である自分達を助けてくれたジゼルの真心は本物だ。

 そんな彼女を手にかけたくない。


 仕事と、私情とが混ざり合ってぐちゃぐちゃになっているのがジーク自身にもわかっていたが、彼女の言っている事が嘘だったのなら、どうしても一言がいえなかった。

 それに、命令に従わず彼女を見逃せば、仲間に迷惑が掛かってしまう。

 

 ハツは、そんなジークを横目に見ると、すぅ、と息を吸う。

 

 次の瞬間。

 

 泥がついた足をテーブルの上に勢いよく振り下ろし、食器が振動でぶつかる音に子供たちが怯えるのも構わずヴィランよろしく、口の端を吊り上げて醜悪に嗤って見せた。


「んなもん、こっちにはどうでもいいってんさなァ!」

 

 ハツは指に挟んだ小瓶をテーブルに叩きつけ威圧する。


「ここにある毒薬を飲んでアンタだけが死ぬのと、全員仲良く皆殺しになるのはどっちがいいさ?」

「ハツ⁉お前、何言って……」

 

 ジークは止めようとしたが、それよりも先に、凛としたジゼルの声が響く。

 

「飲まないわ。子供達や夫にも手は出させない」

「抵抗するんか?」


 彼女の神経を逆なでするように小瓶を振るハツ。

 ジゼルは、強い意志が込められた眼差しを向ける。

 

「私は母親よ。何があっても、子供たちは守り抜くの。それが、親というものでしょう?」


 言い放ったジゼルが両手を振り上げると、家中のモノというモノが宙に浮いていく。

 あらゆるものが凶器となり、子供のおもちゃ、料理をするナイフはもちろんフォークや椅子もだ。

 暖炉の火まで浮き始めたところで、ハツはわざとらしく大げさに悲鳴を上げると、ネクラーノンを前に押し出した。

 

「ひえー! この女、思ったより強くてかなわんさーもう帰りてェさ!」

 

 さっきの勢いはどこへ行ったのか、ハツは情けなく怯えるように頭を抱える。

 いきなりのことで、飲んでいたお茶のカップを落としてしまったネクラーノンは、茫然としている。


「やめろ、ハツ! ジゼルさん、落ち着いてください‼」

 

 ジークは椅子を蹴って立ち上がると、家族を守るために凶器を向けるジゼルの前に立ちはだかった。


「俺達には、今のあなたが魔女なのだと判断が出来ません! 反逆の理由がはっきりしない以上、俺はあなたを傷つけるつもりはない!」


 はっきりとそう言い切ったジークは、ハツの頭の触覚を掴むと強引にテーブルに押し当てる。

 そして、勢いをつけて自分の頭も固いテーブルに叩きつけた。

 

 反動で頭が跳ねてしまうくらいの勢いだったので、鈍い音が辺りに響いてしまった。


 目の前が揺れて鼻がツンと痛くなったが、ジークは決断の声を張り上げる。


「荒らしたりして、すみません。ここには、魔女はいないので撤退します!」

「……おめぇ、たったこんだけ言うのに、どんだけ迷ってんさな」


 テーブルに頭を押し付けられたハツが、恨めしそうにぼそりと言う。


「ありがとう、ハツ」

 

 顔を上げたジークは、真っ赤に腫れ上がった額を見せつけるように、堂々とそう言った。

 このたった一言を引き出す為に、あえて泥をかぶったハツに対して『ごめん』、ではなく『ありがとう』、なのがジークだ。

 

「信じてもらえるんですか……?」

「信じるも、なにも……助けてもらったのはこちらですから」


 躊躇うように訊ねたオルムに、ジークは苦笑い交じりに明るく笑って見せた。

 


 気付くと、雨の音が止んでいた。

 日暮れ前の今、ドナの森を出れば夜にはベレット村に帰り着く。


 制服も乾いており、着替えたジークは、ぐったりしているシャオロンに肩を貸すと、見送りに出てくれたジゼルとオルム、それと子供たちに振り返る。


「じゃあ、これで……助けてくれて、本当にありがとうございました!」


 軽く会釈をし、歩き出そうとするジークに、ジゼルは革袋を差し出すと不思議そうにシャオロンを見て首をかしげる。


「この辺りは、亜人の襲撃によくあうから魔力の結界を張っているの。人間には効果がないのだけれど、この子はどうしちゃったのかしら?」

「あ、と! 人間の食あたりです、よく食べるので‼」

 

 嫌な予感がしたジークは、革袋を受け取ると慌ててそう誤魔化したが、フォローになっていないし、なんか語弊が生まれている。

 

 具合の悪さは変わっていないのか、シャオロンは反論する気力もないようで、荷物のように引きずられていく。


「そう? その辺にいる亜人だったら内臓がかき回される感覚に耐えられず、生きていられないくらいだから気になって……もしかして、この子は力の強い亜人なのかしら?」


 ジゼルは、面白い検体を見つけたというように目を輝かせている。

 

「すまないね、妻は生態にも興味があって、一晩あれば原因が突き止められるかもしれないよ」


 それに、夫のオルムも加わり、謎の威圧感が増していく。

 

「いや、その……だ、大丈夫です!」


 これ以上この話をしているとボロが出そうだ。

 なおも食い下がろうとするジゼルとオルムを振り払い、ジークは仲間と足早に出発したのだった。

 

 

 ドナの森の整備された道を辿って、もと来た道を戻る。

 

 以前、亡くなったゲルダおばあちゃんとエダの花を集めに来た時にも感じたのだが、この歩きやすくきれいな道を整備しているのは、オルムさんなのかもしれない。


「んで、本部にはなんて言うんさ? 死にかけたところを助けてもらって出来ませんでした、じゃ通用せんさ」

 

 もらった薬草の根を咥えたハツは、頭の後ろで腕を組むとあくび混じりに言う。


「それなんだよなぁ、どうしよう……」

「……返り討ちにアイマシタ、とかドウ?」


 ジークは、レオンドール本部に対する言い訳を考えていなかった。そこに、現在進行形で内臓かき回され中のシャオロンが弱々しい声でアイデアを出す。


「ナンか、すごい話を聞いたヨネ……」

「いや、それなんだぞ。あの話が本当なら、とんでもないぞ」


 どんなに傷ついても死なない人間を作っていたという話が、もし本当なのだとしたら、人間と亜人の関係だけじゃなくホワイトランド中の問題だ。

 大きな力を持つ領地は、他の土地を侵略し始める可能性だってある。

 

 ホワイトランドの平和を掲げ、民を優先させているレオンドール王のイメージが崩れていく。


 金色だらけの目に悪いレオンドール王の像が、音を立てて壊れていく想像をしてしまったジークは、話を変えようと頭を振る。

 

「それもだけど、シャオロン、大丈夫かい? 魔法の影響ってそんなに亜人にとっては辛いものなのかい?」

「戦争に負けタ原因ダカラネ。亜人には魔法の耐性がないんだヨ……」


 女神エリュシオンが与えた魔法の力は、人間であればとくに意識することのないものだ。

 魔法の力の元は体内にある生命力を燃やしているのだとも聞いたが、一般民に真相を知る術はない。

 

 亜人を滅ぼすためだけに与えられた魔法の力は、彼らにとっては戦争から長い時間が経っても変わらないからこそ、今もシャオロンは魔法の影響を受けているのだ。


 今にも虹を吐き出そうとしている姿が痛々しい。このままゆっくり歩いていると、結界の力でまた大惨事になりかねない。


 後ろを振り返ったジークは、思わず変な声を上げてしまう。


「んな⁉ ネクラーノンはどこに行ったんだい?」

 

 ハツとシャオロンはいるのだが、ネクラーノンがいなくなっている。


「あ? またどっかで野垂れてるんじゃねぇさ?」

 

 呆れたように頭の触覚を揺らすハツ。

 

 

 そこへ、助けを呼ぶ悲痛な子供の声が飛び込んできた。

 

 立ち止まり、待っていたジーク達の元に走ってきたのは、ジゼルさんの子供で名前はピートだったか。


 徐々に近づいてくるピートは、先ほどまでの快活な様子はなく、手足には無数の切り傷がついていた。赤い服だと思っていたものは、まだ生暖かい血液だった。

 

「何があったんだい⁉」


 ジークはシャオロンを下ろすとピートに駆け寄り、しゃがんで目線を合わせる。

 

「ゆっくりでいいから、息を整えて話しておくれよ」

「パパとママが……!」

 

 幼いながらに必死に走って後を追いかけてきたのだろう。横腹をおさえて息を整えたピートは、涙と鼻水で汚れた顔を歪め、悲鳴にも似た切迫した声で叫んだ。


「みんな、殺される……!」


 最後までピートの話を聞き終わる前に、ジーク達は引き返していた。

 雨が止んだばかりの足場はまだ悪く、水たまりもかまわず走り抜け、胸のざわつきが気のせいであれと願わずにはいられない。


 やがて、さっき別れたばかりの小屋に辿り着くと、怯えるピートを守るように前に出た。

 

 半開きになっていた家のドアの隙間からは、内側に籠っていた冷気が放出されて視界を遮る。

 

「ジゼルさん! オルムさん!」


 ジークは、凍り付いている扉を力ずくで蹴り開けると、噎せ返る血の臭いに目を見開く。


 本能が逃げろと叫んでいる。

 細剣の柄を握りしめ、後ろに下がろうとする足で踏みとどまる。


 追いついてきたハツは驚きで言葉を失い、シャオロンは失望したように表情を消す。


 子供をかばうように折り重なって倒れているジゼルとオルムを見下ろす後ろ姿は、エリュシオン傭兵団のスペルの制服。


 鮮血が滴るナイフを握った、ネクラーノンが立っていた。

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