第21話『ドナの森で』
エリュシオン傭兵団のレオンドール本部から、手紙が来たのは初めてだった。
ジーク達のいる西のミラナ領にあるベレット村は、事件らしい事件も起きない小さな村であり、やる事と言えば畑仕事などの雑用ばかり。
そんな四人に、緊急任務が与えられたのだ。
普段から退屈な仕事ばかりこなしてきたジークと仲間達にとって、本部からの緊急任務というのは刺激と給料アップのチャンスでもある。
内容は、シンプルに『西のドナの森に住む、魔女の討伐』というもの。
魔女とは、違法な手段を取る魔法使いの女性に対する呼び名だ。
傭兵団とは名ばかりの雑用集団だったジーク達には、久しぶりのしっかりとした仕事だ。
これをうまく達成出来れば、レオンドール本部に所属出来るかもしれない。そうすれば、ボロい宿舎や節約生活ともオサラバになるはず、と明るい未来を想像していた。
――数時間前の自分をぶん殴りたいジークは、足の痛みに顔を歪めて溜息をつく。
緊急任務を受けてすぐに出発したはいいものの、この日はあいにくの大雨が降っていた。
ドナの森には以前にも来た事があるので、油断していた。
魔女の住処を探すために高い崖沿いを歩いていると、雨でぬかるんだ足場が崩れてしまったのだ。
咄嗟に、フィアだけは落とさないように抱き込んだジークは、そのまま転がるようにしてこの岩の隙間に落ちてしまったというわけだ。
「はぁ……どうやって出よう……」
岩に囲まれたここには、遥か高くにある光は届かず、暗いので見つけてもらうにも難しい。
この狭い岩場の頭上にある、ぽっかり空いた隙間には、大粒の雨がとめどなく流れ込んでくるので体が冷えて震えてきてしまった。
途方に暮れるジークは、ぐっしょりと濡れてしまったマフラーを解くと、水を吸って重くなったジャケットの裾を絞った。
「なんか……すごく疲れたんだぞ……」
最近、ずっと働きづめだったせいか、酷く眠たい。
少しだけ、少しだけ休もうと思ったジークは、瞼の重さに耐えられず目を閉じた。
その頃、ジークが落ちた崖に佇む残された仲間たちは、顔を突き合わせて話していた。
「ジークが落ちた。どうするさか」
ハツはジークが落ちた崖を覗き込むと、目つきの悪い緑眼を流した。
「うーん……今スグ助けたイんダケド、この森に入ってカラ気分が悪いんだヨネ」
うんうん、と頷くシャオロン。心なしか、顔色が悪いように見える。
頭の上に落ちる雨粒は大きく激しく、風も強くなっていた。
「小生は、お二人に合わせますぞ!」
いまいち意見がなさそうなネクラーノンは、本にかかる雨粒を払う。
だいたいこういう時は、ジークが話を決めていたので彼が不在の今、こうなる事はわかりきっていた。
「……とりあえず、この雨の中で動き回るのは俺様らも事故にあう可能性があるさな。雨宿りして、そっからジークを探そうさ」
まとまらない意見にイラつき、モッサリとした金髪を乱暴に掻いたハツは、ひとまず一枚岩の下に避難する。
この雨はしばらく止みそうにない。
それぞれ、適当に時間を潰そうとするが、もともとあまり話さないタイプのハツは、ブーツの中に入ってしまった水を捨てながら横目に二人の仲間を見る。
「……」
以前、あんなにうるさかったネクラーノンは、最近あまり話さなくなっている。
今も、何かを考えるように黙り込んでいた。貴族が嫌いなハツとしては、静かになってくれてちょうどいいというものだ。
そして、唯一の話し相手のシャオロンはというと……。
「おえぇえぇ……」
岩の下に入らず、草むらで今にも死んでしまいそうな鳴き声で、えずいていた。
亜人は人間よりも体が頑丈で、めったなことじゃ病気や食あたりにもならないはずだ。
それなのに、青イモムシも真っ青になる顔で虹を生成している。
「おい、なんさ?」
近くで虹を作らないのは、せめてもの気遣いなのか、理性なのか……。
「大丈夫さか? ヒィッ!」
気になって声をかけたハツは、思わず引きつった変な声を出してしまう。
草を掴んでかろうじて立っているシャオロンは、どこから出しているのかと思う低い声で呻いていた。
「おのれ……我が同胞を屠りし諸悪の業、許さなォぇえ……! こんなところで命尽きるわけには……盟友を助けに行かねば、王族の義務おぇぇ……」
「正気どこにいったさ!!」
濡れた前髪がべっとりと顔に張り付いた、ものすごく険しい形相で何かブツブツと言っていた。
悪態づいているのだろうが、必死すぎて半分以上なにを言っているのかわからない。
「レオンドール、ばちくそ滅べ、も、ダメ……」
最後、どさくさに紛れてギリギリな発言をして限界を迎えたシャオロンは、うつ伏せに倒れると起き上がろうと腕を動かす。
だが、体重を支え切れずに顔から水たまりに突っ伏してしまった。
「……成仏するさ」
これには、さすがのハツも引いていた。疲れ果てて水たまりに顔をつけたまま、動かなくなったシャオロンの首の後ろに眠り針を刺してあげたのだった。
一部始終を見ていたネクラーノンは、ズレてしまった眼鏡を指で持ち上げると、したり顔で笑った。
「やはり、ハツ殿にはつっこみは荷が重かったようですな!」
何故か得意げだが、お前は何もしていない。
「おめぇは、なんもしてねぇさ!」
「いたっ! 暴力はなりませんぞ!」
「話しかけんなさ! ファッキン貴族!!」
渾身の力でネクラーノンを殴ったハツは、近付いてきた足音に気付いて咄嗟に振り返った。
「こんな時に!」
背後を取られないようにナイフを抜いて構え、姿を現したフードの男を警戒する。
相手は一人。それに対して、こちらは気絶した亜人が一名、呪文を覚えていない魔法使いが一名。
敵の出方次第では、不利になってしまう。そう判断したハツは、先手に奇襲をかけようと身を低くした。
だが、男の意外な言葉で緊張を解くのだった。
「……ん、ここ……どこだい?」
顔にかかる、こそばゆいような感触で目を覚ましたジークは、まだ起きていない頭でしばらく考え、すぐに飛び起きた。
慌てて周りを見渡すと、小さな花柄のカーテンの窓に、狭いながらも整頓された本棚が目に入る。天井にはロープが張られており、液体が入った瓶と薬草が括り付けられている。
ふわりと漂う薬品の匂いがするものの、嫌な気はしなかった。
どうやら、ジークはベッドに寝ていたようで、こそばゆいのはベッドに縫い付けられた鮮やかな鳥の羽のせいだったようだ。サイドテーブルにはフィアの宿る細剣が立てかけられていた。
「どういうことだ……?」
もう一度、何が起こっているのか頭を整理してみるも、崖から岩の間に落ちてしまったところまでしか思い出せない。
そういえば、いつ間にか足の痛みもない。傷があった部分を見るも、傷跡すらなくなっている。
軽い足音が聞こえ、ドアがノックされると、落ち着いた女性の声が聞こえた。
「あら、気が付いた?」
ジークが返事をする前に部屋へ入ってきた女性は、肩の上あたりまでの明るい緑のショートヘアで、大きな薄い藍色の瞳が印象的な人だった。
「あ、は、はい……」
言葉ではうまく言い表せない大人の女性の雰囲気に、ジークはしどろもどろに答える。
「そう、よかった。森の岩場で倒れていたのを、子供たちが見つけてくれたのよ」
女性は、ジークにそう言って微笑む。
「あの……」
「ジゼルママ! 目を覚ました!?」
ジークがお礼を言おうと口を開くと、女性の後ろから次々と子供の明るい声が聞こえてきた。
静かにしなさい、と注意する女性を押しのけて部屋に入ってきた五人の子供たちは、ジークの傍までやってくるとベッドによじ登ったり、フィアに触ろうと手を伸ばす。
「わっ! 危ないから、ちょっと!」
剣に触って怪我でもしたら、とジークはフィアを手元に寄せるが、子供たちの好奇心はおさまらない。
「いい加減にしなさい! この人は怪我人なのよ?」
そう言って子供たちの服の襟を掴んだ女性は、一人ずつ部屋の外へ追い出していく。
ただ、見ているだけしかできないジーク。
「ごめんなさい、あの子たちは外の人が珍しくて……もう平気かしら?」
女性はそんなジークに苦笑いを浮かべると、ベッドから出るのを手伝ってくれた。
どうやらここは寝室だったようで、ジークは助けてくれた女性と子供たちにお礼を言おうと部屋を出た。
ここは木をくり抜いて作られているのか、丸く形どられた天井に暖炉と、家族全員で使う大きなテーブル。
人数分が並べられた椅子には、子供たちが座って絵を描いたり手遊びをしたりしている。
まるで、本の中の世界にあるような家で思わず見とれてしまう。
ジークに気付いた女性が指を軽く回すと、ポットが宙に浮いてテーブルに置いてあるカップにお茶を注いでいく。
ごく自然に使われた魔法に、ジークは驚いて口を開けたまま止まってしまった。
そのタイミングで、外とをつなぐドアが忙しく叩かれた。
「どなた?」
女性がドアを開けて迎えると、雨が降りこみ、急ぎ足で男性が入ってきた。
「遭難者だよ! ジゼル、ベッドは空いているかな?」
その後に続いて、ぐったりと項垂れるシャオロンを背に担いだハツと、本を大事に抱えるネクラーノンも。
「み、みんな!」
ずぶ濡れの仲間へ駆け寄ったジークに、ハツは驚いていたが、すぐに男性に案内されて寝室へと入っていった。




