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ELYSION  作者: 秋風スノン
第2章 フェアリーテイルの雫
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第18話『仲間』

 川沿いに進むと、昼過ぎにはドナの森の入口についた。

 だいたいの森は鬱蒼としているものなのだが、意外にもここは違っていた。

 普段から定期的に誰かが手入れしているのか、石を端に寄せた道が整備されており、少しの草がはみ出ているくらいだ。


 ジークは横から出てきている草をかきわけて進む。

 

「ここが、ドナの森か……あ、ゲルダさん!」

 さっそく白い花を見つけたゲルダさんは、たくさん咲いている場所を知っているのか、一人で奥へと行ってしまった。

 その背中を見失わないよう、ジークは慌てて彼女の後を追いかける。


「おい、迷うさぞ!」

 ハツはどんどん先に進んでいくジークを追いかけていく。


 それに続こうとしていたシャオロンは、林にしゃがんでいるネクラーノンに気付いた。


 何をしているのかと思い、後ろから覗いてみれば、草の葉にバッタの親子が止まっていた。

 大きな親の上に、ちょこんと乗った子供を、眼鏡のレンズが付きそうなくらいに近くて見ているのだ。

 

 時折、仲睦まじい親子を右手のひとさし指でつつこうとしてはやめている。

 ネクラーノンが何をしているのかはわからないけれど、シャオロンは少し考えて声をかけることにした。


「ネェ、ちょっといい?」

「ロディオール……」


 ネクラーノンが振り返った拍子に、葉に指が触れ、バッタはどこかに飛んで行ってしまった。


「その名前で呼ばないで欲しいんだケド……」

 うんざりしたように苦笑するシャオロンは首を振り、話を続ける。

 

「最近、おとなしいネ。今なら僕を殺して逃げてモ、誰にも見つからないヨ?」

 挨拶代わりに両手を広げ、いつものように軽く挑発する。

 だが、思った反応はなかった。

 

「……なぜ、お前は自分を殺す相手にかまう?」

 ネクラーノンは、少し黙ったあとに、抑揚のない声でそう聞き返した。

「その気になれば、人間なんて簡単に殺せるだろうに」

 深い海のようなその瞳は、心の底を隠すように細められる。

 

「君の正体がナニか、だいたい想像はついてルけど……」

 シャオロンは顎に手をあてると、観察するようにネクラーノンを見下ろす。


「お前と話すことはないし、お前たちは信じない」

「いや、こっちも信じて欲しいとは思ってないケド」

 これ以上の会話を拒むネクラーノンに、シャオロンは肩をすくめる。

 

 それでも、これだけは伝えようと思っていた。

 

「でも、ジークは信じてもいいんだヨ。嘘はつかないし、キミのおかしなところも知って、本当に仲間だと思っていルから。迷ってるのなら、きっと力になってくれるよ」

 

 仲間、という言葉に目を見開いたネクラーノンは、唇を引き結んだ。

 人を拒み、自分の世界に籠り威嚇する姿は、まるで手負いの獣のようだ、とシャオロンは心の中に落とした。

 それでも、話をやめたりはしない。幼い子供に言い聞かせるように話す。

 

「あのネ、僕はキミを助けてあげられない。でも、ジークは違う。人の痛みがわかる『人間』なんだ」

「お前の話はわからない」

 

 もう話を聞きたくない、というようにネクラーノンは耳を塞いだ。

 そんな彼を見下ろすシャオロンは、溜息をつくと瞼を伏せる。

 

「人間の一生は短いんだ。その中で出会えるヒトは多くても、本当に信頼できル相手を見つけるのは難しいんだヨ」

 

 目を閉じれば、何年たっても忘れない、とても大切な記憶が浮かぶ。

 戦争の中で出会った、優しすぎた人の子。


 生きたいと喉が裂けるほど叫び、戦火に追われて逃げた先で、待っていた絶望に飲み込まれてしまった哀れな人間の子。

 世界はいつだって残酷で、多大な犠牲を出しての痛みを伴う敗北は耐えがたいものだった。

 

「何の対価もなく、人の為に立ち上がれル人間は、そういない」

 

 だからこそ、その優しい『人間』に出会えたことで希望を持ってしまった。


「意志を持つなら、今だよ」

「……」


 耳を塞いだままのネクラーノンは、何かを考えるように固まっていた。

 やがて腕を下ろし、悲しいまでに冷えた碧の両眼でシャオロンを見つめ返す。


「いし……?」と、子供のようにたどたどしい声で呟いた。

 それはまるで、初めて聞いた言葉を繰り返す子供のよう。

 おそらく、今話した言葉の意味を半分も理解できていないのだろう、彼の表情から見てとれる。

 

 伝えたい事はこれで全部だというように、シャオロンは顔を上げた。

 ネクラーノンに背を向け、深く息を吐きながら両手を伸ばし、固まった筋肉をほぐした。


「あ、そうダ。最後に……」


 それから、思い出したように肩越しに振り返る。

 

「残念ダケド、敵意のない相手を虐殺する趣味は、もうないんダ」


 黙り込むネクラーノンをまっすぐに見て自嘲気味に笑うシャオロンは、あえてこの言葉を使った。

 それは、純粋な正義を持たない亜人の王として、人間の子に対する自分なりの線引きなのだろうか。

 

 緩やかな優しい風が通り過ぎ、ネクラーノンの前髪に隠れていた眼鏡の奥の双眸に光が差していた。



「おーい! ここにいたのかい⁉」

 

 そこへ、白い花を両手に山ほど抱えたジークの引きつった叫びが聞こえてきた。


「ちょっと、助けてくれー!」

 森の奥から、持ちきれないほど花を摘んできたジークとゲルダさん。

 後から追いかけていったはずのハツは、薬草をいくつも集めてご満悦の様子だ。

 

「いやー、大量だったんだぞ!」

 ご機嫌なジークは、シャオロンとネクラーノンを交互に見ると、抱えていた花を全てシャオロンに押し付け、花で埋もれそうになっているゲルダさんの分を自分の持ち分へと移す。


「二人とも、さぼってないで仲間なんだから協力してくれよ!」


 そう言って、今度はネクラーノンに花を押し付けた。

 ジークは正直、花にはあまり興味はないのだが、さすがにこれは摘みすぎたような気がしていた。

 それでも、ゲルダさんが嬉しそうなのでそれでいいと思っている。

 

 両手に花を受け取ったネクラーノンは、いつもの彼のようにパッと顔を明るくした。


「そういえば、この花は女神エリュシオン様の聖典に書かれているものですぞ!」

「そんなもん覚えてんの、おめぇだけさろ」


 バッグにいっぱいの薬草を詰めたハツは、鼻で笑う。


「ネクラーノンは熱心な女神信徒だぞ、なんて書いてあるんだい?」

 いつものように、ジークは話を聞こうと先を促した。


「――銀の意志と金の願いは、混じり合い、その身を裂くであろう!」

 ネクラーノンは、白いエダの花を間近くで眺めると、女神の詩の中にある一節を唱えた。

「その意味は何なんだい?」

 信仰している女神の言葉だが、さっぱりわからないジーク。

「これはですな……」

 すぐに答えないネクラーノンは、一呼吸置くと静かに口を開いた。


「親愛、別離、訪れぬ春……ですぞ」

 

「なんだい。ずいぶん、しんみりした内容なんだなぁ」

 ジークはそう言って軽く笑う。


「女神オタクはこまけぇさな」

 ハツも鼻で笑っていたわりにはしっかりと聞いていたようで、まんざらでもなさそうだ。

 

「小生、女神様のお言葉は幼少期よりたしなんでおりますからな! ……のおお!」

 すさまじいドヤ顔でネクラーノンは胸を張ると、その勢いで後ろに転んでしまった。


 辺りにエダの花が散らばり、慌てて拾い集める。

 ひとつ、ふたつと追いかけて集めているうちに、目の前の散らばっていたエダの花が拾い上げられた。

 

 顔を上げると、ジークとゲルダさんが花拾いを手伝ってくれていた。

 すでに持ちきれない量の花を抱えているシャオロンが、ほらネ、というように首を傾けている。


「な、な……ジーク殿!」

 白いエダの花を奪い取るように受け取ったネクラーノンは、躊躇う事なく勢いをつけた早口で訊ねた。


「ジーク殿は、なぜこうも小生を助けるのですか? 小生を助けたところで見返りなどありませんぞ!」

「ん? 友達を助けるのは当然なんだぞ」

 

 なんの脈絡もなく投げかけられた質問に、ジークは迷う事なく即答した。


「でで、ですが! 小生は友達というものがよくわからなくてですな!」


 焦りのあまり、舌を噛んでしまいそうになる。それを、ジークは笑わなかった。

 

「仲間は助け合うから仲間なんだ。それは、絶対に絶対なんだぞ」

 

 最後の一輪を集め、そう言いきったジークはゲルダさんの無事を確かめると、仲間達を振り返った。

 

「よし! そろそろ村に帰ろう、日が暮れるぞ!」


 そう言って屈託なく笑い、ゲルダさんの分を受け取る。

 両手いっぱいに花を抱えたジークと三人の仲間達は、ゲルダさんと一緒に夕暮れのベレット村へと歩き出す。


 余談だが、ゲルダさんはしっかりとお弁当まで用意してくれていた。


 今日一日の疲れも吹っ飛ぶくらいに本当に美味しかったのだが、あの小さい体のどこに大量の弁当を持っていたのかは、最後まで謎だった。

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