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ELYSION  作者: 秋風スノン
第一章 はじまりの日
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第13話『剣の乙女』

 王女の耳が痛くなる声や金属が擦れる戦いの喧騒の中、ジークは目を覚ました。

 

 いつの間に意識を失くしていたのだろう。頭がぼんやりして思い出せない。

 刺された腹の痛みはあるが、触れば傷口はしっかりと手当てされていた。


「……ここ、どこだ?」

 ジークは深く息を吐く。

 ふわりと花の香りがして顔を上げると、傍には心配そうに眉を下げたフィアの姿があった。


「ジーク……」

 フィアは、意識を取り戻したジークに安心したと笑いかける。

 石段を見下ろすと、ハツがレオンドールの王族を守りながら戦っている。シャオロンも、ネクラーノンもだ。


「行かないと……! おぉおお!?」

 状況から何が起きているのか察したジークは、自らも戦おうと起き上がろうとしてバランスを崩してしまう。

 危うく石段から落ちそうになってしまったジークの手に、フィアの白く細い手が重なる。


「やめて、無理をすれば死ぬわ」

「行くよ、俺も戦うんだ」


 ジークは迷わず答えた。仲間が戦っているのに寝ているなんて出来ないから。

 そんなジークの横顔を見ていたフィアは瞼を伏せ、静かに話し始めた。

 

「……私ね、本当はずっと昔に死んでいるの。なのに、魂だけが残って、あの街でジークに会うまでずっと一人でいたんだ」

 彼女がジーク以外には見えない理由がずっと不思議だった。もう亡くなっていたのだと言う。


「嬉しかった。本当に」

 心に宿った温もりを包み込むように、フィアは嬉しそうに微笑んだ。


 その様子だけで、彼女がどれほど孤独な時間を過ごしていたのか想像できた。

 ジークはそんなフィアの気持ちが少しだけわかる。だって、ジークは船に乗った日までの記憶がないのだから。


 自分だけ世界から置いて行かれたような気持ちを、無理やり気付かないようにしていただけだ。

 フィアは瞼を上げ、『だから……』と続け、自分を見つけてくれたジークを星のように煌めく瞳でまっすぐに見つめた。


「私も一緒に戦う……!」

 

「本気かい!?」

 ジークは驚いて思わず彼女の手を握り返した。


「私は、生きていた時はガードにいたの。だからきっと力になれるはず……!」

 頷いたフィアは目を閉じ、握られた右手にそっと額をあてる。

 

 すると、彼女の体が淡い光に包まれ、やがて白い粒子となって消えていく。

 彼女の魂は今、ジークの意識と混ざろうとしていた。

 腹に空いてた傷穴は塞がり、フィアと繋いでいた右手には彼女の魂の光が集まり、やがて一振りの剣の形になろうとしている。

 

 フィアは、ジークに自分の力を託す選択をしたのだ。


「無形の剣の乙女、フィアはあなたの武器となり共に戦います。剣となった私をイメージして!」

「イメージ!?」

 突然のことで頭が追い付かないジークだったが、フィアの思いを無駄にはしまいと意識を集中させる。

 ガード、強い、笑顔のフィア、鋭い切れ味の剣……思いつく限りの強くて頑強な剣を思い浮かべた。


 だが、もう少しでイメージが固まるというところで、船の中で出会った筋骨隆々のガードの女が浮かんでしまった。


「あ……!」

 まずい、とジークは直感して右手を持ち上げると、清く白い光を放つフィアはジークの想像した『強い剣』の姿に変わっていた。

 

 扱いやすいよう細く先が尖った刃は刺突に特化しており、力に依存しない柔らかな銀の輝きはフィアを表し、握り手を保護する護拳には強さを象徴するかのような装飾が出来上がってしまっている。ただ、その強さの部分というのが……。

 

 なぜか、物凄い笑顔で頑強な肉体を見せつけてくる筋骨隆々のフィアだった……。

 

「アッスゥーッ……!」

 ジークはショックで白目をむいてしまう。

 

 しかも、ちょっとデフォルメされたムキムキのフィアは自分の姿が見えないのか、いつもの明るい鈴のような声で語り掛けてきた。


「これからは前のようには話せないけれど、心は一緒にいるわ!」

「う、うん……」


 声はあのフィアのままなのだが、見た目が逞しすぎるのである。

 素直に返せないジークは、青白い顔でどうしようかと悩んだが黙っている事にした。

 ともあれ、体の傷も出血のだるさもなくなったジークは、剣の姿になったフィアと共に石段を駆け下りていく。


 飛ぶような勢いで影を切り捨て、囲まれているハツやタテロル王女の前に出た。

 体が軽く、どうすればいいのかは剣となったフィアが教えてくれる。

 もう声は聞こえなくなったとしても、彼女が確かに共にいるのだと実感できた。


「ジーク! おめぇ……」


 驚いて目を見開くハツは、ジークの手元で光る剣に気付くと、ムキムキのフィアからごく自然に目を逸らした。 


「ハツ、もう大丈夫だぞ!」

 ジークはあえて何も言わなかったハツを横切り、影を切り開いて一人で戦うシャオロンの方へ急いだ。

 

「シャオロン! 大丈夫かい!?」

 その一振りは光の線を描き、影の兵士を浄化させて消し去る。

 神聖な光を放つ剣で斬られた影は、抵抗することなく元の闇へ還っていく。


 ジークの通った場所には影も形も残っていない。

 生前のフィアが、どれだけ鍛錬を重ねた優秀な傭兵だったのかがわかる。


「ジーク! なにそ……レ!」

 シャオロンはハツとは違い、ムキムキのフィアを見逃さなかったが、よそ見をしたところで頭に鈍い一発をもらってよろけた。


 人間なら首が飛んでもおかしくはない一撃だったが、すぐに体勢を戻し、次々と向けられる攻撃をいなしては殴り返していく。


「フィアに力を借りたんだ。ここは任せてくれよ!」


 そう言ったジークは周りの影を素早く切り払い、驚いているシャオロンを置いてまた走り出した。


 力があふれて、今ならなんだって出来そうな気がする。

 囲まれて地面に這っているネクラーノンを見つけると、あいさつ代わりに影を一掃して見せた。


「助けに来たんだぞ!」

 そう声をかけた。けれど、ネクラーノンは何も言わず土にまみれた青いリボンを強く握りしめていた。

 何かあったのかい?と聞きたかったが、今はこの状況を何とかする方が先だ。


「もう終わらせよう」


 ジークは手元のフィアに声をかける。彼女の声は返ってこなくても、心は繋がっている。

 


 細い刀身を地面に突き立てると、大地に根付く影の元である死者の思いが集まっていく。

 大きくどす黒い怨嗟の感情は、人のカタチとなりジークに手を差し伸べてきた。


「……記憶がないお前も同じだろって?」


 細剣を顔の前で構えたジークは、最大級の不敵な笑みを返した。


「人は、夢があれば何があっても生きていられるんだ!」


 誰かを守るための力を手にしたジークは、もう迷わない。

 持てる希望の力で、最後の影の胴体を貫いた。


 

 怨嗟の呪いが弾け、辺りに静寂が戻る。疲れ果てたハツとシャオロンはその場に座り込んだ。


「さすがにもう無理さな……」

「意見が同じなんテ、気があうネー」


 互いに傷だらけではあるが、生きている。


 ハツは怪我人の二人の王子を守りきり、シャオロンもまた盾の役割を十分にこなした。

 互いに認め合った戦友だ。

 

「みんな……」


 ジークは剣を下ろすと、仲間を気遣おうと口を開いた。

 そこへ、今まで隠れていたタテロル王女が物陰から肩をいからせて出てきた。


「あんた、そんな力があったのならどうしてもっと早く来なかったのよ!」


 ズイ、とジークの鼻先を指さした王女は、吐きつけるように言葉を投げつけ、まだ怒りがおさまらないからとジークの頬をひっぱたいた。

 

「だいたい! あんたが棄権しなかったから、あたし達は違法召喚になんて手を出したのよ? わかってる? そっちのせいよ!あんた、誰に逆らったって思ってるの? あたしは、レオンドールの王女よ! お・う・じょ!あんたが一生かかったって相手にされない高貴なレディよ!」


 ものすごい剣幕でまくしたてる王女に、ハツとシャオロンはもう反論する気も起きなかった。


「つまり、君らはまったく悪いと思っていないんだな?」


 静かに聞いていたジークは腕を組み、目を閉じてウンウンと頷く。


「悪い? あたし達が悪いわけないじゃない! 死んだやつらも、弱かったのが悪いのよ!」


 話を聞いてもらうことにより気分がよくなってきたのか、さらに興奮したタテロル王女は亡くなった人のせいにしている。

 今さらだが、この精神で王族なのは将来が不安でならない。


「そうなんだな、じゃあ君が今から殴られるのも君のせいなんだぞ!」


 黙って話を聞いていたジークは、次の瞬間には拳を握り――。

 

 まだ何か喋っていたタテロル王女の顔面をおもいっきりぶん殴った。


 それはそれは、ここ数日で一番痛快な光景だった。

 

 朝焼けが暗い森を染めていき、冷たく澄んだ空気が心地良い。

 そして長い夜が明け、希望の朝が訪れる。

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